第346話


~ハルが異世界召喚されてから6日目~


 特待生達は、ルカとミイヒルの後を付いて行き、見慣れた訓練場にやって来た。


 ルカとミイヒルの前で横並びになる一堂は、急遽訓練内容が変わったことを説明される。


「──で、あるからして今日の訓練はルカ・メトゥス様に稽古をつけてもらうこととなった」


 ハルはミイヒルの説明があまり頭に入ってこなかった。ルカを倒し、乗り越えてはいるが、過去のトラウマを前にして動揺しないわけがない。


 それにミイヒルの説明は、取り繕うのに必死と言った様子だった。それが伝わったのかオーウェンが小さな声で呟く。


「これきっとルカ様の思い付きだぞ……」


 ルカはオーウェンの小さな呟きを逃さなかった。


「なんか言ったか小僧?」


「いえ、嬉しいんです!ルカ様と戦えることが!」


 オーウェンの返答にルカは広角を上げて言った。


「ならばかかってこい」


 それぞれが魔道具の腕輪を嵌める。オーウェンが肩をゴキゴキとなりしながらハルに告げた。


「お前は戦闘に加わらず、俺の回復役に徹しろ」


 あまりにも理不尽な命令にシャーロットは反対した。


「ちょっと!それは流石に……」


「コイツが俺達の連携に合わせられるかよ?それに昨日の戦闘スタイルからして俺とアベルの邪魔になんのは明らかだ。だろ?」


 オーウェンはアベルに同意を求める。アベルはハルを一瞥してから頷いた。シャーロットはそんなアベルの態度に少しだけ驚く。


「アベルまで……」


 アベルの含みのある視線と目を合わせたハルは、少しだけホッとした。流石にルカを相手に戦えば手加減していることがバレてしまうだろう。回復に徹するば、この訓練をやり過ごすことができる。


 ルカが腕輪を嵌めた方の手をぐるぐると回しながら言った。


「作戦会議は終わったか?」


 オーウェンが魔剣フレイムブリンガーを構えながら代表して答える。


「いつでもいいっすよ!?」


 ミイヒルは居心地の悪そうな表情のまま片手を高々と挙げ、振り下ろしながら開始を告げる。


「始め!!」


 シャーロットの聖属性魔法によってそれぞれがステータスを上昇させ、例の如くヒヨリが先制攻撃を放つ。


 遠距離からの矢の影にアベルとオーウェンが隠れながら間合いを詰めた。


 しかし、オーウェンはいつも並んで相手との距離を詰める筈のアベルが先行していることに気が付く。オーウェンは走る速度を上げるがアベルの早さに付いていくことが出来なかった。


「はっ!?」


 アベルの早さに驚くオーウェンは矢の次にアベルの影に隠れることを余儀なくされる。闘志を燃やしていたのはオーウェンだけではなかった。


 アベルは魔法剣を顕現させ、一歩も動かずに首だけを曲げて矢を躱したルカの胴体目掛けて剣を振り払った。


 ルカは振り払われる魔法剣の動きに合わせて片足を軸に胴体を捻って躱した。同時に軸足ではないもう一方の足を浮かせ、空を斬った魔法剣の持ち手にぶつける。回し蹴りだ。アベルは持ち手に加わった予期せぬ一撃により、魔法剣を消失させてしまった。


 アベルは振り払った腕をそのままに一歩踏み出しながら、もう一撃を下から上へ斬り上げるような構えになると、魔法剣を再び顕現させる。


 剣筋を見てとったルカは半身となってアベルの追撃を躱した。その間、二振りの攻撃を終えたアベルにようやくオーウェンが追い付き、魔剣に魔力を通しながら高々と振り上げた剣を一気に振り下ろした。


 魔剣から斬撃と第二階級火属性魔法フレイムがほとばしる。


 ルカはまたしても片足を軸にくるりと回り、斬撃のみを躱すと蝋燭の火を吹き消すようにフッと息を吐いてフレイムをかき消した。


 その光景を目の当たりにしたオーウェンと第二階級魔法の威力を十分理解しているシャーロットの肌が粟立つ。


「なっ!?」

「え!?」


 ミイヒルはふぅとルカの強さに呆れるように溜め息をついた。


 残るヒヨリとアベルは動揺せず攻撃を加える。ヒヨリはアベルとオーウェンの隙間を通すように遠距離攻撃を加え、アベルは魔法剣を振り下ろそうとしていた。


 ハルはシャーロットを見やる。


 ──昨日はここで闇属性魔法を唱えていたけど……


 シャーロットのテンポが遅れているのがわかった。


 ハルは代わりにブラインドネスをルカにかけたと同時にしゃがみこんで大地に手を置いて唱える。


「クリエイトグレイブ」


 入試試験の時に、土属性魔法を唱えていた受験生と同じ魔法を唱えて、ルカの足元を固めた。


 ルカはブラインドネスを瞬時に跳ね除け、足元に絡み付く触手のような土を一瞥する。フッと笑みを溢し、膝を少しだけ曲げると、その場に高く跳躍し上空へ舞った。


 ルカの動きが早すぎて、ハルを除いた特待生とミイヒルはルカの位置がわからない。しかしハルは思った。


 ──ここで一人だけ上空を見てたら怪しまれるよね?


 ハルは地に置いた手をどかすと立ち上がり、皆と同じ反応を示すよう努力したが、上空から殺気が伝わる。


 ルカは跳躍した後、魔法を唱えたハルに向かって大鎌を振りかぶりながら落下してきていた。


 ここでようやくミイヒル、アベルの順にルカの居場所を特定する。


 ハルもそれに続いて、落下してくるルカに視線を合わせた。


 禍々しい鎌は陽に照らされ怪しく光っている。


 ハルは思った。


 ──この鎌って魔法か?それとも物理的にダメージを負うものか?


 今まさに振り下ろされようとしている鎌が魔法でできた代物なら、わざと攻撃を受けて腕輪を砕かせるべきだとハルは考えた。


 しかし、これがもし物理的なダメージを負わせる武器であるならば、間違いなく死ぬ。昨日のミイヒルの時のような誤魔化しは効かない。


 ──さ、流石に寸止めか、致命傷にならないように軌道を反らすだろ?


 ハルは落下してくるルカの目を見た。殺気に満ちた目をハルに向けている。


 ──殺す気まんまんじゃねぇか!!


 ハルはクリエイトグレイブを地面に手を置かず、足の裏で唱える。土煙を発生させた。少しでも周囲の皆の目を誤魔化すためだ。


 そして、振り下ろされたルカの一撃を間一髪で躱す。空気が斬り裂かれるのをハルは肌で感じとったことで鳥肌が立つ。


 地面にサクリと刺さった鎌。それを引き抜きながらルカはハルに告げた。


「貴様、何者じゃ?」


 ハルは思う。


 ──そのセリフ最近よく聞くな……


─────────────────────


 ルカは許せなかった。


 昨日のミラの表情を見てそう思った。


 ──ハル・ミナミノという名前を聞いて、ミラ様は何も思い出せないと言っていたが、ミラ様のあんな表情、見たことがない……

 

 ミラの懐かしむような表情。仮に本当に何も知らなくて、ルカの思い過ごしだとしても、ミラにあのような表情をさせるハル・ミナミノという者をルカは許すことができない。


 ──ミラ様の傍にも心の中にもいるのは妾だけで十分なんじゃ!!


 ルカはフリフリのロリータファッションとツインテールを揺らしながら、ハルの唱えた2つの魔法を、その場から跳躍して躱すと、そのまま落下しながら、目標であるハルに向かって鎌を振り下ろした。


 刹那の瞬間目があったがもう遅い。


 ──死ねぇぇぇぇ!! 


 だが、鎌は空を斬り、大地に突き刺さる。


 そして、仄かに香るミラと同じ匂い。


「貴様、何者じゃ?」


 ルカは鎌を引き抜きながら質問するが、冷静になるとハルの匂いが鼻腔に広がる。ルカは身体が熱くなるのを感じた。高鳴る鼓動を抑えようと胸に手を当てる。そして今一度同じ質問を尋ねようとしたが、ハルがその質問に答えようとしたその時、


「やめ!やめ!」


 ミイヒルが慌ててルカとハルの間をわかつように入る。


 このミイヒルの行動で助かったのはルカとハルの2人だった。ミイヒルは両手を2人の胸の前にかざし、制止をかけるように広げる。そしてルカを見ながら言った。


「もう訓練は終わりです。流石にレベルが違いすぎました」


「そ、そうじゃな……」


 ルカの素直な反応に少しだけ違和感を覚えるミイヒルだが、加えて言った。


「特待生達を見てください!」


 ルカは立ち尽くすシャーロットとヒヨリ、後ろのオーウェンの表情に暗い影がさしている。自信を喪失させてしまったとルカは思った。


「ぁ……」


 冷静になったルカは特待生達を弱体化させてしまったかもしれないと反省する。そんなルカにミイヒルは続けて責め立てるように言った。


「あの攻撃……私はてっきりミナミノ君を殺してしまったのかと思いましたよ!」


 ルカはハルを見やる。


 相変わらずミラと同じ匂いがする。ハルと目が合うと、ルカは視線を逸らし、唇を尖らせて謝罪した。


「す、すまなかったな……」


 ハルは応える。


「えぇ、大丈夫です。それよりもルカ様に少しでも近付けるよう努力致します」


 ハルの口からルカ様という言葉の響きによって、またしてもルカは身体が熱くなった。


「く、訓練の邪魔をして悪かった……」


 ルカは紅く染まった頬を両手で隠しながら走り去る。


 ──なんじゃあぁぁぁぁぁ!!この気持ちはぁぁぁぁぁ!!妾にはミラ様という尊き御方がいるというのにぃぃぃぃぃ!!!


 左右に肩を入れ込みながら走るルカはどう見ても只の女の子にしか見えなかった。


 ハルは何とか苦難を乗り越えたと思い、その場に尻餅をつく。


 その様子を見たミイヒルは自分の上司に代わって再び謝罪をした。そして特待生達の呆気にとられた様子を見て、ミイヒルは今日の訓練を早々に終了させ、明日に備えるよう指示した。


 それぞれ別々に帰路につく特待生達は今日の訓練で起きたことを思い出していた。ルカと自分達の埋まることのないような差を考えずにはいられない。


 ホームに到着すると、皆自室にこもる。


 ハルはまだ陽も沈まぬ早い時間に夕食の準備に取りかかった。


 ──陽が傾き始めたら、いよいよユリの救出だ。

 

 クロス遺跡まで、どのような道のりで行こうかを考えていると、別の考えが頭に浮かんだ。


 ──ルカの態度がいつもと違っていたな……


 初めて会った時は、子供をあやすような態度だった。そしてハルが騙し討ちをすると果てしなくキレ散らかしていた。2回目もやはり同じような態度であったが、今回は今までよりも冷静だった。


 ──まぁ、敵国として相対していたわけではなかったからな……それか、僕のことを簡単に殺せる相手ではないと思ったか……もしそうなら、今日でよかった。


 ハルは夕食を作り終え、ユリを救いにクロス遺跡へと向かった。

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