第379話

~ハルが異世界召喚されてから1日目~


 氷と青い炎の世界。先程まで平和を奏でていた王都は一変していた。しかし同じ王都にいてもその様子に気付かない者がいるのは、この不思議な魔法のせいだ。剣聖オデッサは魔法の内側にいた市民達を魔法の外側へと避難させる。


「ありがとうございます!」


 去り際に何度も頭を下げられ、感謝を述べられた。礼を言われたのは一体いつぶりだろう。


 オデッサは再び魔法の内側に入った。


 中では腹の底まで響く轟音が何度も聞こえる。オデッサは音のする方を見やった。紫色のドレスを着た女と黒髪の少年が信じられないような速度で打ち合いをしている。その激しさと美しさにより無意識にゴクリと唾を飲み込んだ。両者ともかつて自分が手も足もでなかった帝国にいる白髪ツインテールの少女よりも遥かに強い。オデッサは視線を瓦礫に向けて、自分のできることを全うしようとした。


 激しい戦闘により、家々が倒壊している。自分が正午から興じていたカードゲームをしていた店も、もはや形を成していない。


 瓦礫の下敷きとなり、動けない者を探すオデッサ。鳴り響く轟音により助けを求めるか細い声も聞こえない。自分の足と視覚で救助を求める者を探していると、瓦礫の前でオロオロとしている少年を見つけた。ぎこちないステップを踏んでいるが視線は一定の位置に固定されている。おそらくその視線の先にある瓦礫の中に誰かが埋もれているのだろう。


 オデッサは瓦礫を見た。元は宿屋だ。オロオロとしている少年を見たところ、路上生活者であることが予想された。おそらく、この宿屋の裏手にあるゴミを漁っていたのだろう。それが宿屋の倒壊によって仲間の1人が下敷きとなった。


 オデッサは最も重たく上部にある元は屋根を形成していたものを剣で細かく刻んだ。露となったのは梁の役割をしていた木材の下敷きとなっている少年を発見した。


 まだ意識がある。


 オデッサはその木材を持ち上げて、下敷きとなっている少年に脱出を促した。しかし少年は足を痛めているのかその場で動けずにいる。


 オデッサは尚もオロオロとしているもう1人の浮浪少年に促した。


「そこから出すんだ」


 少年はオデッサの声に反応して、仲間の少年を死地より救いだす。オデッサは木材を下ろして安全なところへと少年達を避難させようとした。梁が大きな音と共にもとの瓦礫へと戻る。


「あ、あのありがとうございます!」


 下敷きとなっていた仲間の少年を担ぎながら浮浪少年は言った。


 オデッサは礼には及ばないと視線で語り、少年達を案内する。すると、一際大きな音が空から聞こえた。それは今までの轟音とは違って何かが折れる音だった。


 オデッサはその方向、上空を見やると、紫色のドレスの女と黒髪の少年以外にもう1人いるのを発見する。漆黒の鎧に全身を包んだ者が、同じくらい黒い闇と同化した剣を携えている。どうやら紫色のドレスを着た女の仲間のようだ。黒髪の少年と相対するように空中で直立している。また、黒髪の少年が握っている剣が折れているのも見えた。


 オデッサは仲間の肩に担がれている浮浪少年を抱きかかえる。早くこの場所から離れようと走った。


 抱きかかえられた少年は、自分の生を実感したのか涙を流しながら、オデッサの胸の中で懺悔した。


「お、俺今まで悪いことばかりしていて……誰の役にも立てないで、足ばかり引っ張ってきたんだ……惨めな自分を見ていたくなくて、弱い奴から金を巻き上げては自尊心を保っていた……そんな俺を貴方は……救ってくれた……」


 オデッサは少年の言葉に返す。


「私も同じようなものだ。ここ数年は誰の役にも立てていない。皆同じなのかもな……自分の弱さを直視するのは誰だって恐い。しかしその恐怖や苦痛も下敷きになった時の痛みに比べれば一瞬の出来事なのかもしれないな」


 オデッサは安全なところまで少年を運び終えると、再び地獄のような世界へと入った。


 紫色のドレスの女と違ってあの黒髪の少年はこの国を守ろうとしているように見える。そのように攻撃をいなしている。いなしきれてはいないが、そのような意図をオデッサは見てとった。


 そこにもう1人の敵が襲来し、武器が折れている。


 オデッサは勇気を出して、黒髪の少年の元へと向かった。


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~ハルが異世界召喚されてから1日目~


 第八階級以上の魔法を唱えられないハルだが、前回の世界線でペシュメルガの刀身自殺によって大幅に上がった魔力のおかげでエレインの唱える桁違いな魔法に対抗できていた。


 またその魔力はハルが空中を浮遊することを可能にしている。エレインが瓦礫を魔力によって浮かしていたのを見てヒントを得たのだ。エレインはというと魔力ではなく妖精族の持つ綺麗な羽を広げて浮遊している。


 だが不慣れな空中での戦闘は、ハルの力を目一杯だすことができない。かといって地上に誘ってもエレインに広範囲な魔法を唱えられ、王都を破壊される。エレインはハルがルナだけでなく、この街をも守ろうとしていることに気付いているのだ。


 ハルは仕方なく空中へと浮遊し、エレインと打ち合いを始めた。


 剣と鉄扇がぶつかりあう度に絶妙なバランスで均衡を保っていた瓦礫は崩れ、中に埋もれている者の息の根を止めていた。


 ハルは王都にいる兵士や剣聖オデッサが街の者達を避難させていることを背中で感じている。


 彼等やこの戦いに巻き込まれた街の人々にハルは心から謝罪をしながら戦闘していた。


 振り下ろした剣はエレインに躱され、虚空を斬り裂いた。その斬撃は瓦礫に埋め尽くされた大地を穿つ。ハルは自分の攻撃の威力にぎょっとしたが、その隙にエレインの鉄扇がハルの首を狩るようにして振り払われた。


 ハルは魔力を操り、ぎこちない動きで躱して距離を取った。エレインが王都に魔法を唱えても直ぐに対抗できるような距離だ。


 しかしエレインは広げた羽を水平にすると、ハル目掛けて突進してきた。ハルの胸を突き破るように鉄扇を突き立てながら直進してくる。ハルは剣を振り下ろし、エレインの持つ鉄扇の先にぶつけた。2人は暫し押し合っていたが、ハルが全力を出して押しきった。エレインをもと居た場所よりも遠く離れたところまで後退させることに成功したその直後、ハルは自分よりも更に上空から嫌な気配を感じ取った。


 直ぐに上空を見やると、空から黒い雷が落ちてきた。咄嗟に剣をかかげて受け止めようとすると、それが雷ではなく漆黒のフルプレートを着込んだペシュメルガであることに気が付く。直後、ハルの持つ覇王の剣に多大な重圧を感じると、覇王の剣が折れてしまった。


 武器を折ったことに満足したのか、ペシュメルガはエレインを庇うような位置へと空中を移動し、ハルに問い掛ける。


「貴様の目的はなんだ?」


 ハルは答えた。


「憂さ晴らしだよ!」


 ペシュメルガの表情が歪む。


「ならば死ね」

 

 ペシュメルガが消えたかと思えばハルの背後に現れ、黒剣を振り下ろす。


 ハルはそれを辛うじて避けた。


 ──来るの早いって!!


 振り下ろされた黒剣はハルを捉えようと今度は振り上げられる。


 ──早っ!!


 ハルは折れた覇王の剣の柄をぶつけて何とかそれを防いだが、ペシュメルガの攻撃はまだ終わらない。次の攻撃に移ろうとしたその時、ハルの足元から白銀に輝く剣が迫ってくるのを感じる。


 ハルは空中でクルリとバク宙を決めると、地上から投げられた剣を受け取り、ペシュメルガの攻撃を弾くことに成功した。


 ハルは地上を見やると、剣聖オデッサがいた。


「ありがとう!!」


 ハルは感謝を告げると、オデッサは直ぐ様別の者の救助へと向かうのが見える。


 だがその直後背後からエレインがハルに襲い掛かる。ハルは後ろを振り向きエレインの攻撃を受け流すと、今度はまたペシュメルガの斬撃がハルの頬を掠める。


 そしてペシュメルガは呟くようにして唱えた。


「炎帝」


 聞いたこともない魔法はハルを包むようにして展開された。黒い炎に閉じ込められたハルは自身の唱えることができる最高階級の水属性第六階級魔法のタイダルウェイブを唱えるも、顕現した大量の水全てが一瞬にして蒸発した。


 ──え、やばくね?


 黒い炎は伸縮し、内部にいるハルを滅しようと縮んだ。しかし次の瞬間、黒い炎は氷となって砕かれる。


 ハルはペシュメルガとエレインの他、もう1人とてつもない魔力を放つ者がいる地上を見やった。そこには両手を上空へ向けたルナがいた。


「ったく!!こっちの気持ちも知らないで好き勝手暴れやがって!!もうこの世界終わるけどそれでいい?」


 ルナの声色でルナらしからぬ発言を聞いて、ハルは違和感を抱くが、もう知っている。その違和感の正体を側にいたペシュメルガがハルの代わりに毒づくように答えた。


「ディータ……」

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