第377話

~ハルが異世界召喚されてから1日目~


 帝国と王国の戦争は何年も続いている。近々また新たな戦争が繰り広げられるそうだ。軍の作戦会議にここ数日毎日のように呼ばれ、くたくたになって子供達の待っている孤児院に帰る。今日もその帰り、綺麗なピンク色の髪を揺らしながらルナは夜道を歩いた。


 いつもの路、いつもの店、いつもの酒場、大通りに面しているこの酒場の前を通るといつも酔っぱらった兵士達に絡まれるので今日は裏路地を回って帰るようにしよう。


 いつもと違う路、表とは違い薄暗い、夜の路地は不気味だった。ルナは少し後悔しながら家路を急いだ。


 ──ぅぅ…怖い……


 眉根が下がり、弱々しい小動物のような表情に変化していく。後ろを振り返ると来た道を暗闇が覆い隠していた。


 ルナが歩いていると道の先に1人の中年男性が肩を震わせながら佇んでいるのを発見する。


 ──あれ?…あそこに誰か……


 ルナは一歩ずつ近付くと、男性は驚いたようにルナの方を振り向く。


 ビクリと身体を震わせたルナだが、男性の目から涙が流れていることに気が付き、心配する。


 男性は泣き顔を見られたのが恥ずかしかったのか、ルナとすれ違うようにして走り去った。


 闇に消えていく男性の後ろ姿を見送ったルナは、振り返ると今度は1人の少年を視認する。


 ──この子は……


 不思議な雰囲気を持つ少年にみとれるルナだが、少年の背後から今まで感じたことのないような圧力に慄く。


 少年の奥にある闇には凶悪な魔物が潜んでいて、今か今かとルナに襲い掛かってきそうな気配が漂っている。


 無意識に冷や汗が出る。そしてこれまた無意

識にルナは一歩後ずさった。


 そんなルナに少年は告げる。


「ここを離れないでください」


「へ?」


 少年もその気配に気が付いたのか、後ろを振り向いた。


「おやおや、どうしたものかしら……」


 少年の奥から紫色のドレスを着た綺麗な女性が現れた。ルナはその女性が発する尋常ならざる気配に震えが止まらない。


 そんな女性と相対する少年を引き留めようとルナは勇気をだして片手を伸ばそうとしたその時、少年はアイテムボックスから刀身の長い剣を取り出した。


 そして次の瞬間。


「きゃっ!!」


 激しい暴力的な音と共に、ここを路地裏たらしめる両脇にある建物の形が一瞬で歪んだ。


─────────────────────


 ペシュメルガを殺したことにより得た力は凄まじかった。それは覇王の剣を握っただけで理解できる。


 相対するエレインを冷静に見据えるハルは、自分の腕を狙ったエレインの攻撃を弾き返した。その衝撃一つで、両脇にある建物が瞬間的に歪んでしまう程の威力だった。


 ハルの背後で驚きのあまりルナが悲鳴をあげたのが聞こえる。悲鳴をあげた当人は何が起きたのか理解していないだろう。


 エレインは元の位置に戻りハルを見据える。


 ハルは初めてエレインと相対した時のことを思い出す。


 ──そういえば今の一撃で僕は腕を切り落とされたんだっけ……


 一方エレインは、笑みを浮かべてハルに話し掛けてきた。


「貴方がディータの使いね?」


「それはどうかな?」


 ハルはしらばっくれる。正確にはディータの使いではない。


「本当はもう少し様子を見たいところなんだけど、ちょっとだけなら…いいわよね?」


 口元を歪ませるエレインに、ハルは攻撃を仕掛けた。


 間合いを詰めるためにハルは一歩踏み出す。すると、たったその一歩でエレインの眼前へと到達する。


 エレインは驚きというよりも恍惚な表情を浮かべて、上段より振り下ろされるハルの剣を鉄扇で受け止めた。


 ハルはそのまま中段、下段と流れるように2連撃いれたが、どれもエレインの固い鉄扇に阻まれる。


 ハルは連擊の終わりに放った下段からの攻撃を振り抜くと、地面に手をつき、エレインのみぞおちを蹴りあげる。


「あん♪」


 喘ぐような声を発するエレイン。感触からして、エレインは左腕でハルの蹴りを受け止めている。ハルは舌打ちした。


 しかし、ハルの蹴り上げたその威力によってエレインは上空へ飛ばされていく。今度は地面を蹴りあげて、ハルはエレインに追い討ちをかけた。両脇の建物の中腹辺りまで上昇したエレインにハルは、剣を振り払うが、エレインはハルの攻撃に合わせるように鉄扇をぶつけてきた。


 破城槌同士が激しくぶつかり合うような音が轟くと、エレインは更なる上空へ、ハルは地面に引き寄せられる。


 ハルはエレインの快感にうち震えるような表情を見届けると、着地地点を先程までいた地面からずらした。片足が建物の壁を鋭角に触れるように着地すると、膝を屈伸させて再び夜空に向かって跳躍した。


 上空を突き抜けながら進む。ハルは魔力を練り上げ、煌めく光の剣をエレインに向かって一本射出した。


 エレインは向かってくる光の剣を片手で防ごうとしたが、光の剣はエレインの掌を貫く。


「っ!?」


 第五階級魔法程度なら片手で防げると思ったのか、この時ようやくエレインの表情から余裕が消えた。エレインに追い付いたハルは、その勢いと渾身の力を使って剣を振り払った。


 エレインはハルの攻撃を受け止めた。その衝撃で夜空をまばらに陰らせながら漂っている雲が消滅する。束の間、空中でのつばぜり合いとなったが、エレインがかつてない程の魔力を練り上げる。


 ハルは咄嗟に思った。


 ──まずい!!


 この場を離れようにも、大地に引き寄せられる重力よりも上空へ跳躍した勢いが優位に働いて離れることができない。


 エレインは周囲の全てを吹き飛ばすような魔法を唱える。


「風爆殺」


 フルートベール王国の王都の一部が吹き飛んだ。


─────────────────────


 夜の街を駆ける。頼り無い街の灯りを置き去りにしながら、ランガーは新しい槍を片手に路地裏へと急いだ。


「本当にお前の武器を壊した奴がまだいんのか!?」


「うるせぇ!ついてくんじゃねぇよ!!」


 新しい槍を取りに行く時に、フルートベール王国戦士長のイズナと会ってしまった。


 急ぐランガーはイズナに問い質された。


 何故新しい槍が必要なのか。今までの槍はどうしたのか。


 的確な質問だった。イズナに嘘は通じない。ランガーは変に誤魔化すよりも正直に答える方が、早く再戦にありつけると考えた。


 その結果、ランガーの槍を破壊する程の実力者をここ王都で野放しにはできないと言われ、ランガー含め数人で、その者を確保しろとの命令を受けてしまった。野蛮な悪漢ならば投獄すべきだし、そうでなければフルートベール王国の戦力となる。


「いいかお前ら!!アイツは俺と戦うんだ!!だから絶対手出しするんじゃねぇぞ!!」


 ランガーについてきた4人の衛兵達は、彼の性格を知っているのか、はいはいとランガーをあしらった。


「っしゃあ!!あともう少し!!」


 息巻いて大通りから、例の路地裏へと続く道が見えたその時、轟音がランガー達の鼓膜を刺激する。


「うおっ!!」

「うっ!!」

「な、なんだ!?」

 

 衛兵達は勿論、ランガーもその音に驚く。大通りにいる夜の街を堪能している者達も悲鳴をあげながら身構えていた。


 その音は断続的に続く。音の出所は例の路地裏からだ。


「アイツだ……アイツが戦ってるんだ!!」


 高揚するランガーだが、その音は徐々に上昇し始め、空から聞こえるようになった。その音に導かれるように視線を上へ移すと、一筋の光が夜空に向かって突き進むのが見えた。その光は夜空に届く前に止まった。そしてまたも轟音が響き渡る。夜空に漂う雲が霧散した。


 そして次の瞬間、空が爆発した。


 吹き荒れる暴風によって空に向かって伸びていた建物達は一斉に崩壊する。幸い有事は空で起きた為、大地に近い部分は建物の体裁を保っていた。しかし、その破壊力は凄まじく、衛兵や周囲の人々は吹き飛ばされた。ランガーは息を止めながら堪え忍ぶ。


 栄華を極めていたフルートベールの王都。その南西よりにある建造物の上半分が跡形もなく吹き飛んでいた。しかしランガーはそんなことを気にも止めず、光輝く夜空を見つめていた。


 夜空を彩る無数の光りは、星が燃え尽きるようなロマンチックな輝きなどではない。それは上空で繰り広げられている人ならざる者達の戦いであった。


「ハ、ハハハハ…すっげぇ……」

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