第363話

~ハルが異世界召喚されてから9日目~


 疾風の刃がミラとルカに襲い掛かる。


 ミラとルカは互いに間合いを計り、ミラは突きで、ルカは鎌を振り払うことで風の刃を打ち消していた。


 ミラは考える。


 ──さっきの魔法……氷魔法……?水属性の上位互換か?それとも水属性の第七階級以上の魔法か?


 風の刃を刺突で打ち消しつつ、捌ききれない風は身体を捻って躱す。乱れ吹く風にミラは疑問を抱く。


 ──さっきの魔法を唱えれば私もろとも殺せる筈だ……この魔法は何の為に唱えている?


 ミラは風の刃を打ち消しながらルカを見やる。ルカの武器である大きな鎌では小回りが効かないため、風の刃を捌ききれていない。しかし裂傷を負うルカの身体がみるみる内に回復していくのが窺えた。


 ルカにそんな能力があったのかと驚きつつも、その感情を端へと追いやり、今考えるべきことをミラは考えた。


 ──この魔法は時間稼ぎに過ぎない。私を殺すべきかどうかを考えているのか?


 ミラの耳を疾風の刃が掠める。


 ミラはエレインを一目見て感じた。この者は、自分の身の回りで起きている不可解な出来事、幸福を感じると鐘の音が鳴り響き、その幸福が破壊されることについて何か知っている。


 ルカにこの者との関係を問い質せば、明らかになるのかもしれないが、鋭利を帯びた風がそれを阻む。


 ──そういう狙いもあるのか?


 ミラはそう悟ると、風が止んだ。


「?」


 攻撃が止んだことによりミラは、エレインを見やる。エレインの周囲を覆うように禍々しい魔力が見えた。


 ──あの魔力はまずい!!


 一瞬だがルカと共にここを離れるべきではないかという考えが過ったが、目の前の強敵をここで阻止すべきと判断する。


 ──それに、私は……


 ミラは物凄い量の魔力を練り上げるエレインに向かって突進した。


 それを見たのかルカが、ミラを制止させようと叫び声をあげたのが聞こえる。


「ダメ!ミラ様!!」


─────────────────────


 ──さて、どうしたものか。


 エレインはルカとミラに風属性魔法を唱え続け、考える時間を稼ぐ。


 ──ミラとの戦闘をペシュメルガ様は避けられている……


 ミラは不確定要素が多すぎた。下手に手を出せば天界の者達に自分達のことがバレてしまう。また、過去にミラを中心として世界が変革していくのが窺えた。それはなるべくしてなったようにも見えるが、ペシュメルガはミラの持つ解読不明のスキルが関わっていると予想している。


 エレインは悩んだ。


 ──ここで戦闘を行えば、天界だけでなくこの世界にも私達の存在が公となってしまう。だがしかし、既にマキャベリーやチェルザーレは我等を認識し対抗しようとしている……


 それに、ペシュメルガがミラのことを気に掛けている時間を少しでも減らしたかった。エレインは、答えを導きだす。


 ──既にこの状況。新たな天界からの使者もやって来たことだし、この娘は要済み……


 エレインは手にしている鉄扇を握り締める。


 ──まずは、魔法で試すか……


 エレインは唱え続けていた魔法を解き、魔力を込めた。


 これを機に突進してくるミラ。


 それを制止させようとルカが叫ぶ。


「ダメ!ミラ様!!」


 ミラが攻撃範囲に到達し、渾身の突きがエレインの鼻先に触れるたその時、エレインは唱えた。


「風爆殺」


 エレインの視界にある全てのモノが爆散する。


─────────────────────


 物凄い爆発音と共に大地は抉れ、森の入り口にある木は全て同じ方向に薙ぎ倒された。


 ルカは爆発に巻き込まれ身体が宙を舞う。涙を流し続け、身体が消滅していくのを感じながら再生する。魔法に直撃しなかったお陰で、頭部を多少残すことができた。そこから涙の力により回復する。


 現在は南門から大きく離れ、森の上空を飛ばされている最中だ。


 ルカは一瞬途切れかかった思考が再起動し、我に返るやいなやミラを探した。


 自分の飛ばされている進行方向の先、真下や左右を見てもどこにもいない。


 自分でもわかっている。ミラはエレインの魔法を諸に食らったのだ。もう、跡形も失くなっているだろう。


 そう思うと、また涙が流れた。


 吹き飛ばされる勢いも弱まり、ルカは着地を決める。


 しかし、そこには氷の景色に佇む特待生達と妹のアレクサンドラ、冒険者ギルドのルチアと見知らぬ男がいた。


 皆全裸となったルカの登場に驚いている。


 妹のアレクサンドラが呟く。


「お姉ちゃん?」


─────────────────────


 アベルはハンナの首に刃をあてがった瞬間、頭から世界の声を聞いた。


 ピコン、限界を突破しました。

 

 シャーロットが死んだ時にも、この声を聞いた気がした。


 それよりも、この状況をどうすべきか考える。


 どうやら、シャーロットを殺したあの男が受付嬢ハンナの父親らしい。またルチアも動きを止めているのは、同僚に正体を知られるのがマズイのか。


 アベルは息を整えているオーウェンに言った。


「空にファイアーストームを唱えろ!」

 

 帝都に異常事態を知らせる為の提案だった。


「ちっ、わかったよ」


 流石のオーウェンも、自分達だけではこの状況を打破することができないと判断し、上空に掌を向けて唱えようとしたその時、どこからか物凄い爆発音が轟いた。何事かと、周囲を確認している最中に空から裸の女の子が降ってきた。


 見覚えのある女の子にアレックスが呟く。


「お姉ちゃん?」


 アベルは混乱をきたした。


 ──何故、ルカ様が降ってきた?さっきの爆発音が原因か?


 誰もが困惑するこの状況で、最初に動き出したのはルチアだ。アベルに向かって走り出す。


 アベルは一瞬の隙をつかれ、捕らえていたハンナをルチアに奪われた。


「ちっ!!」


 舌打ちするアベルはハンナを取り戻そうと、ハンナを抱えるルチアに斬りかかる。しかし、これをハンナの父ヨハンが受け止めた。


 剣と剣が激しくぶつかり合い、閃光が散った。その光はヨハンとアベルを照らす。2人とも必死の形相だった。


 ヨハンの背後でルチアは、混乱するハンナを離すまいと片腕に抱きしめ、魔力を練っていた。アベルは思う。


 ──氷の魔法か!?


 それを見たアレックスがルチアを止めようと駆け出したが、間に合いそうにない。 


 眼前のヨハンを突破することが困難な中、アベルは悪態をついた。


「くそ!!」


 ルチアが練り上がった魔力を解き放ち、魔法を唱えようとしたその時、ルチアとアレックスの側面からミラが現れ、レイピアをハンナに突き立てる。


「動くな」


 ルチアの動きが止まる。


 ルカはミラの出現に歓喜した。


「ミラ様ぁ~~!!」


 アベルはミラを見て、安堵する。


 ──ルカ様もいる。これでここは……


 しかし、今度は別の方角からアベル達を覆うようにして放たれる禍々しい魔力を感じた。


 圧倒的な魔力はオーウェンとヒヨリをその場で尻餅をつかせ、冷や汗を多量に流すように促す。


「ぁ、ぁ……」

「ぅ……」


 魔力を放つ者が姿を現す。


「やっぱり死なないのね……ってあら?まだ終わっていないの?」


 紫色のドレスを着た女だ。発言の前半はミラに対して言っており、後半はルチア達に言っているようだった。


 アベルの前に立つヨハンは、いつの間にか紫色のドレスを着た女に膝をつき、ひれ伏している。


 アベルは生唾を飲み込んで、女の動向を目で追った。


 女はミラに歩み寄り、禍々しい魔力を瞬時に圧縮させて唱える。


「凪」


 聞き慣れない魔法の名を最後に響かせて、風が止み、擦れる葉の音も聞こえなくなったかと思えば、ドンっと空気が爆発するような音を轟かせてミラを吹き飛ばした。


「ミラ様!!」


 ルカは叫んだ。


 ミラはそのまま後方へ、木々を薙ぎ倒しながら飛ばされる。木の倒れる音が止むとアベル達の周囲を静寂が襲った。

 

 アベルは思う。


 ──四騎士を一撃で倒しただと!?

 

 オーウェンやヒヨリ、アレックスが女の力に圧倒されているが、女はミラが吹き飛んだ方向をただ見つめているだけで動こうとしない。


 アベルは不審に思い、女の見つめる方向を見ると、ミラが五体満足のままで歩いてくる。


 その光景に驚いたルチアは呟く。


「どうして生きている……?」


 紫色のドレスを着た女は答えた。


「あの娘は、この世界に生かされているのよ」


 何を言っているのかアベルには理解できなかった。


 ルチアがそれに返答する。


「しかし、ここら一帯はサナトス様の障壁内の筈では?」


「障壁はあくまでも天界からの観察を妨害するためのものよ。システムを阻害する役割はないわ。ダンジョン内ならまだ阻害できるかもしれないけれど……そうか、ダンジョンに固執していたのは、ペシュメルガ様の声に反応していたのも一つの要因だと思うけれど、ダンジョンは私達の領域、あの娘を生かそうとする効果が薄まるのね?」


 戻ってくるミラが口を開いた。


「成る程、ダンジョンにはそういう効果があったのか……確かにあそこは死を感じさせてくれる」


 アベルは聞き慣れない言葉に混乱をきたした。


─────────────────────


 ミラはエレインに質問する。


「貴様の目的は何だ?」


 エレインは少し思案すると、答えた。


「自由…ね」


「自由?」


 ミラがその言葉の意味するところを考えていると、エレインは続けた。


「この世界に自由はないわ。どこへ行っても管理され、監視されている。その呪縛がこれ」


 エレインは手を翳す。ミラとルカ、アレックスと特待生達は身構えるが、エレインの手から出現したのはステータスウィンドウだった。


 見慣れたステータスウィンドウには見慣れない数字が羅列されている。


 その数値に息を呑む者、圧倒され時が過ぎるのを忘れる者、各々が反応を示す。特待生オーウェンは、エレインのレベルを見て思わず声が出た。


「レベル162……?」


 ミラは冷静に分析する。


 ──勿論偽装されている可能性もあるが、納得のできるレベルだ……


 エレインは構わず続ける。


「どうしてステータスが存在すると思う?」


 突然投げ掛けられた質問に戸惑う一堂。


 答えが上がらないことを予期したエレインは再び口を開いた。


「私達を監視する為よ。数値を伸ばそうと努力する者やレベルの上限に達して成長を諦める者もいるわ。まぁ限界突破する人もいるけどね。人々はこの数字に一喜一憂し、踊らされているの。ステータスがあることで成功する者もいればステータスのせいで絶望する者もいる。それらをデータとして利用している連中がいるってわけ」


 ミラはエレインの話になんとかついていった。自分のスキルについて、初めはこの紫色のドレスの女エレインが関係していると思ったが、どうやらエレインが敵対視している連中が関わっているのではないかと思い始める。


 エレインは言った。


「ちなみにデータは貴方達で言う古代語の一つ。意味は、事実や資料をさす言葉。この世界の神ディータの語源でもあるわね」


 ミラはふと疑問に思う。


 ──何故こんなにもペラペラと情報を喋るのだろうか?


 するとエレインは、ふぅと息を吐いてから言った。


「まぁこんなところね。貴方達は単なる家畜と変わらない。特に貴方……」


 ミラを指差しながらエレインは述べる。


「ミラ・アルヴァレス。貴方は上位の家畜よ?そんな貴方が死んだら、この世界は、或いは天界の者達がどうするのか、私は見てみたいわ」


 エレインは目から赤黒い涙を流した。

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