第371話

~ハルが異世界召喚されてから5日目~


 空間を斬り裂く音。それを耳にしただけでも背部をゾクリとさせる。大剣の刃と二股に別れた槍の柄の部分がぶつかり合う音。今度は槍の尖端と刃がぶつかり合う音がする。鈍く腹に響くその音は、2つの武器がどれ程固い物質でできているのかが窺い知れた。


 音は目に見えない振動だ。その振動は武器がぶつかり合う度に発生し、周囲にある古い建造物や木々、大地に伝わり響かせる。その武器を手にしている2人は、振動によって自身の細胞をも震わせていることだろう。しかしそんなものに浸っている暇など2人にはない、瞬き一つで手足が機能しなくなるような致命傷を負わせてくる相手なのだから。


 ハルは突かれる槍を文字通り掻い潜り、ランスロットの懐に入った。低い姿勢のまま下段から剣を振り上げるが、ランスロットは槍を引き戻しつつバックステップでそれを躱す。剣がランスロットの鼻先を掠めた。後退して稼いだ距離と反動で、今度はランスロットが前進して剣を振り抜いた低い姿勢のハルに向かって槍を突く。


 ハルはその場で跳躍し、足元を槍が通過するのを感じると、次はランスロットの目を狙って剣を振り払う。ランスロットは身を屈めてハルの攻撃を躱した。その間に先程ハルが躱したランスロットの槍がハルの着地地点の足場を突き、大地が割れた。2人は不安定な足場を嫌い、お互いが安定した大地を求めて距離を取る。


 ハルは息を整えた。剣を構えようと半身になろうとしたが、そのすぐ後ろには大木があった。戦いに夢中になっていたハルは自分が森の入り口を背にしていることに気が付かなかった。


 それを見て取ったのか、ランスロットは前進して槍を振り払う。ハルは剣で受け止めようと考えるが、間に合わない。身を屈めて躱す選択肢を取った。背後にあった大木が切り倒されるのを感じながら剣を構えるが、ランスロットは次の攻撃に早くも移行しようとしていた。振り払った槍を反対側の手で持ち替え、その場で軽く飛び上がりながら、船から大魚を仕留める銛の如くハルのこめかみ目掛けて突いた。


 ハルは迫りくる二股の槍を大剣を這わせるようにして綺麗に滑らせ、受け流す。先程と同様に槍は大地に突き刺さり、森の入り口を破壊した。しかし先程とは違う。槍が瞬いたのだ。かと思えば槍を中心として電撃がバチバチと音を立てながら四方に走る。ハルはその電撃を諸に浴びた。


「っう!」


 俯くハルにランスロットは槍を肩に担ぎながら口を開く。


「どう?痺れ──!!」


 ランスロットの言葉を待たずしてハルは、剣を振り払う。虚をつかれたランスロットであるが、ハルの攻撃をその場から後ろへ跳躍することで躱した。


「お互い虚を突いた攻撃は効かないか」


 ランスロットは笑った。そして再びハルに襲い掛かる。ハルとの直線距離を初速で最大限加速して縮め、槍を突く。先程よりも早く鋭い突きにハルは戸惑ったが、ギリギリで躱す。頬を槍が掠めた。ランスロットは突いた槍を引き戻さずに、ハルの足元を払うようにして槍を操る。


「っ!?」


 足をとられたハルはその場で転び、尻餅をついた。体勢の整わないハルの腹部にめり込むようにしてランスロットの蹴りが入った。


「ぐはっ!!」


 蹴りあげられたハルは上空を舞う。周囲の木々の高さをゆうに超し、塔の中腹にたどり着いた。地上にいるランスロットの姿が小さく見える。しかし次の瞬間、ランスロットの姿が大きくより鮮明に見え始めた。ランスロットは大地を蹴り跳躍し、上空へと飛ばしたハルに追い討ちをかけている。


 飛び上がり、上昇していく速度とその力を利用してランスロットが槍をハルに向けて突いた。足場のない上空では、ランスロットの突きを躱せないとふんだハルは、剣で受け止める。


 物凄い力が剣を伝ってやってくる。しかしその衝撃も足場のない上空では長く続かない。ハルは目前に迫った槍を掴んだ。


 ランスロットは反射的に槍から雷鳴を轟かせるが、ハルに雷が効かないことを思い出したのか、はっとした表情になる。


 ハルはほとばしる雷をものともせず、掴んだ槍を自分の元へ目一杯の力を込めて引き寄せた。上空から自然落下するスピードに、更に勢いをもたらすことに成功したハルは、ランスロットの胸部に斬りかかった。


 ランスロットは直ぐ様槍をアイテムボックスに仕舞うが、ハルの加速を止められなかった。しかし、再びアイテムボックスから槍を胸部分に出現させ、ハルの攻撃を受け止めることに成功する。


「ぐっ!!」


 防御に成功するが、受け止めた衝撃を受け、ランスロットは物凄い勢いで落下していく。


 着地を決めたのは、戦闘を開始した塔付近から遠く離れた浜辺であった。幸い細かい砂がクッションとなってそこまでのダメージをランスロットは感じない。


 しかし上空からハルの魔法が襲い掛かる。空から降ってくるのは光輝く剣の群れだ。


─────────────────────


~ハルが異世界召喚されてから5日目~


 スタンは長い馬車の移動でコチコチに固まった首と肩を回しながらほぐす。


 朝方にクロス遺跡に向けて出発したAクラスを無事、目的地に連れてくることができた。


 Aクラスの生徒達はスタンのように長旅の疲れに浸るよりも、この地に来たことにワクワクしているようだった。


 スタンはその様子を見て、Aクラスの生徒達に告げる。


「宿舎はすぐそこだが先に海見てこいよ」


 その言葉を待っていたかのようにAクラスの生徒達は走り出す。


「お前は行かなくていいのか?」


 スタンはレイに言った。


「明日に備えたい」


 スタンはレイの発言に苦笑いで返す。しかし、その発言は仕方のないことかもしれない。


 ──確か、ハルが第二階級魔法を唱えたのをコイツは実技試験中に見てんだよな……焦る気持ちはわかるが、ハルの実力はきっと俺以上で、化け物級の特待生達と同等レベルなんだろうな……


 スタンはレイに告げる。


「じゃあ俺達は、先に宿に行くか!」


 荷物を積んでいる馬車を走らせ、宿に向かうスタンとレイ。


 沈み行く恒星テラの赤々とした光の余韻を残す夜空。そんな光景を見ながら郷愁に浸っていると、突然雷鳴がほとばしる。


「ん?おかしいな、雲一つない空で雷か?」


 スタンはそう溢すと、今度は衝撃音が轟いた。レイが空を見上げながら呟く。


「人影が……」


 スタンもそれを確認していた。上空に人影が見えた。人影は衝撃音が鳴る前に落下し始め、それを追いかけるようにまた衝撃音が鳴った気がした。


 スタンはレイに言った。


「行くぞ」


 2人は落下した人影を追う。奇しくも先程他の生徒達が向かって行った海の方角だった。


 街を通り抜け、Aクラスの生徒達が佇むその後ろ姿をスタンとレイは捉える。Aクラスの生徒達は浜辺を凝視していた。スタンとレイが追い付き、彼らが凝視している視線の先を見やると、信じられない光景が広がっていた。


 空から降る光輝く剣の雨を砂浜にいる少年が、長い棒を振り回して防いでいる。


 正直、少年の動きが速すぎて何をしているのかわからなかった。おそらく光の剣を打ち消しているのだろうとスタンは結論づける。


「なんだよ、これ……」


 スコートがそう呟いた。


 絶え間なく降り注ぐ剣だが、スタンは剣の発射される角度が次第に鋭角になってきていることに気が付いた。


「誰かが上空から魔法を唱えているのか?」


 スタンの疑問にレイが答える。


「第五階級……」


 魔法好きなリコスがその続きを口にする。


「光属性魔法のレイ……」


 とうとう光の剣が上空ではなく地上から水平に飛ばされるようになった。地上に降り注ぐ時とは違い、光の剣の速度を更に体感できるようになった。その速度は目で追うのがやっとで、それを認識することで思考の殆どが割かれる。その為、手足を動かすことなどができず、スタン含めAクラスの者達は黙ってそれを見ているにとどまった。


 物凄い速度で駆け抜ける光の剣だが、それは上空から降り注いだ時よりも長くは続かなかった。光の剣が途切れたかと思うと、先程聞こえてきた時よりも大きな衝撃音が轟いた。


 その衝撃音は幾度も鳴り響き、浜辺の砂を巻き上げる。凄まじい衝撃と飛び交う砂によって目を開けているのがやっとだった。スタンは薄目を開けて状況を確認する。


 先程の少年ともう一人、黒髪の少年が見えた気がした。しかし一度瞬きをすると、その2人の姿は見えなくなった。衝撃音は遠雷の如く音の輪郭だけを残して去っていった。


 スタンはその音の方を見やる。明日向かうクロス遺跡の方角からその音が聞こえる。木々が次々と薙ぎ倒されていく様が窺えた。


 スタンは生徒達の安全を第一に、この場から離れるよう促した。


─────────────────────


 ハルは木の枝に飛び乗り、唾を吐く。先程砂浜でやりあった際に、砂粒が口に入ってしまったようだ。


 ハルは自分が吐いた唾の行方を追わずに、生い茂る葉を切り刻みながらやってくるランスロットを見上げた。


 長い槍ならば、障害となる木々が密生する森の中での戦闘は不向きだろうと考えたハルだが、太く生命の塊のような大木をランスロットはものともしない。障害物となる筈の木は豆腐のように切り裂かれ、ハルに襲い掛かる。


 ──ちっ、攻撃パターンが突きだけになるならなんとか対応できると思ったんだけどな……


 ハルは他の枝に飛び移りながら、ランスロットの攻撃を躱していた。ランスロットもそれに倣うように木の枝を飛び回る。


 ──武器を代えないのは、こんな木を障害と思っていないってことか?それともあの武器しかない?だったら……


 ハルは足に意識を集中して足の裏から魔法を唱える。自分を囲む木を土属性魔法で補強した。ランスロットの振り回す槍の射線、それもランスロットの位置からは見えづらい死角となる木の幹をコーティングする。


 迫るランスロットは木の枝を勢いよく蹴りあげ、虚空へ飛び出すと槍を薙ぎ払った。槍の軌道はハルが補強した木を切り裂こうとしている。ハルは自分が強化した木を信じ、ランスロットに向かって足場の木の枝を蹴って突進した。構えは大上段、最も力の込めやすい型だ。


─────────────────────


「なっ!?」


 わざわざ自分の攻撃軌道上に飛び出すハルに、ランスロットは驚いたが、構わず槍を振り払った。木を一本切り裂き、二本目に差し掛かったあたりで槍に重みを感じる。


 ──えっ!?

  

 刹那の瞬間、槍が減速すれば、ハルの攻撃が届く。迫りくるハルに焦るランスロットは、木を切り裂くのを止め、腕力を使って木に食い込んだ槍を軸に自分の身体を移動させることに専念した。


 大上段から振り下ろされるハルの剣。なんとか致命傷を避けることができたが、肩に傷を負う。


 肩を押さえながら落下するランスロットは、ハルの動向を確認する。


 ハルは木の幹から垂直に身体を傾け、膝を曲げて幹を蹴りだそうとしている。落下するランスロットに向かって追い討ちをかけるつもりだ。


 案の定、ハルがこちらに向かって突進してくる。ランスロットは落下しながら身体を捻らせ、その捻りを伸ばすと同時に握っているロンギヌスの槍を迫りくるハルに向かって投げた。


 ぎょっとするハルだが、それを躱す。ランスロットにとってはその躱す動作とランスロットの手元を一瞬でも逸らせるだけで十分だった。


 着地を決めたランスロットは、アイテムボックスから魔剣アロンダイトを取り出す。


 ──この瞬間を待っていたんだ……


─────────────────────


 先程剣を大上段から振り下ろした際、致命傷までとはいかないが微かな手応えを感じていた。


 ──いける!


 ハルは落下していくランスロットを追った。苦し紛れに投げられた槍を躱すと、落下しながら抜刀するような構えでランスロットに向かって剣を振り払う。


「つっ!!」


 剣を振り払った瞬間右手に痛みを感じた。


 失敗だ。


 ハルは着地を決めるとすぐに、ランスロットから距離をとり、彼を見据える。


 握られているのは禍々しくも妖艶な剣だった。おそらくハルが攻撃する際に、ハルの剣を握っている右手を斬り付けたと思われる。


 しかしランスロットは追い討ちをかける気配がない。何故だと疑問に思ったハルだが、先程斬りつけられた右手が動かないことに気が付いた。


 覇王の剣が草むらの上に音もなく落ちる。


「え?」


 ハルは動かない右手を見つめるとランスロットは口を開いた。


「気付いた?動かないでしょ」


 ランスロットは解説する。その間、ハルはしゃがみこみ覇王の剣を動く左手でアイテムボックスにしまった。


「武器が槍だけだと思った?初めからこの魔剣アロンダイトで勝負を決めようと思っていたんだよね。ちなみにこの魔剣で斬りつけられると、その部分が動かなくなっちゃうんだ♪」


 近付いてくるランスロット。


「そうそう逃げないよね?逃げても片手じゃ僕の攻撃を防げないもんね?まぁ、もし逃げたら次は足を動けなくさせるだけだし」


 ランスロットはハルの右肩に手を置いて言った。


「とりあえず、僕に付いて来──」


 ハルは動く左手をランスロットの首もと目掛けて振り払う。その手にはエビルフロストドラゴンの牙で造った短剣が握られている。瞬時にアイテムボックスから取り出したのだ。


 ランスロットはその攻撃に怯むことなく魔剣アロンダイトでハルの左手を斬りつけた。


「ちょっと!まだ諦めてなかったの!?僕もその腕の治し方しらないんだから無闇に攻撃するもんじゃ……」


 ランスロットの表情が変わる。ハルの右手が動いているからだ。その右手には覇王の剣が握られていた。剣がランスロットの胸を貫いた。


 ランスロットはひざまずきながら、大地に落ちているハルの右腕を見ながら言った。


「思い付いてもやるか、ふつー?」


 ハルが左手でランスロットに攻撃をしたのと同時に、ハルは魔法を唱えて右手を斬り落としていた。そして直ぐ様、聖属性魔法で新しく右腕を生やし、現在に至る。


「手足を斬られるのは慣れてるからね……」


 ハルは死に行くランスロットを見ながら告げた。


 ピコン、レベルが上がりました。


 いつもの声が頭に響いた。その声はハルを冷静にさせる。ランスロットを倒したこと同時にハルは自覚した。


 ──フェルディナンを殺してしまった……


 強敵に打ち勝って嬉しいといった感情は沸き起こらなかった。それよりもフェルディナンと過ごした日々を思い出す。しかし彼の愉悦の為に自分が利用されていたのだと思うとなんだか悲しかった。


 ランスロットの死体を火葬しようと思い立ち、動くようになった手をかかげ火属性魔法を唱えようとしたハルだが、背後からただならぬ気配を感じとる。


 直ぐに後ろを振り返ったが遅かった。


 魔剣アロンダイトに斬りつけられたかのように今度は全身が動かない。ハルはその場に倒れ込む。地面と激突する瞬間、自分の身体を硬直させた者を見た。


 ──ペシュメルガ……


 ハルの思考はここで途切れる。

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