第347話

~ハルが異世界召喚されてから6日目~


 ミラはほの暗いダンジョンから外へ出ると、陽の光を身体全身に受ける。いつもならダンジョンの外へ出ると夕暮れか夜の闇がミラを迎えるのだが、今回は早々にダンジョンから外へと出た。


 そして考え込む。


 ──やはり、ダンジョンの様子が少しおかしい。いつもより魔物が少なく、そのレベルも低い。前にもこんなことがあったな……


 ミラは聖王国へ赴いたマキャベリーに報告するべく、城まで歩みを進めようとすると、ダンジョンの出入り口付近でミイヒルが待ち構えていた。


「何かあったか?」


「それが……」


 言いにくそうにしているミイヒルは言葉を選びながら報告する。


 ミラは額に片手を当てながら、しばらくミイヒルの報告に頭を悩ませた。ハァと溜め息をついてから述べる。


「…それで、誰も死んでないのか?」


「はい……」 


 ルカの奇行は珍しくない。予想のできない行動などは日常茶飯事だ。


 しかし今回のルカの狙いは明らかだ。


 ミラは昨日の大浴場でのやりとりを思い出す。


「ハル・ミナミノという新しく入った特待生が目当てだったんだろうな……」


 ミラの呟きにミイヒルは反応を示す。


「私が彼に苦戦してしまったせいなのでしょうか?」


「いや、そうではない。この件は私にも責任がありそうだな……それよりも、特待生達の様子はどうなんだ?」


 ミイヒルは視線を落としながら言った。


「何人かの自信を喪失させたかと……」


 ミラはまたしても溜め息をついて吐露する。


「やはりそうか……心労をかけたなミイヒル。ルカには私からきつく言っておこう」


 ミラはそう言って、ミイヒルを横切った。しかし、ミイヒルが口を開く。


「それと……」


 ミラは声のする後ろを振り返り、ミイヒルに言った。


「なんだ?まだ何かあるのか?」


「…そのルカ様が現在行方不明でして……」


 ミラは今日、この短期間で3回目の溜め息をついた。

 

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~ハルが異世界召喚されてから6日目~


 ハルは昨日、獣人国へ出掛ける際、アベルに呼び止められた。今日は最新の注意を払って外へと出る。


 軽く走って、少し広い野原へと出ると、風を感じようと両手を広げた。辺りには誰もいないが、自分に注意を払っている者が隠れ潜んでいるかもしれない為、ハルは辺りを見渡した。


 ──よし、誰もいない!


 ハルは屈伸運動をしてから全速力でクロス遺跡へと向かった。


 ハルのスピードによって草原は激しく揺れ動いたが、直ぐに元の平和な風にそよがれる。しかしそんな草を踏みしめる者がやって来た。


 ロリータファッションに身を包み、トレードマークの白髪ツインテールが優しい風によってなびく。


「絶対にお前の正体を暴いてやるからな」


 ルカはハルの走った方角を見つめながらニヤリと笑った。


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 ハルは海岸で意識を失っているユリを救出し、少ししてからユリを連れて塔の地下室にやって来た。


 階段の途中に設置してある警報装置を避けて、ユリを元いた独房へ戻した。まさか脱走した者が再び自分のいた独房に戻ることはないだろうという思い込みを利用したのだ。ユリには大きな音が聞こえたらその音がした所へ来るように伝えておく。


 ユリは不安な表情を隠しながら、それでも決然とした面持ちで頷いた。


 それからハルは、先程避けた警報装置を意図的に作動させ、ユリの母ミーナが収められているカプセルを眺める。


 少しして目当てのグレアム司祭が薄暗いカプセル群の間から姿を現した。


 ハルと目が合うグレアム。グレアムはハルの瞳に吸い込まれるように呆気にとられていた。そして恐る恐る侵入者であるハルに声をかけた。


「もしや……ベルモンド様の使者様ですか?」


 ハルは意気込む。


 ──さぁ、前回の続きだ!!


 アジールの目的と情報を少しでもグレアムから聞き出すつもりだ。ハルはグレアムの質問に答える。


「いかにもそうだが……大変なことになっているな?」


 ハルの言葉に全身を震わすグレアムの反応を見て、ハルは考える。


 ──今、妖精族のユリを逃がして、失態を犯した真っ最中だろ? 


「も、もう少しで事態はおさまります故……どうかベルモンド様にご報告しないでもらえませぬか……」


 ハルはグレアムの目的を知っている。それに当て嵌めて前回と同じ台詞を吐いた。


「そんなにも神について知りたいのか?」


「ええ!!そうですとも!!どうか御慈悲を!!」


「ならばお前に幾つか質問がある。それについて正直に答えるのならばお前の願いを聞き入れよう」


 グレアムはハルにひれ伏して感謝する。


「ありがとうございます!!……質問とは何でしょうか……?」


 ハルは思う。


 ──よし、ここまでは順調。本番はここからだ!


「アジールについてお前が知っていることを述べてみろ」


 グレアムは少し考えてから口を開く。その口調は重々しいものだった。


「も、申し訳ありません。わたくしめはそのアジールの末端も末端な身分であります。ベルモンド様の庇護の元、その一員に加わっているだけでして、組織について殆んど知らないのです……」


 空振ったかとハルは心の中で舌打ちをした。


「ならばお前にとってアジールとはどのような組織だ?これは組織の忠誠を問うものではない。お前が客観的に見てどのような組織であるのか、その評価を知りたい」


 グレアムは、何故このような質問をするのかわからないと言った表情で答える。


「資金や技術だけでなく、戦力も計り知れない崇高な組織であるかと……」


 ハルの表情を探りながらの物言いだった。


「戦力と言ったか?それはどこでそう思った?ベルモンド様が戦う姿を見たのか?」 


 ハルは疑問を持たれる前に、グレアムに畳み掛けるように質問する。


「い、いえ……私にロンギヌスの槍の力を披露なさったので……」


 ロンギヌスの槍、別名神の杖と呼ばれている。ハルはその槍について知っている。図書館にあった本に書いてあった。神の杖といわれる所以は、天空から雷を落とす効果をその槍が有しているからだ。神代から神の身業として雷は恐れられている。しかし神が実際に持っていたのは槍ではなく杖だと伝わっている。一説によると、ロンギヌスの槍を使用していたとある勇者を神格化させたせいだと言われている。その槍と杖が時を経て混同したのだと解釈されているのだ。


 ──やはり勇者ランスロットが生きている可能性があるな?もしかするとベルモンドの正体が勇者ランスロットなのかもしれない……そういえば、グレアム司祭はランスロットについても調べていたもんね……


 死んだとされるレガリアと対面したからこそできる推理だ。ハルは次の質問をする。


「ベルモンド様がここへ来たのはいつだ?」


「き、昨日ですが……」


 ハルの目の色が変わる。


 ──昨日だって!?


 ハルは動揺を隠しながら、最後の質問をした。


「これが最後の質問だ。何故ベルモンド様は妖精族の涙の研究をしている?」


 グレアムは記憶を辿るようにして述べた。


「それは、私も存じませ……いや、確か『天界戦争の時に役に立つかも……』と仰っておられました……」


 グレアムは一部ベルモンドの口調でハルに告げた。


「天界戦争か……聖女セリニの黙示録……ベルモンド様が何故その言葉を溢したのか、その真意はお前にわかるか?」


「…いえ……」


「ならば、これは司祭であるお前に問おう。天界戦争とはお前らの間ではどのように扱われている?」


「どのようにと仰られましても……神ディータ様と大魔導時代の悪魔達との戦争としか……」


 グレアムが怪しんでいるのを無視してハルは考えた。


 ──天界戦争は、僕も調べたが結局詳しいことは記載されていなかった。きっとグレアムもこのことについて詳しくは知らないだろう。


 ハルが考え込んでいるとグレアムが、あのぉと声をかけてきた。しかしハルはそれを無視して呟く。


「それにしても、天界戦争で妖精族の涙が役に立つのか?」


 ハルの思考が口からついて出た。


 この発言にグレアムは反論する。


「それは、妖精族の涙は死すらも超越できる回復の効果があるからではないですか?」


「へ?」


 ハルは思わず呆けた声を漏らすと、グレアムは続けて言った。


「妖精族の涙はそれはそれは手に入れたい代物の筈ですが……」


「知らないのか?」


「え?」


 今度はグレアムが呆けた声を出す。


「妖精族の涙は、神によって生から死へと変えられているぞ?」


「な、なんと?」


「だから……いや、やはり何でもない……帰る」


「ま、待たれよ!!」


 ハルがグレアムに背を向けると、レッサーデーモンが前に立ちはだかった。


「せ、正確に教えて頂けませぬか?」


 ハルは背後から老人の声を聞きながらレッサーデーモンを見上げる。

 

「それは脅しか?」


「お、脅しではございません。ただ、ベルモンド様の使者でないと判断した場合なら正当防衛が適応されるかと……」


「じゃあそれで結構……」


 ハルはこの世界線で何度となく試していた魔法を唱える。重力を操り、レッサーデーモンを動けなくさせたが、一瞬にしてぺちゃんこに潰れてしまった。地下施設の床はクレーターのように円を描いて凹む。


 ハルは自分の掌を見つめて言った。


「まだコントロールができないか……この魔法が今度戻るときのトリガーになると思うんだけどな……」


 ハルの独り言が右から左へと流れていくグレアム。目の前の光景が信じられず、脳が上手く機能しない。


「バカな……」


 床が凹んだ際、鈍くて大きな音が地下施設に響き渡る。その音を合図にユリがやってきた。


 ハルとグレアム、次にカプセルの中にいる母親に視線を合わせた。


 そして、涙を流す。


 グレアムはユリから溢れ落ちる涙を見て念願かなったが表情を覗かせるがそのまま絶命した。


 ハルは呟いた。


「言った通りでしょ?」


─────────────────────


 ユリの母の埋葬を終えたハルとユリは地下施設をあとにする。


 この時のユリの心労を慮ると、ハルは毎回ユリの強さに感心するのだった。


 地下施設の螺旋階段をゆっくりと上る2人。


 外はまだ夜の闇に覆われていることだろう。しかし、星の瞬きに満ちた夜はきっとこの地下施設よりも明るい筈だ。


 ユリは階段を一歩一歩、力強く上っていく。星の輝きよりも美しい、明日を見る瞳がハルを見つめた。


 ハルは何も言わず、ただ頷いてユリに応える。


 塔の1階の床を地下から押し上げ、2人は外へと出た。ようやくユリの止まっていた時間が動き出す。新しい一歩を踏み出そうとするユリ。


 しかし、ハルは大声でユリを止めた。


「待って!!」


「え?」


 ユリは足を地につけず、片足を上げたまま止まると、フォンと空気を斬り裂く音と伴に風をユリは感じる。何者かに攻撃されたのだ。


 ユリはこの場を動けない。次の行動をどうすれば良いかハルに委ねようとすると、ハルはいつの間にかユリの前へ庇うようにして立っていた。ハルは塔の出入り口を見つめている。


 姿を見せたのはルカだった。ルカは大きな鎌を担ぎながら言った。


「こんなところで何をしている?」


 ハルはユリを庇いながら考えた。


 ──ヤバい……ここでバレたら……


 ハルがルカの問いに答えあぐねていると、ルカの後ろからもう1人姿を現す。


「この子がお姉ちゃんの気になる人?」


 ショートカットの髪型に宝石の埋め込まれた腕輪をしている女の子を見てハルは呟く。


「ア、アレックス……?」

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