第359話
~ハルが異世界召喚されてから9日目~
今頃、ハル・ミナミノはゾーイーとシーモアを甦らせている頃だろうか。チェルザーレ枢機卿は全てを信じた訳ではなさそうに見える。
──尤も、約束を齟齬にするならばチェルザーレ枢機卿倪下が直接鉄槌を下すつもりのようですし……
マキャベリーは、部屋を彷徨きながら思案に耽る。
しかし、此方に召喚された古代人であるならば、神と会ったことがないというのは引っ掛かる。
──いや、ミラさんと同郷であるならミラさんも古代人となる。ミラさんが神と相対したなどという話は今までになかった。寧ろこの世界を憎んですらいる節がある。やはり此方に召喚される者は神に会わない方が自然なのか?そして神は一体何がしたいのか……
マキャベリーは立ち止まる。
──古代人が文章や土器等の調度品を地中に送ることが出来るというレガリアの説を前提にすると、その古代人はとうとう人間まで送ってきたということになる……それにハル・ミナミノのスキル、喜んだらある一定の時間と場所に戻る。そして同じ喜びを感じたとしてももう戻ることはない……そんなスキルは思考実験のそれだ。
マキャベリーの頭に仮説が浮上する。
──古代人こそが、神なのではないか?天界戦争とはつまり……ディータはその使い、天使にすぎない?ということは、まさか……
マキャベリーは自分が恐ろしい仮説を組み立てつつあることに寒気がした。
「気付いたようだな。この世界の真実に……」
その仮説が積み上がるのを待っていたかのように、チェルザーレはワイングラスを空にしてからマキャベリーに言った。
「私もお前も支配する側だと思っていた。しかし、実は自分も誰かによって支配されていたことに気が付く。私は生まれやこの血筋、お前は国や社会、或いはディータのヴィジョンを見てからその支配が始まったのかもしれない。生ある者その全てはこの世に生まれ落ちた瞬間から誰かに支配されている」
チェルザーレはワイングラスにまたしてもワインを注ぐ。マキャベリーは黙ってそれを見ていた。
「支配に抗うのも、支配を受け入れ、その中で自由を求めるのも本人次第だ。さて、お前はどうする?」
マキャベリーはゆっくりと口を開く。
「……ハル・ミナミノは知っているのでしょうか?」
「おそらく知らないだろうな」
「残酷なことを……」
「ハル・ミナミノは確かに悲劇的な人物だ。これから数々の事実を知っては絶望し悲嘆にくれるだろう。しかし、不幸や幸福は相対的なものだ。最も深く辛く悲しい思いをした者こそ最高の幸福を経験できる。ハル・ミナミノのスキルにちなんでいえば喜びを、だな」
「彼は、必死に自分の役割を見つけては奔走しています」
「あぁ、自分の役割が社会や国、誰かの為になる。そう信じているんだ。それに自分が社会という組織の一員となることで喜びを得られる。人間とはそういう生き物だろう?お前の考えた特待生制度も同じではないのか?」
「あれは……確かに自分の役割を知り、共同生活をさせることで支え合い糧とする。しかし私も古代人と同じく性格が歪んでおりましてね。あれに期待しているのは……」
チェルザーレはマキャベリーの言葉を待った。
「特待生の誰かが死ぬことで、他の者が限界を突破することができるのではないかと考えているのですよ」
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~ハルが異世界召喚されてから9日目~
「「「シャーロット!!」」」
3人の切迫した声が聞こえた。
アレックスは視線をみんなの声のする背後に向けようとするが、正面から短剣が迫り来るのを感じる。
鋭利な刃がアレックスの頬を掠めた。
「っつ!」
「余所見をしていていいのしから?」
瞬き一つで勝負が決してしまう。そんな中で、アレックスは特待生達の様子がわからない。シャーロットが危ないことだけがわかった。いや、もしかしたらもう手遅れなのかもしれない、そう思うと集中力がどうしても欠如してしまう。
ルチアはアレックスの集中力が落ちたのを見抜いたのか、空中を浮遊するかのように間合いを詰めてきた。
「くっ!」
前進する動作がない分、気付いたら自分の間合いに入っている。
──間合いが読みづらい……
振り払われる短剣を躱したかと思えば、鼻先を斬りつけられた。
──ちっ!詰めてくるのを待ってちゃダメだ。
鼻を押さえるアレックスはルチアを見つめる。ルチアは再び間合いを詰めてきた。
アレックスは浮遊しながらやってくるルチアに向かって自身も前進し、間合いを詰める。
お互いが詰め寄るなか、ルチアはアレックスの予想外の動きに戸惑っているようだったが、構わず短剣を突き立てる。
アレックスは突き付けられた剣先に拳をぶつけた。拳に体重が乗り掛からない不十分な殴打は、ルチアにダメージを与えることができないだけでなく、アレックスに幾らかダメージを負わせる。しかし激しい衝突にはかわりない。辺りに衝撃波が散った。ここでようやくお互い一定の距離を取って後退することとなる。
アレックスは特待生達を見やる。
シャーロットが倒れている。その付近に太い大剣を片手で握る大きな男が佇んでいた。
──くそ、アイツは確か元冒険者の……ダメだ、あの3人では勝てない。
「逃げるんだ!!3人別々に逃げれば1人は助かるかもしれな──」
言い終わる前にルチアの乱れるような斬撃が飛んでくる。衣服や髪を掠めながらアレックスは躱すも、次第に苛立ちを覚え始めた。
「今喋ってんでしょ!!」
自身の拳と拳をぶつけるようにして、能天気目掛けて振り下ろされる短剣の側面を挟んだ。
短剣が引き抜かれないようにして両腕に力を入れた。その隙にチラリと3人を見やるが、その場を動こうとしない。
アレックスは、一向に逃げ出さないその3人の特待生達にも苛立ちを覚えながら、ルチアの腹部に前蹴りを入れた。吹っ飛ばされるルチアは背後にある大木に激突する。
その隙にアレックスは元冒険者の男を片付けようと走った。
元冒険者の男は大剣をヒヨリに振り下ろそうとしている。ヒヨリは倒れたままのシャーロットを見つめながら動かない。
アレックスは思った。
──だめ!間に合わない!!
しかし、元冒険者の男の側面からオーウェンが斬りかかる。
「何してんだてめぇぇ!!!」
オーウェンは、飛び上がりながら大上段に長剣を構え、振り下ろす。
元冒険者の男はヒヨリに振り下ろそうとした大剣を向かってくるオーウェンに向け、盾のようにして受け止めるも、物凄い威力によって弾き飛ばされた。
元冒険者の男は勿論、アレックスはオーウェンの攻撃力に驚いた。
「ぐっ!」
「え?」
元冒険者の男は受け身をとり、オーウェンを敵として認識する。しかし、闇夜より放たれた矢が男の肩を射ぬいた。
「何!?」
男は驚きと痛みに襲われているようだ。そして背後から白髪に緋色の瞳を冷酷に澄ましたアベルが男の背部に斬りかかる。
男は青い炎を纏って何とか、アベルの攻撃を弾いたようだ。
アレックスは特待生達の様子を見て、ルチアに向き直る。
「さぁ、続きをやろう!」
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~ハルが異世界召喚されてから9日目~
決死の顔で自分に向かってくる戦士達の表情。ルカはそれを無惨にも斬り伏せてきた。
エレインの言うように圧倒的な実力差のある者に何故挑むのか。当時のルカには理解ができなかった。
しかし今、彼らの気持ちがわかるような気がする。もしかしたら彼等と同じような表情をしているかもしれない。
大鎌を限界速度で振るう。ルカの勢いとは対照的にエレインはフワリとバックステップをして鎌を躱す。そして後ろに移動した体重をもう一度前へと戻した。前進するための勢いとしてその反動を利用したのだ。ルカとの間合いが瞬時に詰められると同時に、黒く輝く鉄扇をエレインは振り下ろした。
ルカは振り払った鎌の柄で鉄扇を受け止める。その衝撃により暴風が彼女達を中心に円を描きながら吹き荒れた。
競り合いの中、ルカはエレインの冷たい目を眼前で見やる。ルカは恐怖により、戦うと決めた覚悟が緩むのを感じた。きっとそれが表情にも現れているだろう。
エレインは微笑む。そして、前蹴りをルカの腹部にみまい、2人の距離が離れた。
ルカは倒れた状態から、片膝をつき、腹部を手で押さえ痛みに喘ぎながら咳き込む。
その様子を見たエレインはルカに告げた。
「滑稽ね。貴方は自由を手にした。自分が世界で一番強い存在だと感じられてさぞや楽しかったでしょうね?それとも誰かに現を抜かしていたことの方が楽しかった?それがペシュメルガ様のおかげとも知らずに……」
エレインは膝をつくルカに近付いた。
「でもね、自由には代償が付き物よ?」
「代償……これは代償なんかじゃない……戦いを選んだ妾の自由じゃ!」
エレインはルカを哀れむような表情で見つめる。
「…そうやって洗脳されてしまうのよね。この世界はディータや天界の者達……この世界では天界人のことを古代人って呼んでるわね……そんな彼等によって管理、支配されているの。そしてその支配下に帝国があって、貴方はその帝国の支配下にある。貴方が自由に選んだと思っている事柄は、実は全て予定通りなのよ?」
ルカは鎌を杖のように扱いながらゆっくりと立ち上がり、述べる。
「それでもいい……妾はこの世界、この国が好きだ!」
ルカは帝国に来てから、ミラと共に戦場をかけ、ダンジョンで魔物を倒したことを思い出す。
「妾は喜んでこの国に支配されてやる!」
ルカはエレインに向かって鎌をぶん投げた。鎌は横に回転しながら、エレインに向かう。
「お前達なんかに支配されてたまるか!!」
ルカは鎌を追うようにエレインに向かって前進した。
エレインは青筋をたてながら迫る鎌を掴もうと思った。しかし鎌全体に風属性魔法が付与されており、多少のダメージを受けるだろうと予測し、その場で跳躍する。
鎌がエレインの足元を通り過ぎる。
すると、ルカが決死の顔でエレインに殴りかかってきた。
エレインは表情をピクリとも変えることなくルカの拳を片手で受け止めて、言った。
「ペシュメルガ様にお前と言ったか小娘?」
エレインはルカの拳を握り締めた。ルカはその痛みに顔を歪ませる。
エレインは魔力を瞬時に練り上げ、唱えた。
「凪」
第九階級風属性魔法『凪』は最も早い魔法。無数の疾風の刃が瞬時に空気の膜を突き抜け対象の者を切り裂く。また、空気の膜を突破したことにより多大な衝撃波を発生させ対象者を吹き飛ばす。
対象者のルカが疾風の刃により四肢を切り取られ、残った身体は衝撃波によって破壊される。吹き飛ぶルカを見たエレインだが、背中に痛みを感じた。
背中には先程投げられたルカの鎌が刺さっている。そして正面にルカが五体満足に立っている様子を見てとった。
ルカの目から涙が流れている。
本来なら刻まれた身体は衝撃波によって跡形もなくなる筈だが、ルカは涙を流し、回復しながらこの魔法を受けていた。
ルカはエレインに言った。
「フフフ、一矢報いたぞ……」
エレインは怒りに顔を歪ませる。
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