第378話

~ハルが異世界召喚されてから1日目~


 空中へと押し上げられたエレインは向かってくる一筋の光を片手で防ごうと試みたが、その光は防ごうとした掌を貫いた。 


「っ!?」


 驚く暇も与えないように、神の使いである少年は追い討ちをかけてきた。


 跳躍による勢いと、腕の力をふんだんに使って振り払われる剣をエレインは鉄扇で受け止める。


 鉄扇越しにビリビリと伝わる衝撃によりエレインは判断を下す。


 ──この強さの者が召喚されたのなら、きっと天界の者達は我々の存在に気付いたはず…だったらペシュメルガ様に知らせることを含めてこの場を蹴散らすのみ!!


 つばぜり合いが続くなか、エレインは魔力を練り上げて唱えた。


「風爆殺」


 唱える瞬間、使いの少年は慌てていた。おそらく相応のダメージを与えることができたはずだ。


 エレインは妖精族としての象徴である翼を広げ、宙に浮いた状態で辺りを見回す。


 美しい街並みの王都の一部が戦場の跡地のように破壊されていた。先程死闘を繰り広げていた路地裏は破壊された建物の瓦礫によって埋め尽くされている。上空で魔法を唱えてしまった為、この魔法が持つ本来の破壊力を十分に発揮できなかったとエレインは少しだけ残念がった。


 瓦礫が蠢く。エレインはそこを注視すると、先程の少年がルナ・エクステリアを守っていた。


 ──無傷?それにあの娘が神の依り代であることも知っている?偶然助けただけ?違うな、あの強さは間違いなく神の使いだ。


 神の使いをここで倒せば天界への門が開かれるかもしれない。サナトスがここら一帯を障壁で覆っていることを鑑みて、ディータの介入も遅くなる筈だ。


 ──いや、依り代のルナがこの場にいるならそれは関係ない?


 新たな可能性が浮かんではそれを検討し、排除する。その間に使いの少年はルナに言った。


「怖いかもしれないけど、ここを離れないで」


 少年はそう言い残すと、エレインのいる空中へと跳躍して、再び戦闘を始めた。


 振り払われる剣は残像を焼き付け、星々がそれを幻想的に照らした。エレインは少年の剣を次々と弾き返すと、浮かんできた可能性の一つを試みる。


 手にしている鉄扇を少年の胸目掛けて、勢いよく突いた。


 少年はそれを空中で器用に躱すと、エレインはそのまま少年とすれ違うようにして前進する。狙うは地上にいるルナ・エクステリアだ。


 エレインの狙いに気付いた少年は舌打ちをして、エレインのあとに続く。


 標的であるルナに接近するエレイン。


 あと少しだ。鉄扇を握る手に力が入る。


 エレインの接近にようやく気が付いたルナは、迫る危機に身体を上手く動かせないようだ。仮に動かせたとしてもエレインの鉄扇の餌食になるのは間違いない。


 ──終わりね


 エレインはルナを仕留められると確信した。しかし、ルナの胸に鉄扇が触れた瞬間、側面から少年の蹴りが飛ぶ。エレインの脇腹にそれがヒットすると、衝撃で瓦礫の山へと飛ばされた。


 瓦礫の中、腹部を抑えるエレインは血を吐きながら考える。


 ──ディータの依り代をやはり守ろうとしている。それにしても、あの速度……今までの戦闘では手を抜いていたの?


 エレインは脇腹の痛みが喜びへと変換されるのを感じとると、膨大な魔力を練り上げる。その魔力は瓦礫が持ち上がる程だ。立ち上がり、少年とルナに向き直り言い放つ。


「本気を出すのはいつぶりかしら♪」

 

 エレインは口から滴る血を舐めながら、ルナと少年に蔑むような視線を向けた。


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~ハルが異世界召喚されてから1日目~


 フルートベール王国国王のフリードルフは、ようやく自分の寝室につくところだった。


 灰色の髪、頬に刻まれた皺は老いよりも威厳を感じさせる。フリードルフは自信に満ち溢れていた。自信のない振る舞いや言動は民達はおろか家臣にも悪影響を及ぼす。毅然として困難に立ち向かえばその困難が先に根をあげるだろう。彼が実年齢よりも若く見えるのはきっとこの自信のおかげなのかもしれない。


 しかし、そんなフリードルフにかつてない困惑がもたらされる。


 護衛に別れを告げ、寝室の扉に手を掛けると、衛兵に呼び止められたのだ。


 そして報告を受ける。電撃を受けたかのように固まる。


 なんと、王都が攻撃されているとのことだ。それも王都内の一区画。安くておいしい店や酒の飲める店が並び、衛兵や戦士達にも人気な場所だった。フリードルフの隣にいる護衛は「あそこが?」と言った具合で驚いている。


 しかしフリードルフは冷静に尋ねた。


「被害と敵戦力について申してみよ」


「被害は西門から南門にかけての一部です。建物の倒壊及び死者が多数に上ります。て、敵戦力は……」


 衛兵が言いにくそうにしているが、フリードルフ国王は衛兵に優しい視線を向けて先を促す。


「敵戦力は不明です!複数の可能性はありますが、現在確認されているのは2名です!!」


 その報告を聞いて護衛達は息を飲んだが、どこか信じられない気でいる。フリードルフも同じ気持ちだ。


 第一、そんなにも甚大な被害が起きているのにも拘わらず、こちらには物音一つ聞こえなかったからだ。


 しかしフリードルフ国王は、冷静に命令を下す。


「戦士長と宰相らを呼び寄越し、王都にいる戦力となる者達を現場に向かわせろ!」  


 ハッ、と声を出して走り出す衛兵。そんな衛兵の後ろ姿を見送りながらフリードルフは考える。


 ──帝国の仕業か?半月後に控えた戦争は陽動、こちらに矛先を向けたか……


 王はこれから皆の集まる部屋へと踵を返そうとしたその時、廊下から慌ただしい足音が聞こえてきた。


 足音の主が姿を現すと、フリードルフは衛兵に新たな命令を下す。


「戦士長以外を叩き起こせ!!先に玉座の間で待っている!!」


 衛兵は王の隣にいる戦士長イズナを見て、自分の指令に書かれてある起こすべき人物名に戦士長イズナの名を消した。


「それにしても真なのか?敵からの攻撃というのは……」


 国王は戦士長イズナに尋ねる。


「はい。確かにそのようです。私も先程高台で確認した際は、いつもと変わらない街並みを見ましたが、現場に赴くと凄惨な状況でした。おそらく敵の魔法によって一定の範囲内に近付かないとその様子は確認できないようです」


「そんな魔法があるのか……」


「えぇ、信じがたいことですが……戦争の常識が変わってしまう恐ろしい魔法です。それと、幸いにも現場には非番の兵士達が居合わせていたようで、人命救助などを行っております……」


 先程の衛兵と同様、戦士長イズナは報告するのを尻込んでいる。しかし、衛兵とは違ってイズナは直ぐに報告した。


「現場は、常に轟音が鳴り響き、雪が降りしきったかと思えば青い炎が地面から沸き起こる、まるで地獄のような世界でした……」 


「なんと……」

 

 自信に溢れていたフリードルフの顔が崩れる。


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~ハルが異世界召喚されてから1日目~


 魔力爆発が引き起こされてからペシュメルガは直ぐにその場所の特定とディータの行方、依り代であるルナの居場所等を確認した。前回のミラ・アルヴァレス召喚の時の教訓を活かしたのだ。


 魔力爆発が起きたのはフルートベール王国の王都だと突き止め、エレインとサナトスを送った。相変わらずディータの気配は弱いままだ。


 今フルートベール王国の王都へ赴けば、天界へ繋がる道が残っているのではないかと考えたが、罠である可能性もある。


 エレインやサナトスから王都に変わったところは特にないと報告を受け、ペシュメルガは落胆した。そして、ディータの依り代であるルナの殺害を命ずる。


 ルナのその日1日の行動を予測し、念のため周辺をサナトスが障壁で覆い、エレインがルナを殺す。 


 ディータの乗り移っていないルナを殺しても天界への道は開かれない。またディータの乗り移った依り代をただ殺しても同じことだ。今までの依り代達、モーントやセリニを殺した時もディータは死ななければ、天界へと続く道など現れなかった。


 ──しかし、この武器ならば……


 ペシュメルガはアイテムボックスから刀身の黒い剣を取り出して眺める。エレインの持つ鉄扇も同じ素材で造った。この世界にはない素材を生成して造り上げた。エレインの鉄扇と唯一違うのは、この黒剣は相手に刺し込めば対象の脳内をハッキングできるようにプログラムしてあることだ。これをディータに刺し込めば、おそらく天界への道が開かれるだろう。 


 ペシュメルガは天界へ行って自分を造った南野ケイに復讐がしたかった。自分に自由意思を持たせ、叛逆するようにと仕向けた南野ケイに。


 今すぐにこの剣をディータが乗り移ったルナに刺し込んで試してみても良い。しかし魔力爆発が起きた今、ディータもしくは天界の者達が何かしらの動きをしているのは明らかだ。或いはペシュメルガの思惑に勘づいたのか。いずれにしても魔力爆発の原因を突き止める方が先だ。前回起きた魔力爆発とは違い、今回は直ぐに調査をしたがこれといった成果はなかった。

 

 気になるのは魔力爆発が起きたのがルナのいるフルートベール王国の王都で起きたことだ。


 もし天界に住まう者がミラのようにこの世界に召喚されたのであれば、ディータの依り代ルナと接触するのは危険だ。それならば、ディータの干渉を抑える為にもルナを殺害すべきである。しかし誰が召喚されたのかがわからない。もし依り代のルナが殺されないようにと守る者が現れたのならその者の動向を追う。手始めに攻撃を仕掛けても良い。無論目立つようなことがあってはならない。


 もしも我々を滅する為に召喚されたのなら対抗する。ミラのように何も知らないで来たのなら様子を見よう。もしかしたらこちら側に引き込むことができるかもしれない。


 例えばミラと同じように学校へ入学したならさりげなく近づき、声をかけてみても面白い。


 ペシュメルガは一通りの結論を出すと、エレインの魔力が膨れ上がるのを感じ取った。直ぐ様エレインの見ている光景を共有する。


 エレインに向かって攻撃をしかける少年が見えた。


 ──我々を潰しに来たか……


 剣筋や剣速からしてエレインと同等の強さだ。しかしペシュメルガは訝しむ。エレインの唱えた第九階級魔法『白夜』に第六階級魔法の『インフェルノ』をぶつけているのを目撃したからだ。


 ──魔力が高い割には上級魔法を唱えてこないな……私が来るのを待っているのか?


 ペシュメルガは黒剣を握り締めて、言う。


「良いだろう、乗ってやる。お前を殺せば天界への道が開かれるかもしれないからな……」

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