第361話

~ハルが異世界召喚されてから9日目~


 既に何度ハル・ミナミノに触れたか、ヴァンペルトはハルに触れる度、ハルの記憶を読み取る。


 このスキル『冥界への扉』に誘われた者はその術者に触れられる度に、記憶を覗かれる。だがヴァンペルトの主、ペシュメルガのように記憶を鮮明な映像として覗けるのではなく、絵のように断片的な記憶とその時の音声が多少聞ける程度だ。またその記憶とは、悲しい記憶に限定される。


 ペシュメルガ本人がハルを捕らえに行けばより確かな記憶が手に入るだろう。しかし、これはディータの罠かもしれない。もしも魔力爆発の際にこのハル・ミナミノなる人物を確認できれば、注意深く観察した後に捕らえることもできたかもしれない。或いは、この少年はミラ・アルヴァレスのようになにも知らずにこの世界に召喚させられただけかもしれない。しかし、現在ハル・ミナミノはディータの寄り代であるルナ・エクステリアに接触することもなく、独自に動いている。自分の実力を隠しながら暗躍しているその動きが、どうも引っ掛かる。


 また、今回ハル・ミナミノを確認できたのは偶然と言っても過言ではない。ギルドの受付嬢としてディータの世界を観察しているルチアの進言と、逃亡者ルカ・メトゥスにかけた魔法が解けたことによって偶然ハル・ミナミノを発見することができたのだ。


 ハル・ミナミノは帝国と手を組もうと画策しているのか、或いは帝国の邪魔をしているのか、動きにいまいち一貫性がないように思えるがしかし、ペシュメルガはハル・ミナミノを、何かしらの情報や戦力としてディータがこの世界に送り込んだものだと予想している。


 ヴァンペルトに課された任務とは、ハルを捕らえ、ペシュメルガの元へと連れて行くことと、帝国との接点を断つことだが、難しければこの拙いスキルによってでも良いからハルの記憶と目的を掴むことが最低条件であった。


 元々『冥界への扉』で、情報を得てから弱ったハル・ミナミノを捕らえようと考えていたヴァンペルトは、自分の作戦が順調にいっていることに満足していた。しかし、ハルの悲しい記憶がヴァンペルトの脳内に浮かび上がるにつれて、疑問を抱くようになった。


 ヴァンペルトが見たハル・ミナミノの記憶には、川に流される赤髪の少女の記憶や田舎の田園風景と藁のしかれたボロボロの小屋に路地裏、戦場で兵士達を押し退ける景色だ。


 そしてその風景と共に、ある者達の姿が見える。

 

 ──……ランスロットとエレインにも会っているだと?


 ヴァンペルトは考える。


 ──彼等がハル・ミナミノの存在を主に黙っているのはなぜだ?


 束の間、自分の領域であるこの暗闇に佇むハル・ミナミノを見るが、ヴァンペルトは自分を律する。


 ──いや、自分はただ見たものを主に報告するのみ。


 ヴァンペルトはハルにもう一度触れようと距離を詰めると、ハルに手首を掴まれた。


「なっ!?」


「ちょっと驚いたけど、この空間のこともだいたい掴めてきた」


 固く握られた手首に痛みを感じるヴァンペルトは、ハルと触れたことにより新たな記憶が流れ込む。


 扉の隙間から見える光景。その隙間の先にはハル・ミナミノの両親と思しき者達が言い争いをしている。


『ケイちゃんは変わったわ!』


 女性が男性に向かって言う。女性は続けて言った。


『どうして他の子ではダメなの!?』


 男性が答える。


『他の子ではデータが取りにくい!君もわかっているだろ!』


『でも……それじゃぁ、あまりにも……』


 女性の発言に、悲しげな表情を浮かべる男性は躊躇いながら言った。


『…アルヴァレス博士は、既に自分の娘を──』


 ヴァンペルトは流れ込む見慣れない調度品に囲まれた男女の記憶を見て困惑する。そしてアルヴァレスという聞き覚えのある名前を聞いて、困惑する脳内を整理しようと呟いた。


「…アルヴァレス……?」


 しかし、それは悪手であった。


「うっ!?」


 掴まれた手首が骨ごと握り潰され、ハル・ミナミノの記憶が途切れた。そして眼前にいるハルの拳がヴァンペルトの頬を打つ。


 後方の闇へ飛ばされるヴァンペルトは頬の痛みによって冷静さを取り戻した。


 ──粗方、情報も手に入った。だが私だけでは捕らえるのは難しい……


 その時、自分の領域に熱を感じた。


 ──?


 ここから脱しようと、ハル・ミナミノが魔法を唱えたようだ。


 ──無駄だ。この『冥界への扉』に魔法は通用しない。せめてランスロットのような魔法がなければ決して破られない……


 ハルは唱える。


「レイ」


 光の槍が顕現するが、その槍は直ぐ様闇に飲み込まれる。ハルは自分の掌を見つめて、次なる手を考えているようだった。


 ──その程度の魔法ではこの闇は消え去らない……


 闇には光属性魔法。確かにそれは間違いではない。だが『冥界への扉』に光を灯したところで、たちまち闇に飲み込まれてしまう。闇を照らしながら術者のヴァンペルトや闇そのものにダメージを与えなければこの領域を閉じることはできない。


 ヴァンペルトは本格的にダメージを与えようとハルとの距離を詰めた。


 だがその瞬間、ハル・ミナミノから眩い閃光が葉脈のように広がり、バチバチと音を立てながらヴァンペルトの身体に鋭い痛みを与えた。


「ちっ!!」


 ──これは…ランスロットの!?


 ヴァンペルトは再び距離を取るが、闇に覆われたこの領域を雷光が明るく照らした。


 ヴァンペルトは目が眩むのを避ける為、腕を前へ押し出して影を作る。ハルの表情はそれにより窺うことができないが、ハルの口元がニヤリと曲がったのは確認できた。


 次の瞬間、ヴァンペルトは自分の領域『冥界への扉』から追い出され、鎧を着込んだ状態でバスティーユ監獄へと戻された。


 ハルが口を開く。


「成る程、今ならダメージが通りそうだな」


─────────────────────


 レガリアはハルがヴァンペルトのスキル『冥界への扉』に引きずり込まれた際に思った。


 ──さて、何が起きるか……


 今回の魔力爆発の際に召喚されたハル・ミナミノは、囮である可能性が高かった。


 故に、ペシュメルガが直接手を下さずに、ヴァンペルトやレガリアをけしかけて相手の出方を窺う必要があった。


 レガリアとしては、現在ハル・ミナミノの記憶を探っているヴァンペルトからは特にこれといった成果は上がらないだろうと考えている。


 ──だって、召喚されてからそんなに日が経っていないのに、行動に迷いがないんですもの。かつてのペシュメルガ様のように役割を持っただけのただの人形である可能性が高い……


 ミラ・アルヴァレスが天界から召喚された者だとわかったのは、召喚されてから数年後のことだ。彼女がダンジョンに入った際、見たこともないスキルを持っていたことにより、ペシュメルガが調査を行った結果それが判明したのだ。魔力爆発が起きてから数年、ミラはただ普通に暮らしている。普通の人間達よりもたくさんの不運に会うが、目立った動きはなかった為に発見が遅れたのだ。


 だが、ハル・ミナミノの場合は全く違う。


 必要最小限の行動で多大な影響をこの世界に与えている。


 ──気になるのは、多少行動が回りくどいところだが……


 それ以外のことを鑑みて、ディータやペシュメルガの存在を知った天界人が送り込んだ刺客である可能性が高かった。


 ──しかしもっと圧倒的な強さを持つ刺客を何故送らないのだ?何らかの制約があるのか?ペシュメルガ様の強さを知らないのか?ならば、ペシュメルガ様の存在を知らない者が刺客を送った?……それとも、今まさにその強さをヴァンペルトに発揮しているのか?


 もしハル・ミナミノがただの人形であっても、その役割を植え付けた者の記憶が探れるかもしれない。そんな僅かな可能性のためにヴァンペルトが派遣されたのだ。


 ──役割を持った人形……


 レガリアはハルと会話したことを思い出す。


 ──その割には、表情が豊かだったな…強さは、ヴァンペルトよりも多少ステータスが上程度。しかしヴァンペルトのスキル『冥界への扉』が発動すれば、おそらく捕らえられる。もし今後、ハル・ミナミノのような刺客が何度も送られるようなことがあれば、天界の情報が手に入るだけでなく、ディータ以外に天界へ通ずる門が開かれる可能性がある……


 レガリアは今後の世界情勢を考えていると、地面から稲妻がほとばしる。


 2人は電撃を帯ながら、レガリアの前に帰還する。


「成る程、今ならダメージが通りそうだな」


 ハルの声が聞こえた。レガリアは考える。


 ──なるほど、実力はヴァンペルト以上か。このままハル・ミナミノを捕らえることを優先して失敗するよりも、撤退すべきか……


「ヴァンペルト!」


 レガリアは言った。これは何が見えたのかを教えろと暗に意味している。ヴァンペルトは言った。


「天界の記憶だ!」


 それを聞いてかハル・ミナミノは呟く。


「さっきから嫌な記憶を思い出すと思ったらそういうことか」


 レガリアは言った。


「撤退よ」


 レガリアはハルに向けて第八階級闇属性魔法『常闇』を唱えた。


 ハル・ミナミノに重力という目に見えない力が、普段の何倍もの重さで襲いかかる。


 しかし、レガリアはかつてない反発を感じた。そして次の瞬間、ハル・ミナミノは重力をはねのけ瞬時に移動し、ヴァンペルトの胸を大きな剣で貫いていた。


─────────────────────


「撤退よ」


 レガリアの声にハルは反応する。逃がすまいと追ったが身体に重みを感じる。


 誰かに押さえつけられている感覚。それらはハルにとある記憶を思い出させる。ミラ・アルヴァレスが危険に陥った前回の世界線での出来事を。


 危機に瀕したミラが見えた気がした。


 ハルの鼓動がドクンと一回大きく脈打つと、全身の血が急激なスピードで駆け巡るのを感じる。次の瞬間、ハルはミラの盾となった時のように驚異的な速度を見せつける。


 そして目の前の敵、ヴァンペルトの胸に覇王の剣をぶっ刺していた。


 ヴァンペルトの兜から痛みに喘ぐ声が聞こえる。


 ようやく攻撃に手応えを感じたハルだが、徐々にその感覚がなくなっていくことに気が付いた。


「逃がすかよ!」


 ハルはそう言うと、第七階級雷属性魔法『雷鳥』を唱えた。


 ほとばしる稲妻が覇王の剣を介してヴァンペルトの内側を焦がすように破壊する。


「ぐあぁぁぁぁ!!」


 ハルの思った通り、ヴァンペルトはスキル『冥界への扉』を使って闇の中へ逃げ込もうとしていた。その闇を照らすように輝く青白い稲妻がヴァンペルトの身体を爆散させる。


 その時、声が聞こえた。


 ピコン、レベルが上がりました。


 ハルはヴァンペルトを倒したことを悟り、もう1人の敵レガリアを見やるが、既にその影はなくなっていた。


 バスティーユ監獄に暫しの静寂が訪れるが、出入り口から慌ただしい声や足音が聞こえる。


 ハルは思った。


 ──派手に暴れたからな、流石に気付くか。


 しかし、現れたのはチェルザーレとマクムートだった。


「無事か!?ヴァンペルトはどこに!?」


 チェルザーレはハルに問い質す。ハルは答えた。


「今、倒しましたよ」 

 

 チェルザーレは一つ間を置いて言った。


「……シーモアを甦らせてもらおうか」

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