第372話 僕は誰?
~ハルが異世界召喚されてから6日目~
オレンジ色の竜の背に乗りながら、眼下に広がる森を凝視する。禍々しい雰囲気を漂わせている森に飛び込んだ。
エレインの鉄扇を押さえながら言い放つ。
『ミラちゃんは僕が守るから』
場面は切り替わり、レガリアの持つ金色のロッドが胸を貫く映像が見えた。その映像が一時暗転すると帝国四騎士のミラ・アルヴァレスが泣きながら覗き込むように見おろす。
『…ハルくんが生きているからだよ』
涙を流しているものの、とても幸せそうなミラの顔が見える。
今度は、自分の元から離れたルカに向かって第七階級魔法を放つ映像に切り替わる。次にランスロットから手を差し伸べられる映像が見えた。
『ようこそ大人の世界へ、お前さえよければ俺達の国へ──』
次に帝国軍を第五階級魔法で焼き尽くす映像。神の依り代ルナ・エクステリアの笑顔が写る。薄型の長方形の画面を両手で掲げて、器用にその画面に触れながら指で操作する映像が見える。最後に、ハルの父親と母親と思わしき者達が写った。
ペシュメルガはハルの父親南野ケイに向けて蔑むような視線を送る。
ハルの全てを把握したペシュメルガは一息ついた。ハルの頭部から手を離し、だらりと遊ばせる。
そして、横たわるハルの全身を眺めた。
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頭がぼ~っとする。ハルは目を開け、明暗がはっきりしない視界を馴染ませる。しかし一向に明るくはならなかった。今いる場所がそもそも薄暗いのだ。
ハルは横たわる自分の身体を両腕を使って持ち上げる。ゆっくりと血が全身に巡るようにしながら立ち上がった。
辺りは薄暗くて、とても広い空間であることがわかる。床には赤いカーペットが敷かれ、天井を支える柱はひんやりと冷気を漂わせいているように見えた。ハルの背後には階段がある。たったの数段しかない階段の頂上には、玉座とおぼしき椅子に腰かけたペシュメルガがいた。
ところどころ金色の紋様が刻まれた漆黒のフルプレートを着込んだペシュメルガは素顔を晒してハルを見おろしている。チェルザーレやヴァンペルトにも似ている顔だが、圧倒的なその威圧感は自分のような矮小な者では到底敵わないと思わせた。ハルに拘束具や拘束する魔法をかけていないのはその必要がないとでも言っているかのようだった。
ハルは精一杯の反抗を示すため、ペシュメルガに睨みをきかせる。
「そう身構えるな」
ペシュメルガの声が空間に響き渡る。その物言いはハルにそうさせるだけの力を持っていた。ハルは睨むのをやめた。
「少し、話をしよう」
何の話をするのかハルは疑問に思う。それを見透かしたのかペシュメルガが議題を提示した。
「ハル・ミナミノ、お前についてだ」
「ぼ、僕について……?」
「お前の記憶を覗かせてもらった。今まで大変であったな」
思わぬ労いにハルは困惑する。
「お前には知る権利がある」
「…な、なにを?」
「お前が何者なのか、そして何故この世界に召喚されたか。それを知る権利だ」
「お前がそれを知っているとでも?」
「そういうことだ」
更なる困惑がハルを襲うが、ペシュメルガは構わず言った。
「私は南野ケイ、お前の父親によって作られた」
「は?」
ハルは考える。
──どういうこと?父さんがペシュメルガを作った?……え!?もしかして、腹違いの僕の兄貴とか?その兄が僕みたいに異世界召喚されてこの世界に来たってこと?
「くだらないことを考えているようだな……」
ハルは自分の中で導きだした答えをペシュメルガに言った。
「つまり、貴方は僕のお兄さんってこと?」
ペシュメルガは少し間を置いて告げる。
「当たらずとも遠からずだな……」
「え!?え?」
ハルの困惑は肥大する一方だ。
ペシュメルガは言った。
「お前の記憶を見て思った。小説や漫画やアニメーションの中で異世界へ召喚、転移される話があったな?」
ハルは頷く。
「本当にそんな現象が起こると思っているのか?」
「…思ってないよ。でも現に僕はこの世界に召喚された!だからあるとしか思えない……」
はぁ、とペシュメルガは溜め息を吐く。
「現実と空想の区別がつかないのだな……」
ハルは苛つくと、ペシュメルガが訊ねてきた。
「ハル・ミナミノ…ハル……お前の名の由来は知っているか?」
ハルは知っていた。しかし、嘘をつくことにする。ペシュメルガに言ったところで伝わりはしないのだから。
「春に生まれたから……」
「嘘だな」
あっさり見破られてしまった為に、ハルは白状する。
「はいはい、どうせ僕の記憶を見て知ってるんだっけ?僕のいた世界にはIBMっていうアメリカの超巨大IT企業があるんだけど、そのIBMより一歩先へ行くっていう意味でHALってつけられたんだよ」
アルファベット順にIとBとMの一つ前はHとAとLだ。それを繋げてHAL。コンピューターが好きな父親南野ケイが名付けた。自分の名前の由来を聞いた時は、正直恥ずかしかった。また、父親がこれを思い付いたのは、いや発見したのはと言うべきかもしれない。スタンリー・キューブリック監督の映画『2001年宇宙の旅』に出てくるキャラクターが衝撃的過ぎて、その名前の由来を調べたのがきっかけだ。そのキャラクターの名前はHAL。完全に丸パクリだ。
ハルは自分の恥ずかしい名前の由来を聞かせ、ペシュメルガにこれで満足かと言った具合の態度をとるが、ペシュメルガは否定した。
「確かにお前が教えられた名前の由来はそうかもしれない。だが、実際にはHeuristically programmed ALgorithmic computer。その頭文字をとってつけられていると予想できる」
突然の英語にハルは話についていけない。
「は?何が言いたいの?」
ペシュメルガはハルに言った。
「つまりハル、お前は人工知能だ」
何を言われたのか理解ができなかった。
「は?何言ってんの?僕の名前の由来は確かに映画に出てくる人工知能の名前、HAL 9000が由来だけど……」
ハルの困惑にペシュメルガは冷静に返した。
「その名前の由来によって少し話をややこしくしているのは違いないな。私の意味していることはお前自身が人工知能だと言っている」
次々に投げ掛けられる言葉にハルはついていけない。
「待って!!僕は日本にいたんだ!!自分の家でくつろいでいるところで、青い光に包まれて…召喚された!そう!こ、ここは五次元空間だ!僕は何らかの方法で五次元に移動したんだ!!」
素粒子同士を加速させてぶつけることで、開かれるとされる未知の空間。ハルは今まで自分が召喚された方法を何となく考えたことがあった。その方法をペシュメルガに示す。
「五次元か……お前の記憶を見てそのような仮説が成り立つのも理解はできた。しかしそれはまだSFの域を出ない」
「お前の言ってることもそうだろ!?」
「いや、現実にあり得る。寧ろ五次元よりも実現可能性は高い」
「待って!僕は父さんと母さんと暮らしていた!あ、あと学校に通ってた記憶もある!!それらは全部嘘だって言いたいのか!?じゃあ僕は!?一体だれなんだ!?」
ハルは記憶を手繰り寄せ、思い出せる限りの記憶を思い出した。どれも偽物の記憶なわけがない。実際に溺れた記憶、息ができなくて苦しかった、ミラと触れ合って暖かかった記憶、それらを否定することなどハルにはできなかった。
「いや、それらの記憶は本物だ」
あっさり肯定されて、ハルの思考が入り乱れる。
「は?」
「お前が日本で過ごした記憶は本物だ。お前以外の人間もまた人工知能だがな」
ペシュメルガはハルが咀嚼しやすいよう時間を少し与えてから続ける。
「お前の父親や母親、学校にいた者達、そこにいた全ての者が人工知能だ」
「え?待ってよくわかんない!なんで?誰がそんな世界を作ったの?」
G○Aのようなゲームのように、ハル達をマッピングしてプレイヤーが自由に動ける世界を造りたかったのか。それとも神のような存在がいて、ハル達の動向を観察しているのか。
ペシュメルガは答えた。
「全てはお前の父親が造った。無論、全て1人で造った訳ではないがな……」
「え?でもさっき、僕の父さんは人工知能だって……」
「本当の現実世界にいるお前の父親、オリジナルの南野ケイとでもいおうか……ソイツが造った」
「父さんが父さんを造った?自分で自分を……何の為に?」
「未来を見るためだ」
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ここまで読んでいただき誠にありがとうございます。この展開にがっかりされた方も多数いらっしゃると思いますが、初めから想定していた内容です。
申し訳ありませんが、1ヶ月ほど更新を止めたいと思います。一度最後まで書ききってから、毎日投稿しようかと考えています。
更新は先になりますが、この物語の結末を少しでも気になった方は、最後まで読んで頂けると幸いです。また、皆様からの暖かいお言葉やハート、☆は僕の生きる活力となっております。本当にありがとうございます。
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