第355話

~ハルが異世界召喚されてから8日目~


 チェルザーレは長テーブルを前にして座っている。少々威嚇気味に魔力を放っていた。テーブルにはシワひとつついていないテーブルクロスが敷かれている。その上に燭台とグラスが3つ。


 マキャベリーは、その内1つのグラスを手に取り、デキャンタに入っている赤ワインを丁寧に注いだ。注ぎ終わると空のグラスを手に取る。全てのグラスにワインを注ぎ終えると、最も上座に座っているチェルザーレに渡し、そしてこの日付の終る深夜にやって来たハルにワインを差し出した。


 ハルは言う。


「いいえ、僕は未成年なのでお酒は結構です」


 マキャベリーは、ハルのことを興味深く観察している。今の一言で、ハルの年齢について一考しているようだった。


 アベルの伝言により、この講談は実現した。


 マキャベリーとは前の世界線で、会っている。会っていると言っても、聖王国の地下牢でハルは魔法で姿を消していた。この世界線でマキャベリーはハルのことを書類上でしか知らない。


 マキャベリーは立ったまま、自分で注いだワイングラスを握ったままだ。


 チェルザーレはグラスに蝋燭の火を反射させながらワインを一気に流し込むと、ハルに言った。


「色々と聞きたいことはあるが、まず、何故ロドリーゴとメルを生き返らせた?」


 ハルは生唾を飲み込んだ。この場面はハルにとって、重要な局面だ。ここで得た情報は今後の世界線でも有効に使える筈。


 今、思えばこの場面を前回の世界線では待ち望んでいたのだ。


 マキャベリーを一瞥してからハルは、口を開く。


「アベルにも言いましたが貴方達は、間違えている」


 この言葉に部屋全体が刺すような魔力で覆われた。言葉を間違えれば戦闘になりかねない。しかしハルは冷静に先を続ける。


「メルに暗殺を無理矢理続けさせることが、限界を突破させる鍵ではないという意味です。現にメルは自殺をしてしまった」


「どういうことだ?」


「獣人国のダルトンとは違って、メルが限界を突破するには、自分の行為を悔いる時間と他者との共感が必要なんです」


 マキャベリーがピクリと反応を示すのをハルは見逃さなかった。しかしマキャベリーはこちらの議論に参加をしない。おそらくチェルザーレに口出しをするなと言われているのだろう。


「何故貴様がメルのことを知っている?何故貴様がメルの限界を突破させることにこだわる!?」


 語気が次第に強まるチェルザーレにハルは答えた。


「戦力が必要です。アジールに対抗するための……」


「質問の答えになっていないな……」


 チェルザーレはこの議論に参加してもよいと許可をするかのようにマキャベリーを一瞥する。そしてハルに質問した。


「貴様は何故アジールに対抗するのだ?」


 ハルは正直に語った。


「僕は、フルートベール王国から来ました。帝国との戦争によって何故か殺されなかった剣聖と出会い、限界を突破させました。剣聖を殺さなかったのは、貴方の戦力として見ていたからじゃないですか?」


 マキャベリーに視線を合わせるハル。マキャベリーは少しだけ反応を示した。そして次のハルの発言にマキャベリーとチェルザーレは驚く。


「そしてランスロットのパーティーメンバーであり、おそらくアジールに所属していると思われるエレインがフルートベールのルナさんを殺さないよう手筈を整えました」


「なっ!!?」

「ッ!!?」


 ハルは構わず続ける。魔法学校襲撃を剣聖に止めさせ、獣人国のクーデターを止めたこと。戦士ダルトンを生み出し、サリエリを懐柔させたこと。


「だからサリエリさんと懇意のあるグアドラード伯爵を後見人にすることができました。そして、昨日メルを甦らせた。今度のフルートベールと帝国の戦争も侵略が主な目的ではなく、アジールに対抗する為の戦力を生み出す戦略なのではないですか?」


 マキャベリーは黙ったままだ。いや、考えているだけかもしれない。チェルザーレが口を開く。


「質問に答えろ。アジールに何故対抗する?」


「僕の周りの大切な人達が安全に暮らせる世界にしたい……アジールはその脅威となり得る。しかし現在、フルートベールの民や獣人国の民が貴方達の戦略によって苦しんでいる。だから貴方達と手を結び、もっと効率の良い戦力の上げ方を提案したい」

  

 マキャベリーが口を開く。


「貴方を信用する前に、気になることを解消してもよろしいですか?」


「はい」


「貴方はどのようにして、魔法学校の襲撃や獣人国のクーデター、そして今回の枢機卿暗殺を知ったのですか?メルさんが自殺することすら知っていた。我々も昨日それを知ったばかりです」


 ハルは黙った。そして、ゆっくりと口を開く。


「おそらく、信じてもらえないと思いますが……」


 ハルは語った。自分が異世界召喚されてから誰にも話していないことを。


「僕は、喜んだり幸福のようなものを感じると7日前に戻ってしまうんです」


「は?」

「?」


 チェルザーレはハルの言葉にイラついているように述べる。


「何を言っている?」


 ハルは答えた。


「僕自身も何故こんなことが起こるのかわからないんです。でも、本当に戻ってしまうんです。もう何回戻ったことか……」


 ハルが取り繕うと、マキャベリーが口を開いた。


「にわかには信じ難いですが、成る程……それはスキルですか?」


 ハルは自分のステータスを見た。スキル欄に未だ文字化けしているスキル『K繝励Λ繝ウ』に焦点を合わせた。


「…スキルには、読めない文字があって、たぶんそれによるモノなのかも……」


 満足した回答は得られないものの、マキャベリーは納得したように頷く。


「今までのことがこれで説明できますね……」


 納得するマキャベリーに、チェルザーレが尋ねた。


「お前は信じるのか?」


「えぇ。想像しにくいですが、チェスで相手の一手先、二手先を見ながら、自分の手を変えるようなモノかと……そうでもない限り、今までの作戦の潰され方は説明できません」


「大層な自信だな……」


 チェルザーレは嫌みったらしく独りごちた。


 ハルは述べる。


「今まで僕はフルートベール人として何度も帝国の人達と戦いました。シドー・ワーグナーさんにルカ・メトゥス……マクムートさんとかとも……」


 マクムートの名前に反応を示したチェルザーレは、ハルに尋ねる。


「私とも戦ったか?」


「いえ、貴方のレベルを見て逃げましたよ」


 それを聞いて少しだけ満足したチェルザーレは、いよいよハルの言っていることを信じ始めた。


 マキャベリーは質問する。


「それで、何度も繰り返す時間の中で、我々の目的を悟った。しかし我々とは初めて対話しているようですね」


「はい。前回の世界線……あぁ、これは僕の表現の仕方ですけどね。前回戻る前の世界では、帝国とフルートベールが戦争をして、僕がシドーさんを討ち取り、帝国領のポーツマス城で和平交渉をしようとしました。その際に貴方達とお会いできると思ったのですが……」


「アジールに潰された……?」


「はい。帝国との和平を潰そうとする者達の捜索中、僕はダンジョンに迷い込みました。そこでミラ・アルヴァレスと出会い、共に出口を目指したのですが、かつて聖王国で物議を醸したレガリア・レガリエという人物の介入があり、死にかけました」


 ほぉ、と言葉を漏らすチェルザーレに対して、マキャベリーは顎に手をあてて考え込んでいた。


 チェルザーレが尋ねる。


「死にかけたということはレガリアを倒したのか?」


「はい。ミラちゃんが倒しました」


 ミラちゃんと言ってしまったことに、ハッとするハルにマキャベリーは尋ねた。


「アベルさんに聞きましたが、貴方はミラさんと同郷なのですよね?彼女はドレスウェル王国出身のはずですが、先程貴方はフルートベール出身だと……」


 ハルは迷った。地球、日本の話をすればもっと混乱させるのではないかと。


 ──だけど、この2人になら……


「僕は、この世界とは別の世界からやってきました」


 この発言にまたもや驚くマキャベリーとチェルザーレ。しかし先に言葉を発したのはチェルザーレだった。


「お前は、まさか古代人か!?」


 古代人。ハルは図書館の書物に記されていたその単語を思い浮かべる。大魔導時代が終わってすぐに台頭した人族。様々な文字や土器を残し、現在では地中深くからその痕跡が発見される。しかし、現在の研究では大魔導時代よりももっと前の時代に台頭したのではないかとも言われている。


「古代人って……でもいや、この世界って未来の地球だったりするのかな?」


 昔、異世界にやって来たと思った主人公がラストでここが未来の地球であることに気付いた映画を思い出した。


 ハルの独り言のように聞こえる言葉に、チェルザーレは返す。


「お前が相対したレガリアは、古代人は未来から来たと言っているが、しかしもう1つの説を唱えてもいる。古代人は痕跡だけを残しているがそれは偽装であり、実際には別の世界からそれらを転送しただけだと……」


 今度はハルが驚いた。


 ──転送!?……つまり、僕も転送されたってこと?生身の人間を?実際、原子を崩壊させて別の場所で再びくっ付ける技術が開発・研究されているのは知ってるけど、それはまだSF小説の域を出ない……いや、待てよ!?リサ・ランドールの実験か?


 ハルは昔、ネットで多次元宇宙について調べたことがあった。リサ・ランドールというアメリカの理論物理学者は、実験で最大限加速させた素粒子同士をぶつけると、これ以上小さくならない筈の素粒子が姿を消すことに疑問を持った。この疑問の答えとして別次元へ素粒子が移動したと過程している。この理論を題材に海外ドラマや映画、日本の漫画がエンターテイメントとして昇華している。


 ──つまり別次元の世界が、今僕がここにいる世界だとしたら?いやいや、待て!僕は家のリビングでくつろいでいる所で転移したんだぞ?いや、例えば僕の家の地中深くにそんな施設があったとしたら?……やっぱりそれはない!!どうして喜んだら戻るんだ?ステータスがなんである?それにどうして僕とミラちゃんが?


 ハルが思考を巡らしている間にマキャベリーが口を開く。


「いずれにしろ貴方は、その世界でミラさんと出会っているということですね……」 


 マキャベリーはミラがドレスウェル王国出身であるという情報を、すぐに上書きさせた。彼女の強さの秘密が、ハルの言葉によって氷解したようだ。


 ハルは自分が異世界召喚された理由を一旦棚上げにして尋ねる。


「今度は僕が質問しても良いですか?」


 ハルは2人が黙ったのを見て、述べた。


「アジールの目的についてです。アジールは再び天界戦争を起こそうとしています」


 ハルは、2人の反応を確かめながら言った。


「天界戦争。つまりアジールは神ディータと戦うんですよね?例えば、神に勝ったとしてアジールは何がしたいんですか?」


 その質問にマキャベリーが答える。


「それははっきりとは、わかりません。ただ、神ディータがいなくなれば、この世界は混沌に、最悪消滅してしまうかもしれません」


 ハルは重ねて質問する。


「神ディータって本当にいるんですか?」 


 マキャベリーとチェルザーレはきょとんとした。


 それを見てハルは思った。


 ──あ、なんかマズイこと言った……


 チェルザーレは尋ねる。


「先程貴様は、エレインからルナ・エクステリアを守ったと言っていたな?」


「はい……」


「フルートベールのルナ・エクステリアは神ディータの依り代だ。知らなかったのか?」


「へ?依り代?」


「有事の際、神を招き入れる為の器だ」


 呆気にとられるハルにマキャベリーが付け足す。


「あくまでも可能性が高いだけです。我々の手で保護する必要があります」


 ハルは思い出していた。ルナが過去に、衛星ヘレネに照らされながら言っていた言葉を。


『自分が自分で失くなる…そんな感覚に陥ってしまうの…ごめんねハル君…変なこと言ってしまって…ヘレネ様を見ているとなんだか不思議な気持ちになるわね…フフフ』


 魔法学校襲撃の目的は、ルナの暗殺ではなくルナの限界を突破させることでもない。ルナの保護であることにようやくハルは気が付いた。


「そうだったんだ……」

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