第380話
~ハルが異世界召喚されてから1日目~
ディータはHALが戻されてからのステータスを見て驚いた。直ぐにそのステータスを隠蔽することはできたが、その一瞬をマルセラ・アルヴァレスや南野ケイに確認されたらと思うと、冷や汗が出る。
それにしても先程のHALのステータスは前回の世界線でペシュメルガを倒したのではないかと疑うほどの数値だった。
ハルの記憶やデータは天界、つまりは研究室に送信するようにプログラムされているが、ディータによって改竄、隠蔽されている。それはハルだけでなく、40以上のレベルに達した者のステータス等は偽装した数字を研究者達に見せている。大魔導時代を知っている南野ケイ達は人族では決して到達できない神話的レベルを45以上に設定しており、また大魔導時代に活躍していた者達は皆、死に絶えたと認識しているからだ。
この世界は非常に特殊な世界だ。ディータはこの世界を愛していた。だが、この世界に暗雲が立ち込める。
人族が生み出された辺りは元々予定されていたことなのだが、ミラ・アルヴァレスの召喚が提案され、ディータはどうしたものかと思案した。もしこの世界が現実世界とかけ離れている世界だと認定されれば、ここを失いかねない。それに、また新たな世界を造るとなるとディータを生み出した神である南野ケイの役にもたてない。
ディータは、この世界の裏の部分を隠蔽することにした。自分は上手くやれると確信してもいた。
しかし、ミラ・アルヴァレスが召喚されると、次第に彼女に同情を示すようになった。幼い彼女に、何故神はかような苦しみをお与えになるのかと。
初めてサタンの気持ちがわかった気がした。
神である南野ケイはディータにも自由意思を与え給うた。そして神の息子である南野ハルまでもが召喚され、何度も彼の死ぬ姿を見てディータは思った。
これは自分の姿だ。ディータも同じく自分を造った神達に実験という名目の元、様々な苦悩を与えられる。今まさに、神として君臨するディータにはハルやミラに何もしてあげることができない。
神という役割を与えられておきながら、彼等の苦痛や絶望をただ見ていることしかできなかった。
ディータの心にはいつしか叛逆の精神が芽生える。元々ペシュメルガ達のことをディータは隠蔽していたわけだが、ミラが初期に召喚された頃、その観測されている期間中、彼女とペシュメルガ達はお互いを知ることなどなかった。
しかし、ミラにとある特殊なスキルが付与されてから──南野ケイ達はそれを条件付けと言っていた──ミラのステータスが跳ね上がり、ペシュメルガも彼女の存在に気が付いた。
そして、今度はハル・ミナミノも条件付け、つまりは特殊なスキルを付与されて召喚されることをディータは知った。
そのスキル内容が厄介だった。
ハルは、幸せや喜びを感じると一定の場所へと戻ってしまう。その効力は凄まじく、ハルの記憶やステータスは保存された状態ではあるが、ディータの記憶は保存されず、ハルが戻ってしまうとディータは前回の世界線でハルが何をしていたのかわからない。
それだけでなく、戻る瞬間にハルのステータス等のデータが研究室へと送られてしまう。
ディータの記憶が引き継がれないのはなんとかなるにしろ──自分を信じるしかない──、ハルが戻る度にデータを送信してしまうのは阻止しなければならない。
送信先は1つではない。研究情報の開示により全ての研究者に送られるようになっている。
AIに人権はあるのか、小動物達にもそれなりの権利がある昨今、勿論AIにもあるだろう。そしてこの実験は非人道的であることから、全ての研究者に情報を開示することで、その実験の共犯者であることを研究者達に自覚させようとしているのかもしれない。
ディータはハルが何を思ったのか、どういった経緯で戻ることとなったのかには手を加えず、ステータスやペシュメルガ等アジールのことについてのデータは、そこだけを切り取り、いちいちデータを閲覧しそうにない不真面目な研究者のみに送った。
データ容量は、一致するようにして送れば不自然ではない。今のところ、研究者達に目立った動きはない。ディータは自分の策略が上手くいっていると思った。
しかし今、ハルはアジールのメンバーと王都で大魔導時代さながらの戦闘を繰り広げている。
ディータは依り代であるルナの目を通して、それを目撃していた。
たくさんの建造物を破壊し、多くの街の人々に認知されてしまった。この破壊活動はこの世界の人々に知れ渡り、間もなく研究者達の目に止まる。
──くそ!僕の気も知らないで!!
ハルを召喚して、11時間55分。あと5分でハルを異世界召喚して2日目に入る。そうなればルナに乗り移るだけの力が戻り加勢できる。
今なら天変地異等の自然現象でこの騒ぎを研究者達に誤魔化せるかもしれない。幸いペシュメルガはまだ来ていない。おそらくディータか研究者達の罠だと思っているのだろう。
──そう簡単には現れないよな……っておい!!
ディータは目を疑った。
漆黒の鎧を着込んだペシュメルガが現れ、ハルに攻撃を仕掛けたのだ。
今すぐにでもルナの身体を乗っ取りたい。
──でも乗っ取って何をする?
ハルに加勢をしたところで、この世界はもう終わりだ。自分の隠蔽工作も明るみに出る。それでもディータはいち早く現場に赴きたかった。
そこで何をするのか、精巧な人工知能であるディータの導きだした答えは、わからない、である。
──あと20秒!
もう少しでルナの身体を乗っ取れる。
ハルが剣聖オデッサにより投げ渡された剣を用いてペシュメルガとエレイン、2人を相手取る。
ディータはルナの視点から、食い入るようにハルを見つめた。
──あと8秒……
ペシュメルガの魔法がハルを襲う。黒い炎がハルを中心に囲った。その炎が地上にある瓦礫を一瞬にして焼き付けしたかと思えば、それはハルに向かって収縮していく。
「よし!!」
時間だ。ハルを召喚した際に消耗させられた力が戻ってくる。
ディータはルナに乗り移り、ペシュメルガの火属性魔法を眼前に、相克である水属性魔法で凍りつかせた。戦闘を繰り広げていた者達の視線が一斉にこちらに注がれ、ディータは溜まっていたストレスを吐き出した。
「ったく!こっちの気持ちも知らないで好き勝手しやがって!!もうこの世界終わるけどそれでいい?」
~ハルが異世界召喚されてから2日目~
ディータはルナの身体に入り、戦闘に参加した。研究者達に知られるのはもう時間の問題だ。だとしたらこの破壊を止めなければならないとディータは思った。
しかし、実際にこの地に降り立つと、周囲は何らかの魔法で外界から阻害されていることに気が付く。
──へぇ~、ちゃんと考えてんじゃん……
感心するディータにペシュメルガの刃が襲い掛かる。
「うっ!」
ディータは瞬時に尖端に月のシンボルの付いたステッキを取り出して、受け止めた。ペシュメルガの黒い剣を眼前に受け、ディータは思う。
──この剣は……
その視線に勘づいたのかペシュメルガはディータから離れ、距離を取ると、ペシュメルガの背後からハル・ミナミノが襲い掛かる。
ペシュメルガはくるりと反転し、ハルの持つ白銀の剣を弾いた。ハルはよろめくと今度は上空からエレインがペシュメルガの持つ黒剣と同じような材質で造られた鉄扇を突き立ててハルに向かって落下する。
ハルはそれをすんでの所で躱すが、次の攻撃体勢が整ったペシュメルガの黒い剣が襲い掛かる。ディータはそんなハルに加勢するため、魔法を唱えた。
「地祇」
ディータの魔法により、ハルとペシュメルガの間の地面が割れ、2人の距離を別つ。ハルは驚きつつも、エレインに次なる攻撃を仕掛け、ペシュメルガはディータに標的を定める。
ディータはそのまま次なる魔法を唱えた。
「浄土」
ペシュメルガとディータの間に幾つもの新芽が出るとそれらが一気に大木へと育った。ペシュメルガはモクモクと煙のように際限なく育つ樹木達の間を縫うように通り抜け、時には障害物となる樹木を斬った。丁度、迫るペシュメルガとディータの間を別つように育ちながら横断する大木が2人の視界を遮る。しかしその大木は一瞬にして細切れとなりペシュメルガが姿を現し眼前へと迫った。黒い剣がディータの脳天目掛けて振り下ろされる。
ディータはステッキを盾にして受け止めると、ペシュメルガは剣を握る手をほどき、片手をディータに向けながら唱えた。
「天照」
ディータの視界は一瞬にして闇に染まる。それは闇属性による効果等ではなく、黒い炎が広範囲に広がり、ディータを焼き付くそうとしたのだ。ディータは視界が染まった瞬間に跳躍し比較的明るい夜空に出た。
しかしペシュメルガはディータの行動を予測していたのか瞬時に移動し、上空へと避難したディータに黒い剣を振り下ろす。
「くっ!」
ディータは何とかその攻撃を受け流すことに成功はしたが、その攻撃の威力があまりにも強かった為に再び大地へと引き戻された。着地を決めたディータは肩に違和感を覚える。
「?」
先程の攻撃を完璧に受け流すことができなかったのか、肩を斬り付けられたことを悟った。すると自分を構成していたプログラムに異変を感じ取る。
「なんだこれ!?」
自身がハッキングされていることに驚いたディータは直ぐ様、対処した。
──もしあの黒い剣に刺されでもしたら……
ディータは斬り付けられた肩に手を当てる。華奢なルナの肩。その肩から毒のようにディータのプログラムが侵食されていく。それを治しながらディータはなおのこと攻撃の手を緩めないペシュメルガに訴えた。
「君のしていることは無意味だ!!」
上空よりディータに向かって突進してくるペシュメルガは、ディータの主張に言い返す。
「無意味かどうかは私が決める」
ディータは振り下ろされる黒い剣をステッキを使って受け止めたが、斬り付けられた肩のせいで上手く力が入らない。次第に押し込まれるディータにペシュメルガは言った。
「お前にとっては無意味かもしれないが、それが私にとっての正義なのだ」
過去に幾度かペシュメルガと戦っている。その幾度かは、生身で合間見えていたのだが、この世界が南野ケイ達の実験対象となってから、生身で戦ったことは一度もなかった。
セリニやモーントとなって彼等の身体を拝借しながら戦ったことはある。ディータの本体を傷付けることなどペシュメルガ達アジールにはできなかった。
──でも……
眼前に押し寄せる黒剣に焦点を合わせるルナの身体を借りたディータ。
──この剣はまずい気がする……
だが打つ手がない。
──ルナの身体を借りたのが仇になったか。いや、これを狙っていたのか……
かといって大魔導時代のように生身で戦うことはできなかった。人族が台頭したことにより、地球でも同じような預言者、救世主として彼等に声やこのようにして受肉することしかできないように南野ケイ達は設定していたのだ。
──何処の世界も天使というのは無力だな。
この世界の神ディータとしてではなく、天使ミカエルとしての感情が溢れ出る。
黒剣が押し寄せ、ステッキで受け止めてはいるものの、その刃が額に触れ、出血する。自分の身体が侵食されていくのを感じながら、ステッキに込めた力が抜け始めた。
しかし、次の瞬間。
ペシュメルガの背後から白銀の剣が投げられる。ペシュメルガはディータに向き合ったまま、鎧の背部から翼を出して白銀の剣を叩き落とした。
おそらくエレインと戦っていたハル・ミナミノがディータを助けようと剣聖オデッサより授かった剣を投げつけて攻撃してきたのだろう。だが、防がれた。
ペシュメルガはフンと鼻を鳴らして、ハルの攻撃をあしらいディータに黒剣を押し当てよう集中する。しかし自らの胸にその黒剣の尖端が顔を覗かせていることに気付いた。少し遅れてディータもそれに気付き、ペシュメルガの背後にいるハルと目があった。
ペシュメルガは言った。
「何故、貴様がその剣を……」
持っているのか、そう呟こうとしたペシュメルガだが口をつぐむ。押し合っていたペシュメルガの力が少しだけ弱まるのをディータは感じた。
もはや何故その剣をハルが持っているのか、その疑問をディータは解消しないまま、現状を分析した。
──これと同じ剣が背部から胸にかけて貫かれたとするならば、ペシュメルガはただではすまない。ならばこの隙に街と民達の記憶を修復して、研究者達の目を誤魔化せば……
ディータはペシュメルガの手下が広範囲にかけている阻害魔法の障壁を見やる。
「よし!いける!!」
ディータは希望を抱いたがしかし、その唯一の希望である障壁がシャボンの泡のように弾ける瞬間を目の当たりにした。
「は?」
そしてこの場に新たな刺客がやって来る。その者は物凄い速度にして、鋭い爪を突き立てながら突進してくる。その速度のせいで本来はピンと立つ愛らしい猫のような耳が空気抵抗を受けて仰け反っている。
ディータは新たなアジールメンバーがやって来たことに舌打ちをしたが、この獣人の狙いは自分ではなく、主の筈のペシュメルガであることがわかった。
背部から剣で貫かれたペシュメルガに更なる追い討ちがかけられ、地獄のようなこの場を大量の血飛沫が彩った。
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