第353話

~ハルが異世界召喚されてから8日目~


 ハルとアベル以外の残る特待生は、いつものダンジョンから出てきたところだ。


 いつもいるアベルと最近入ったばかりのハルがいないせいで、比較的弱い魔物が現れる低層の攻略を試みた。


 張り合いのない魔物達、ハルとアベルに先を越されたオーウェンは終始苛立ちを抑えきれないでいた。


「だぁ~~!!くそ!!」


 両腕を挙げ、全身を伸ばしながら悪態をつく。


「うるさい」


 ヒヨリがツッコミを入れながら、直ぐそばにあるギルドに向かって歩く。


「だってよぉ!焦らねぇのか?」


 オーウェンは立ち止まり、先へ行くヒヨリとシャーロットに訴える。


「焦ったところでしょうがないでしょ?」


 シャーロットは振り向きながら言った。黙るオーウェンに続けて口を開く。


「任務によっては誰が適任かが変わってくる。潜入の任務にアンタは向いてないだけの話よ」


「じゃあ俺は何に向いてんだよ?」


「知らない。自分で探しなさい」


 シャーロットは冷たくあしらう。同じ聖属性魔法を行使できるハルが現れたことによって、シャーロットも少なからず焦ってはいた。


 ギルドに報告を済ませ、ダンジョンで得た物を提出した。


 受付嬢のハンナが明るい笑顔で対応してくれる。


「おかえりなさいませ。皆さん、ご無事でなによりです」


 ハンナのこの言葉を聞きたくて、このギルドに通う者もいる程だ。ダンジョンやクエストから帰還した者を本当に心配していたような言動にオーウェンは自身の顔が紅潮していくのを感じとると目をつむり、首を振ってごまかす。


 ──落ち着け!!この受付嬢は皆に優しいんだ!!


 薄目を開けて、紳士的に対応しようとするオーウェンに、今朝ダンジョンに入った時にはいなかったもう1人の受付嬢が声をかけてきた。


「今日はいつもより人数が少ないのですね?」


 長く艶のある髪をポニーテールにまとめた受付嬢だ。いつも無表情でどこか上品、他者に関心を示さないような受付嬢。オーウェンはいつも事務的なやり取りしかしない彼女のネームプレートを見た。


 ──ルチアっていうのか……


 初めて名前を知った気がする。


 オーウェンは言った。


「アイツらは別の任務っすよ」


「任務……2人とも同じ任務についているのでしょうか?」


 その問いにオーウェンは違和感を覚える。今までこんな会話をこの受付嬢ルチアとはしたことがないからだ。


「さぁ、知らねぇな。なんせ俺達にもアイツらが何の任務についたか知らされねぇから──」


 言い終わる前に横にいたシャーロットが厳しくも囁くような語気で叱責する。


「オーウェン!!」


「わかってるよ。任務について他者に話しちゃいけねぇんだ。悪いが、これ以上の詮索はやめてくれ」


 すると、受付嬢ルチアは申し訳なさそうにうつむきながら言った。


「詮索なんて……皆さんが連れてこられた新しく特待生に入ったあの方……」


「ハルか?」


「はい。ハル・ミナミノ様のギルド登録がまだ済んでいなかったもので……」 


「あぁ、アイツが戻ってきたら連れてきますよ」


「宜しくお願いします」


 オーウェン達はギルドをあとにする。その扉が閉まるまで受付嬢のルチアは頭を下げていたのをオーウェンは背中で感じていた。


 ──あの人も綺麗なんだよなぁ……


「オーウェンの女好き……ルチアさんにも惚れてた」


 特待生3人はログハウスに向かって歩く。その途中、ヒヨリがボソリと呟いた。


「な、なんでそうなんだよ!!」


 狼狽えるオーウェンだが、シャーロットが助け船を出した。


「でも私、ルチアさんが会話してるの初めて見た」


「ヒヨリも初めて……もしかしてオーウェンのことを……」


 含みを持たせたヒヨリの呟きに、オーウェンは反応する。


「ま、まさか俺のことを好きになったんじゃ!?」


 高鳴る鼓動に、新たな恋の芽生えを感じたオーウェンだが、ヒヨリにその新芽を切り取られる。


「それはない」


「なんでだよ!?」


 ツッコミを入れるオーウェンに対してヒヨリは言った。


「初めはそう思った。でもルチアさんの興味があるのはたぶんハル」


「うん、私もそう思う」


「ばっ!?そんなのわかんねぇだろ!?」


 シャーロットは言った。


「だってこの前、ルカ様がギルドに来た時、ミナミノ君の腕をぎゅっと組んでたでしょ?」


 シャーロットの発言にウンウンと頷くヒヨリ。


「そ、そうだったか?」


「それに今回もミナミノ君がいないことを訊いてきたじゃない」


「あれは、ハルのギルド登録がおわってないからだろ?」 


「まぁ、そうは言ってたけど……ねぇ?」


 シャーロットはヒヨリに同意を求めると、ヒヨリは深く頷いた。


 オーウェンは2人にしかわからない共通の言語のようなものにイラついたあと、ハルに対しての苛立ちを再燃させた。ルチアに惚れられてるんじゃないかという疑惑と特別任務に当たっている現状と彼女がいることに。


「ちっ!アイツばっか良い思いしやがって」


「男の嫉妬は醜い……」


 ヒヨリのツッコミに叫ぶオーウェン。


「だぁ!!うるせぇ!!」


 しかし、突然のシャーロットの一言で静寂を取り戻す。


「静かに!!」


 自分達の家であるログハウスに誰かいた。


 3人はそれぞれ武器を取り出す。


 特待生のログハウスは決まった道順を通らなければ危険な魔物と遭遇する恐れがある。軍の関係者なら鍵を開け、室内で待っているのが普通だ。しかし、その者はログハウスの周囲を彷徨き、中の様子を窺おうとしている。


 ──敵か、ソコソコ腕の立つ冒険者か、運の良い森の遭難者か……


 オーウェン達は武器を構えながらジリジリと近付くとその者に気付かれた。


 ──この距離で気付かれるなら、遭難者の可能性は消えた……


 その者はこちらに向かって歩いてくる。手を振りながら。そしてその者は大きな声で言った。


「ねぇねぇ!!ここに!!ハルって男の子いない?」


 ショートカットの髪を振りまきながら、手を振っている。その腕には大きな宝石の埋め込まれた腕輪を嵌めた可愛らしい少女がオーウェン達に問い掛けてきた。


 その少女に敵意は感じないものの、3人は警戒心を解かなかった。とりわけオーウェンに関しては少女の口からハルの名前があがったことにより、ハルに対しての憎悪を膨らませる。


 ──なんでアイツばっかり女が寄ってくんだ!?


─────────────────────


「いやー!探し回ったよ!!」


 アレックスは溌剌とした声で言った。昨日からずっとハルのことを探していたようだ。


 そんなアレックスの前に紅茶の入ったカップを差し出すシャーロット。


 アレックスは礼を言うと、遠慮せずにカップのとってを摘まんで喉に流し込む。


「美味しい!これ、ファーストフラッシュ?」


 シャーロットはアレックスの勢いに飲まれ、頷く。しかしこれでわかった。


 ──腕輪の宝石もそうだけど、貴族の娘らしいわね……


 特待生の3人は紅茶を飲むアレックスに注目した。そんな3人の視線にアレックスは応える。


「あぁ、私?私はアレクサンドラ!ちょっと長いからアレックスって呼んで!ハルを探してここにやって来たんだけどぉ……ハルはどこにいるの?」


 アレックスはそう質問すると、鼻をクンクンと動かす。


 ハルのことは極秘扱いである。また、このログハウスも外部の者が簡単に来れるところではない。


 シャーロットは考える時間を稼ぐために、口を開いた。


「だからアレキサンドライトを埋め込んでいるのね」


 アレックスの腕輪。埋め込まれているのは緑色に輝く宝石アレキサンドライト。


 朝と夜、具体的には恒星テラの光と闇を照す蝋燭の光によって色を変える宝石。


「…そ、そうだよぉ!綺麗でしょ?」


 アレックスは記憶を失う際、自分のことをどこかで思い出せるようにこの宝石を埋め込んだことを思い出す。


 シャーロットに腕輪を見せつけるように、掲げた。


 シャーロットは、宝石に反射して写る自分の姿を見て冷静さを取り戻す。


「アレックスさん。私達は帝国の軍事に関わる仕事をしているの。あなたの探しているミナミノ君も私達と同じ仕事をしている。だから簡単に口外できないの」


「ミナミノ君?もしかしてハルってハル・ミナミノっていうの?」


 シャーロットは自分が相手に情報を与えてしまったことに気が付いた。それを見かねてか、オーウェンはアイテムボックスからフレイムブリンガーを取り出して、切っ先をアレックスの喉元に向ける。


「初めからこうしておけばよかったな」


 オーウェンの強引な行動を本当は注意したいシャーロットだが、自分のせいでこうなってしまった為に、成り行きを見守った。


 オーウェンはアレックスの目を見据えて尋ねる。


「お前は何者だ?ハルとはどんな関係なんだ?……ん?ま、まさかお前がその、ハルの彼女か!?」

 

 アレックスは少しだけ考えてから言った。


「うん!」


 オーウェンは白目を向きながら剣を落とした。


 ヒヨリが呟く。


「オーウェン、ダサい。ハルの彼女殺そうとしてた。嫉妬は怖い」


「しゃ、しゃーねぇだろ!!知らなかったんだから!!」


 2人のやり取りにシャーロットが割って入る。


「ちょっと!!そんな証拠はないでしょ?それにどうしてここに来れたの!?」


「普通に、匂いとか情報を辿って!」


「におい?」


「そう!ハルっていい匂いがするっていうか、一度嗅いだら忘れられなくって……一昨日の夜中に会った時のこと未だに忘れられないの……」


 両手を広げたアレックスは、その手で自身を抱きながら言った。


「そう、あれは暖かくも、それでいて身を焦がすような危険な感覚……私は一目見て恋に落ちたの!!」


 アレックスの浮かべる恍惚とした表情に若干引くシャーロットにヒヨリがツッコむ。


「シャーロットもアベルと話してるとき、あんな表情してるよ?」


「う、嘘でしょ!?」


 ヒヨリに真偽を確認しようとするシャーロットだが、オーウェンの一言で冷静さを保つ。


「一昨日の夜中って言えばハルが任務に当たった日だよな……」


 3人はそれぞれの顔を見合わせる。


「一昨日の夜中、どこでハルと会ったんだ?」 


 アレックスに問い掛けるオーウェン。しかし、シャーロットが遮る。


「待って!それって任務の内容を盗み聞きするってこと?」


「いいや違うね。ハルの奴がその特別任務でヘマして、この子に情報が漏れた可能性だってあるだろ?んで運良くその子がここにいるんだから、俺らがそれを訊いたって良いんじゃねぇのか?」


「そ、それでも私達が訊くんじゃなくて、軍に任せた方が……」


「ハルがミスしたのを軍にチクるなんて俺にはできねぇな!ここは俺達がハルのフォローをしてやんのが先輩としての筋ってもんだろ?」


 得意気になるオーウェンにヒヨリが呟く。


「オーウェン、任務に参加したいだけ……」


 ヒヨリに真意を突かれるオーウェンだが、気を取り直して恍惚な表情のまま夢想を繰り広げるアレックスに今一度問い掛ける。


「なぁ一昨日の夜中、アレックスはハルとどこで会ったんだよ?」


 アレックスは遠くを見るような視線で答えた。


「ん~、クロス遺跡だよー」


 生返事のような返答に、3人は思いを巡らす。


「クロス遺跡っていえば、フルートベール領か……んで、そこでハルは何してたんだ?」


「なんか女の子を助けてたみたいでさ、そしたらお姉ちゃんがいきなり攻撃しちゃってぇもう、大変だったんだよ!」


「お前の姉貴もハルと会ってんのか?」


「そう、でもハルが困ってたから私がお姉ちゃんを気絶させてなんとかことなきを得たって感じ……でさぁ、酷いんだよハルったら!自分の行き先を知らせないで……私昨日帝国中を探し回ったんだから!勿論このログハウスにも来たんだけど誰もいなくって……」


 1人で盛り上がるアレックスに3人はついて来れていない。アレックスは続けて言った。


「でもハルって特別な任務に就いてるんでしょ?昨日の夜お姉ちゃんからそう聞いてー、もしかしたらその任務を終えてここに帰ってきてるんじゃないかなって思って来たんだけど、まだみたいだね!私もハルが帰ってくるまでここに住もうかな?」


 アレックスの1人語りを、シャーロットが遮る。


「あ、あなたのお姉さんはどうしてミナミノ君が特別任務に就いてるって知ってるの?」 


「俺もそこが気になった」


「ヒヨリも……」


 軍の関係者、それも極一部の者しかその情報は知らない筈だ。


 アレックスは答える。


「私のお姉ちゃんも昨日それを知ったみたいでさー、ミラって人から凄い怒られたみたいだよ?」 


「「「ミラ様!?」」」 


 3人の声が揃った。


 オーウェンは恐る恐る尋ねる。


「お前……いや、貴方のお姉さんって……」


 アレックスはオーウェンのためらいがちな言葉を質問と捉えて答える。


「ルカ、私のお姉ちゃんの名前はルカ・メトゥスって言うんだけど知ってるの?」


「「「えええええええ!!!!!」」」


 大きな声をあげる3人にアレックスは多少驚いたが、直ぐに異変を感じとる。


 アレックスは立ち上がり、素早く玄関を開けた。


 玄関から真っ直ぐ伸びた一本道に目を凝らしてから、今度はログハウスを囲んでいる森に注意を払う。


 突然の行動により特待生の3人は、開け放たれた玄関の先にいるアレックスの背中を見つめた。


 シャーロットは尋ねた。


「ど、どうされたのですか?」


 アレックスは少ししてから玄関をくぐり、扉を閉める。


「今、誰かに見られてた気がして……」

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