第362話
~ハルが異世界召喚されてから9日目~
アレックスは特待生達を見やる。
相手が人間の男とはいえ、アジールのメンバーを押しているのが窺えた。
苦慮すべき事案が減ったことにより、正面の敵ルチアに集中した。
暫く睨み合いが続いている。
ルチアが短剣を逆手に持ち替えると、アレックスは構えを変える。ルチアが一歩距離を詰めると、アレックスは前に出している足を少しだけ開くようにして構えた。
お互いに攻防の型を出し合う。今アレックスの背後で特待生達はアジールの男を押している。このままルチアを介入させなければ、勝利することもできるかもしれない。そうなれば、特待生の誰かのレベルが上がり、こちらに加勢を頼める。また、その隙に倒れたシャーロットもアレックスの涙で甦らせることができる。
アレックスからしたら、ここは受けの構えで時間を稼ぐのが最適解なのだ。
しかし、ルチアは言った。
「本当にそれでいいの?」
アレックスは心の声を聞かれたのかと思ったが、それを決して表情に出さず、やはり相手の出方を待った。
ルチアは続ける。
「時間を稼ぐつもりかもしれないけど、仮にも彼は我々の一員よ?限界を突破したばかりの子供達のスピードに慣れれば……」
その時、背後からオーウェンが飛ばされ、アレックスの前に姿を現した。
しかしアレックスは背後を決して確認しなかった。正面いたルチアが眼前へと迫って来たからだ。
頸動脈をかっ切るように振り払われた短剣をアレックスは上体を反らして躱す。ショートカットの髪を短剣が掠めた。その体勢の勢いを利用してバク転したアレックスは、蹴りあげた足をルチアの顎目掛けて放つ。
しかし、ルチアはそれをいとも容易く躱し、バク転の着地を決めたアレックスの腹に前蹴りを入れて吹っ飛ばす。背後で行われている特待生達の戦いを通り抜け、大木の幹に激突するアレックス。
そんなアレックスに直ぐ様追い討ちをかけるようにして風の弾丸が連射された。
「エアバレッド」
風の弾丸がアレックスの四肢を貫通するのを見てからルチアは告げた。
「それに、貴方と私は互角ではないわ」
アレックスは涙を流して貫かれた傷口を塞ぐとルチアは言う。
「忘れていたわ。でも貴方は私には勝てない。同じことの繰り返しね」
アレックスは涙を流しながら反論する。
「繰り返し……同じ繰り返しをしているのはお前らの方だ。毎日同じように生きるその暇をお前らはディータを批判することで誤魔化しているだけだ」
アレックスが反論を続けようとすると、口の中に風の弾丸を撃ち込まれる。アレックスはその衝撃で上半身を仰け反らせるが、再び起き上がった。撃ち込まれた弾痕はもう治っていた。
「お前らの見下す、ディータに管理されている者達は、同じ繰り返しのように思える毎日を笑い合い、涙し合いながら懸命に生きているんだ!生きることの尊さをお前らはもっと知るべきなんだ!」
「それが全て偽物だとすれば?」
「偽物だって良いじゃないか!?」
「偽物だと知ってしまった私達は、どうしても本物を望んでしまう。そして争い、闘争し続ける。それが知恵ある者の運命なの」
「そんなのって…虚しすぎる……」
「闘争の先に本当の喜びがある。私達はそう信じている」
アレックスに向かっておびただしい数の風の弾丸が浴びせられる。
「くっ!」
アレックスは最後の切り札としてとっておいた魔法を唱えた。
「インフェルノ!!」
アレックスを中心に地中から青い炎が沸き上がり、放たれた風の弾丸とルチアを飲み込む。
「どうだ!!」
アレックスが得意気に言うと、
「これを待っていたわ」
冷静な声が沸き上がる炎の中から聞こえた。その声が唱える。
「雪華」
青い炎は一瞬にして氷の柱となった。
「そ、そんな……」
アレックスの吐く息が白に染まる。
─────────────────────
シャーロットが死んだ。アベルはかつてない怒りにうち震えていた。振るう魔法の剣も荒ぶる。
しかし、男の纏う青い炎によって弾かれた。
男は自身を守るようにして唱えた青い炎の内側でヒヨリに射ぬかれ突き刺さったままの矢を引き抜き、眼前の炎に投げ入れる。矢が一瞬にして灰になると、オーウェンがフレイムブリンガーで斬りかかった。
男の纏う青い炎はたゆたう煙のように切り裂かれる。
男は驚きの表情を見せた。限界を突破する前のオーウェンならば第四階級魔法等切り裂くことなどできなかっただろう。
アベルは消え行く青い炎の隙間を縫うように通り抜け、男の能天気目掛けて剣を振り下ろした。
男はアベルの攻撃をシャーロットの血がついた剣で防ぐ。
押し合いとなったその隙にオーウェンが男の空いた胴の部分を狙って横凪にフレイムブリンガーを振り払った。
男はオーウェンの動き出しを見て、押し合っているアベルの攻撃を力で押しきると、横凪に払われたオーウェンの攻撃を弾く。しかし、男は咄嗟に身を屈め、飛んでくる矢を躱そうとした。
ヒヨリの放った矢が男の肩を掠めるのを見たアベルは、おさまらぬ怒りに振るえながらも冷静に分析する自分がいて驚く。
──ヒヨリの矢にもう対応し始めた……長引けば殺られる……
殺られる。その言葉が浮かんだときにアベルはシャーロットを見た。
怒りの次に悲しみが押し寄せた。
その間にも斬りかかるオーウェンを見てアベルは思った。
──俺は冷たい人間だ……
シャーロットが殺された時、確かに怒りを感じた。しかしそれは一時のこと。今では相手の強さを冷静に分析している自分がいる。
オーウェンのように今は仇を討つことしか考えられないような状態にない自分をアベルは責めた。
──自分がそうであるならば……
アベルはオーウェンの怒涛の攻めを防ぐ男の死角をついた攻撃を始める。
──そこを利用するだけだ。
オーウェンの眼は獰猛にしてかっ開き、三白眼の瞳が更に小さく見えた。乱れるように繰り出される攻撃は第四階級魔法である青い炎をいとも容易く切り裂き、男を追い詰める。
バランスを崩した男の首筋にアベルは正確な一撃を入れるが、男は天をあおぐようにして仰け反って躱すと、片手を地についてバク転しながら後退し、体勢を整える。
男が着地を決めた直後にヒヨリの矢が男を襲うが今度は完璧に避けられた。
男の持つ巨体の、どこにそんな俊敏さがあるのだろうかと分析するアベルだが、とうとう攻撃を繰り出し続けていたオーウェンの動きが鈍り始めた。
それを逃さんと男はオーウェンに一撃を見舞う。オーウェンはアレックスのいる方へと飛ばされた。
男の強烈な一撃を受けたオーウェンは手にしていたフレイムブリンガーを手から離してしまう。回転しながら中空を舞うフレイムブリンガーはアベルの足元に突き刺さった。
アベルはそれを手にし、2つの剣をそれぞれ握りながら男に向かって走り出す。
男は『ヴァーンプロテクト』第四階級魔法を行使しようと考えるも、アベルの持つフレイムブリンガーを見て止めた。
アベルは右手に持つフレイムブリンガーを男の脇腹目掛けて横凪に振り払うと、男は身体をくの字型に曲げて躱す。アベルは振り払った勢いそのままにクルリと男に一瞬背中を見せて回転し、正面に向き直る瞬間左手に持つ自分の剣を振り払った。
男はそれを同じく剣で防ぐが、遠心力の加わった攻撃の反動で少しだけ体勢を崩した。
正面に向き直ったアベルは両腕を交差させ、脇腹にしまうようにしてそれぞれの剣を構えると、バツ印を描くように交差する腕を解き放ち、2つの剣で斬り上げた。
男はアベルの攻撃を、持っている剣一本で受け止めるも、物凄い衝撃により天を仰ぐ。
アベルは自分の剣を即座にアイテムボックスに仕舞い、フレイムブリンガーを両手で握り渾身の力を込めて振り下ろした。
体勢の整わない男は片手に持った剣でアベルの上段から能天目掛けて振り下ろされる攻撃を受け止めようとするが、男の剣はフレイムブリンガーとぶつかり合ったことにより破壊された。
アベルはそのまま剣を振り抜いた。男の脳天が真っ二つに割れると確信するが、男は折れた剣を瞬時に捨てるとアイテムボックスから何やら刀身の青白い剣を取り出して、フレイムブリンガーの側面にぶつける。
すると、辺りに霜が降り、フレイムブリンガーが氷付けとなった。
男は言う。
「まさか、これを使うことになるとはな……」
アベルは柄の部分まで瞬間的に氷ったフレイムブリンガーを見て驚く。いくら魔力を送ってもフレイムブリンガーは機能しなかった。
それと同時に男はアベルの背後に向かって顎をしゃくり、見てみろと促す。
アベルは後ろを振り向くと、そこには氷の世界が広がっていた。
その中央で俯くアレックスがいる。
男は言った。
「言っておくが、あそこにいるルチア様は俺の倍強いぞ」
その倍強いルチアと一対一で今まで戦っていたアレックスにアベルは称賛を送ると、死を覚悟した。
しかしその時、新たな来訪者が現れる。
小柄で細く艶のある髪をサイドテールにした冒険者ギルドの受付嬢ハンナだ。
アベルはルチアと同じくギルドの受付嬢であるハンナがやって来たことにより、ルチア達の新たな仲間として参戦しにここへ来たのかと思ったが、ルチアの驚きを隠せない表情と、アベルと対峙している男の反応が、ハンナの参戦を良いものとして捉えていないことを悟った。
そして、ハンナは男に向かって告げる。
「お父さん……?」
アベルはその言葉を聞くと、自分でも信じられない行動へと移った。
男は突如として現れたハンナに驚くあまり、アベルを止めることができなかった。
アベルはハンナの後ろへ回り込むと、ハンナの喉元に刃をあてがう。そして男とルチアに向かって言った。
「動くな、動けばコイツを殺す」
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