第358話

~ハルが異世界召喚されてから9日目~


 ルカが向かってくる映像とアレックスが拳を繰り出してくる映像、ハルと海の老人達がヴァンペルトと相対している映像がペシュメルガの前に並んでいる。それを見てペシュメルガは思考を巡らせた。


 ──奇しくもほぼ同時刻に戦闘をすることとなった。


 聖王国で起きた枢機卿暗殺、そして復活の件を聖王国に所縁のあるレガリアやヴァンペルトに調査させてわかった。


 暗殺にはヴァンペルトが過去に所属していた海の老人が関わっていること。また調べを進めていくにつれて、暗殺の当事者はバスティーユ監獄に入っていることもわかった。勿論、ロドリーゴ枢機卿と敵対している自分の種族の末裔であるチェルザーレがこの暗殺事件に関わっているのも知っている。


 そのロドリーゴ枢機卿が死から復活したことにペシュメルガは一瞬、輪廻転生を疑った。


 つまり、ディータの依り代であるルナが何らかの理由で使用不能となり、神を崇拝する聖王国の枢機卿の身体をディータが乗っ取ってこの世に受肉したのではないかと。ディータ自身が聖王国のトップであるロドリーゴ枢機卿になれば、簡単に支配が可能である。


 普段はこのような考えに及ばないが、やはり8日前の魔力爆発が気にかかる。あれ以来、ペシュメルガの予期しないことが立て続けに起きている。


 しかし、この考えも冒険者ギルドで受付業務をしているルチアの報告と、それとほぼ同時にバスティーユ監獄に枢機卿を暗殺した者と同じ牢屋にいる者の名前が判明したことによって打ち消された。


 ハル・ミナミノ。魔力爆発の原因。つまり第2のミラ・アルヴァレスが召喚されたのだ。


 ハル・ミナミノはミラ・アルヴァレスと違って高レベルで召喚された。そして、この世界のあらましをディータに聞かされているのか迷いなく行動している。しかし、ディータの知る全てをハル・ミナミノが知っているわけではなかった。


 ──それともルチアの洞察を軽んじていたのか?いずれにしろハル・ミナミノは多少危険を冒してでも、捕らえて情報を引き出すに値する。


 ハル・ミナミノの捕獲に全力を注ぐべきかもしれないが、ディータのヴィジョンを過去に共有したクルツ・マキャベリーのいる帝国にハル・ミナミノが滞在していたことを鑑みても、慎重に行動すべきと判断した。


 また、召喚されたハル・ミナミノだけでなくルカの記憶が戻ったことや、失踪していたルカの妹アレクサンドラの行方がわかったことなど偶然にしては些か重なり過ぎている。いきなりランスロット等の強力な戦力をバスティーユ監獄に送り込んでも良かったが、罠の可能性が高い。また、捕縛となれば最も成功率の高いダークナイトであるヴァンペルトに任せるべきだと判断した。


 ──さぁこの状況、どうするつもりだ?ディータよ……


─────────────────────


~ハルが異世界召喚されてから9日目~


「安心して、私は戦わないから」


 レガリアは状況を飲み込めないハルに言った。


「というか、戦うつもりはない。それにディータから聞いてるんでしょ?」


 ハルは黙った。これはレガリアの質問に答えたくないがどう答えれば良いかわからない、という振りをしている。少しでも情報をレガリアから引き出したい。また、ハルがレガリアと呟いたのを、レガリアはディータから自分の情報を聞いていると勘違いしているようだ。


「貴方が大人しく私達と来てくれるなら、この場にいる者は傷付けないと約束するわ」


「断れば?」


「貴方含めて、多少傷付いてもらう」


 レガリアは上空に片手を掲げると、魔力を天井に向かって放った。


 放たれた魔力は光輝くベールのようにバスティーユ監獄全体をドーム状に包む。


 ──僕達対象のデバフ魔法か?


 ハルはそう思案すると、先程まで音もなく立っていた漆黒の鎧を着こんだヴァンペルトがいなくなっている。


 ハルは瞬時に辺りを見回した。


 ゾーイーを担いでいるマクムートとその隣にいるメル、3人の背後にヴァンペルトが立っていた。


 3人は、今にしてヴァンペルトの姿が消えたことに驚いている。ヴァンペルトは漆黒の剣を突き立て、ゾーイーとマクムートを串刺しにしようと画策している。そのことにメルがようやく気が付き、マクムート、ゾーイーの順にヴァンペルトを認識したが、遅かった。ヴァンペルトの持つ剣の尖端が振り向くマクムートの腹部に触れた。


 しかし、電光石火の如く飛んできたハルの膝蹴りがヴァンペルトの顔面にヒットする。ヴァンペルトは床を抉りながら飛ばされ、背後にあった牢屋の鉄格子を破壊し、その牢屋内の壁に激突した。


 驚きの表情のまま固まったマクムートとゾーイーにハルは言った。


「ここは僕がなんとかするから、君達はチェルザーレのところに行って、このことをしらせるんだ」


 マクムート達は戸惑いながらも動き出す。しかし、彼らの正面にはヴァンペルトが佇んでいた。先程のハルの攻撃をものともしていない。


 マクムートが速度を緩めようとすると、ハルは言った。


「そのまま走って」


 ハルはマクムートを追い抜くと、ヴァンペルトに向かって覇王の剣を振り下ろした。


 ヴァンペルトは淀みない動きで、ハルの攻撃を携えていた漆黒の剣で受け止める。


 まるで巨大な城門を壊す戦槌同士がぶつかり合うような音がバスティーユ監獄に轟く。


 その様子を見たマクムートに担がれているゾーイーは言った。


「じぃさん、俺を置いていけ」


 すると、絶賛鍔迫り合い中のハルが言う。


「君の無事をチェルザーレと約束した。だからそれはダメだ」


 ハルはそれを言った直後、ヴァンペルトの姿を見失う。ゾーイーは軽く悪態をついたが、大人しく担がれたまま、その舵をマクムートに一任した。


 ハルはキョロキョロと辺りを見回す、常に背後からヴァンペルトの気配を感じ取るが、その姿が見えない。


 ──どこだ?


 しかし、すぐにその謎が解けた。


 天井付近にある窓から降り注ぐ、衛星ヘレネの光によってできたハルの影からヴァンペルトが出現したのだ。


「そういうことね!」


 ハルは第五階級光属性魔法『レイ』を唱えて、正しく背後から出現するヴァンペルトを光の剣で串刺しにした。


 しかし、


 ──感触がない?


 そうかと思うと今度はハルの正面から唸るような声が響く。


「それはフェイクだ」


 正面から実態を伴うヴァンペルトの持つ剣が振り下ろされる。


 ハルはそれを反射神経のみでなんとか半身となって躱した。ハルは自分の鼻先、腹先、つま先の順にヴァンペルトの剣が通り過ぎるのを感じながら、その場で跳躍して、回転し、後ろ回し蹴りをヴァンペルトの側頭部に命中させた。


 衝撃で吹き飛ぶヴァンペルトを見たレガリアは称賛するように乾いた口笛を吹く。


 ハルは前髪をかき上げながら思う。


 ──過去の世界線でレガリアと戦ってなかったらヤバかったな……


 何十倍もの重力下にあった状態で、ミラを庇い、死にかけたハルだが、そのお陰で限界を突破し、ステータス上昇を果たしていた。


 ──もし今、ヴァンペルトと一緒にレガリアも参戦してきたら……それよりもまさかランスロットのパーティーメンバーと互角に戦えるとはね……


 ハルは額にかいた汗を拭いながら、マクムートとゾーイー、メルがバスティーユ監獄から出ていくのを確認する。


 するとヴァンペルトが立ち上がり、述べた。


「これで心置きなく戦えるな?」


「逃がしてくれたのか?だったら最初から襲うような真似はしないでもらいたいね」


「多少傷付けると言ってしまった手前、形だけでもそうすべきだと思った」


 ヴァンペルトの言葉にレガリアは呟いた。


「それ、私の前で言う~?」


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~ハルが異世界召喚されてから9日目~


 剣聖オデッサは口を開く。


「エクステリア殿、身体が冷えますよ」


 オデッサはこうしてたまに、ルナのいる教会に泊まりに来る。ある人からの命令で護衛についていると言っているが、それが誰からの命令か教えてくれない。


 ルナは東側、ちょうど衛星ヘレネの明かりが入る窓の外を見ていた。


 オデッサが一定の距離を保ってルナの警護に当たっている。ルナは空に浮かぶヘレネを見つめながら言った。


「たまになんですけど、こうしてヘレネ様の優しい光に当たるんです」


 オデッサは無言でルナの言葉の続きを待っている。


「そうしていると、何て言うか自分が自分でなくなる感覚に陥るんです」


 ルナは自分の両手を見つめる。


 それを受けてオデッサが言った。


「私も強者と合間見えた時にそんな経験をしましたことがあります。でもそれは自分ではない何者かではなく、本当の自分でした……」


「本当の…自分……」


 ルナは悲しげに呟いて、再びヘレネを見上げた。

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