第354話
~ハルが異世界召喚されてから8日目~
玉葱を炒める匂い、鍋にこびりついたあめ色の玉葱を木製のヘラでこそぎおとす音。
ベラスケスが、ハルの後見人であるグアドラード伯爵の屋敷に到着して、すでに7時間が経過していた。
もう夕飯の時間だ。
ベラスケスはグアドラード伯爵と相対した際、直ぐに尋問に取りかかった。
ハル・ミナミノがどういった人物なのか。どういった経緯で後見人となったのか。会話をしながら、その都度気になった所を質問する。
白髪と白い口髭を生やしたグアドラード伯爵だが、それによって老いなどは感じず、寧ろ血色の良い、若々しさが窺える。
そんな口髭を厳かに揺らしながら、グアドラード伯爵の語るところによると、ハル・ミナミノは突然現れ、手紙を寄越してきたとのことだ。
その手紙には、ハルがグアドラード伯爵とその愛人の間にできた子供であるという内容が記されていたそうだ。
「その手紙だけで、ハル・ミナミノが自分の子供であると信じたのですか?」
「ええ、ハルの目元は母親にそっくりで、鼻の形は私に似ておりました」
「その母親は今どこに?」
「病にかかってしまったようでしてね、半年程前に亡くなりました。それで息子であるハルを私のところに寄越したのですよ」
「母親の名前は?」
「アイ・ミナミノ……売れない舞台女優でしてね、それでもとても美しかった」
「出身は?」
「確か……ヴァレリー法国だと言っておりましたが、その真偽はわかりません。愛人関係とは常に相手のことを知る必要などありません。寧ろ知らないからこそ成り立つ関係だと私は思っております」
「手紙を見せてもらえませんか?」
「申し訳ありません。直ぐに燃やしてしまいました」
「少し、屋敷を調べさせてもらいます」
「どうぞ、気のすむまで……」
そして今に至る。
ベラスケスは、グアドラード邸にいる使用人に夕食の準備をさせた。
備蓄庫には、何故だか十分すぎるほどの食糧が保管されている。
──こうなることを見越していたのか?
直ぐにでも情報はほしいが、ベラスケスは伯爵が何かを隠していると先程の尋問で確信している。
屋敷の中を練り歩くベラスケス。前もって聞いていた情報、どこに何がどれだけあるのかを確認していった。
一通り屋敷内を確認したベラスケスは、伯爵のいる部屋へと入った。
椅子に腰掛けた伯爵は、額に脂汗をかき、焦点は虚ろだった。先程までの威厳ある伯爵とは、まるで別人となっていた。
テーブルの上には、食べかけのオニオンスープとそれを掬ったであろうスプーンが机に投げ出されていた。側には取り返しのつかないことをしてしまったと狼狽える料理を運んだ使用人がいる。
ベラスケスは、混乱しているその使用人を部屋から出ていかせ、乱雑に落とされたスプーンをオニオンスープの入った平べったい皿に立て掛けながら言った。
「このスープに毒は入っておりません」
伯爵は虚ろな視線を上へ向け、白目を向き始めた。
「昨日の明け方、貴方をここに軟禁してから遅効性の毒を盛っておりました」
ベラスケスは伯爵の頭を覆うように掌を広げる。伯爵はその掌から逃れようと全身に力を込め、身体全身を痙攣させている。
「安心してください。毒と言ってもこれは自白剤のようなモノです。そして、この魔法の効果を高めてくれる作用もあります」
ベラスケスは魔力を込めて唱えた。
「ヒプノシス」
2人以外誰もいなくなった部屋に静寂が訪れる。
しかし、ベラスケスにとって予期せぬことが起きた。
どこかで、窓を突き破る音が聞こえたかと思えば、屋敷を囲うように空から白く輝く無数の槍が降り注ぐ。その槍の群れはそのまま地面に突き刺さり、屋敷全体を震わせる。槍は突き刺さったままその場にとどまり、ベラスケス達を閉じ込めた。
伯爵は笑う。
「フフフフ」
ベラスケスは手をどけて伯爵を見やった。そこにはいつもの威厳ある伯爵がいた。
「私も芝居をしていたことがありましてね。この家柄のせいで、街の領主や誠実な男性しか演じたことがなかった。一度でいいから、誰かを騙すようなそんな役をやってみたかった」
「それが今、叶ったと?」
伯爵は満足気に言った。
「そういうことです」
ベラスケスは窓の外で光輝く槍を見た後に、伯爵に視線を合わせて言った。
「この魔法は?それに毒が効かなかった?」
伯爵は諭すように答える。
「毒に関してもこの槍に関しても、ミナミノ様が全て仕組んだものです。私に聖属性魔法を唱え、そしてこの屋敷内で誰かが魔法を唱えるとこの魔法が発動するよう仕掛けた」
「第五階級聖属性魔法のサンクチュアリ……ハル・ミナミノの目的は何なのですか?」
ハルの魔法に恐れるベラスケスを見ながら伯爵は立ち上がり、窓の外に輝く槍を眺めて、言った。
「私も詳しいことはわかりません。しかし、この槍が消える頃には帝国と和解ができると言っておりました」
「和解……?」
伯爵は手を伸ばし、ベラスケスに食堂への道のりを示しながら告げる。
「さぁ、食糧は十分に備蓄しております。どうぞごゆっくりなさってください」
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「はぁ、はぁ、はぁ……」
ルチアはグアドラード伯爵の窓を内側から突き破り、外へと出た。息を整えながら、光輝く槍を見る。
──サンクチュアリ……
突き破った窓はもとに戻っている。サンクチュアリの範囲内であるならば、壊れたモノや傷等が修復する効果のおかげだ。
辺りを見回し、この場を急いで離れる。回りを囲んでいた衛兵達は突如として飛来してきた槍に驚いていた。ルチアに構っている暇などない。
ルチアは直ぐにその場から離れ、思考を巡らせた。
昨日、帝国の軍事学校に潜入し、ハル・ミナミノの資料を盗み見た。偽装されたであろうステータス。生い立ち等は全くわからず、グアドラード伯爵の落とし子であることだけしかわからなかった。
そして今日、ギルドの受付業務をしている最中に、特待生達と会った。ハル・ミナミノとアベル・ワーグナーは特別任務に当たっているとのことで、その隙に特待生達の住むログハウスに忍び込み、持ち物などを漁ろうと試みるがルチアは驚かされる。
──逃亡したルカの妹、アレクサンドラがいるなんて……
ルチアは作戦を変え、グアドラード伯爵の屋敷に赴く。ハルのことを探ろうとしたが、第五階級聖属性魔法に捕らわれそうになった。
しかし、ルチアは満足していた。
──ハル・ミナミノが先日起きた魔力爆発に関わっている……
そしてアレックスのことなどを報告しようと、ルチアはペシュメルガの元へと向かった。
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~ハルが異世界召喚されてから8日目~
ルカは昨日、今日とおとなしく帝都の城に滞在していた。
今日になって、ミラからダンジョンへ行くからついてくるか?と尋ねられた。
ルカは喜んだが、断りを入れる。
今、ダンジョンへ入れば自らその首を差し出すのに等しい。できれば、ミラにも今後ダンジョンには行かないでもらいたかった。
しかし、自分の記憶が戻っていることをペシュメルガが知らなければ、ミラの行動を変に変えるべきではないとルカは判断する。今まで通りにしたほうが不審がられないと思った。
夜ももう遅い。妹のアレックスはまだ帰ってこない。アレックスがルカの部屋に住み着いているのがバレるのも時間の問題かもしれない。
──そして、この生活もいずれ……
嫌な予感は、当たるものだ。
ルカは不意に不安となり、窓の外、城下に広がる誰かの生活の証である灯りを求めた。こんな悩みを自分以外の人間も抱いているのではないかと期待してのことだ。
しかし窓辺に近付くと、それは姿を現した。
コン、コンと窓を外側からノックする。
ルカは窓枠に立つエレインを真っ直ぐ見据えながら、窓を開けた。
「久しぶりね♡」
「……」
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