第338話
~ハルが異世界召喚されてから2日目の夜~
ぼやけた視界、手足の痺れ、だがどこか心地好い感覚が男を襲う。この男はフルートベール王国の誇る剣聖オデッサ率いる精鋭の1人だ。
男はこのまどろみの中、自分が何故このような状況になったのか整理する。
──確か、訓練を終えて屋敷を出てから、自分の部屋の前に到着して……
そこからの記憶を思い出すことができなかった。
──それよりもここはどこなんだろうか……
視界は闇で覆われている。
──あぁ、これは夢なんだ……
男はそう思うと、どこからか声が聞こえる。
「お前の記憶を見せてくれ」
その声は鼓膜を刺激することなく、男の脳に直接語りかけてくるようだった。
──記憶?記憶……だ、ダメだ。記憶をさらけ出しちゃ……
男は抵抗した。
しかし、再び同じ声が聞こえてくると、男はそれに従うことが至高の喜びのように思えてきた。
「き、記憶を差し出します……」
フェレスの拐ってきた男の頭に手を置くペシュメルガ。その横でフェレスが口を開く。
「思ったよりも抵抗したにゃ♪」
両手を後頭部に回して組んでいる様子のフェレスにペシュメルガは言った。
「抵抗した理由がわかった」
「なんですにゃ?」
「フェレス、お前は何故この男を拐ってきた?」
「ん~、コイツだけ剣聖を恐れていたからですにゃ」
ペシュメルガは顎に手を当てて考え込む。
「この者の記憶には、剣聖が依り代であるルナ・エクステリアを、自室に案内する記憶と獣人の子供を匿っていた記憶があると同時に、帝国の密偵でもある記憶が存在した」
「だから剣聖の強さに恐れてたにゃ♪それにしても獣人の子供を匿っていたのは何故ですかにゃ?」
「単なる気紛れか……それとも……」
2人はしばし黙考した。
先に言葉を発したのはペシュメルガだった。
「誰かに命令されたか……いずれにしろディータの影響を受けていると仮定した方が良いだろう」
「ん~それよりもコイツの記憶をどうしますにゃ?」
「確かに、帝国は剣聖の動きを逐一報告させているだろうな。我々を倒そうと戦争まで起こして戦力を得ようとしているのだ。戦力候補として剣聖オデッサの動向は常に把握してるだろう」
ペシュメルガは拐ってきた者を一瞥し、一拍間を置いてから言った。
「帝国の密偵である記憶を消せば、連絡がないことに不審がることだろう。ならば、剣聖がとった行動の記憶だけを消そうか」
「それって意味ありますかにゃ?結局、王国の誰かから漏れるだけかと……」
「いや、この者の記憶には剣聖が依り代以外と接触している記憶はない。訓練に参加したことも王国側が変に期待して、剣聖の復活を謳ったりしないはずだ。フルートベールからしたら剣聖の機嫌を損ねないよう慎重な策をとるだろう。それに、ここでもし帝国に剣聖の情報が行けば、ディータが何かを仕掛けている可能性が高い」
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<帝国領>
サリエリからの獣人国の内乱の進行が芳しくないとの報告を受け、水晶玉から光が消え行く様を見つめながらマキャベリーは考えた。
──反乱軍の苦戦は予想できる。
それはマキャベリーの想定の範囲内だ。
しかし気になるのはサリエリの態度だった。苦戦をしているにもかかわらずどこか嬉しそうであった。
──獣人国という僻地に飛ばされ、私の考えた作戦があまり上手くいってないことに対する愉悦か……
そう思考していると、次にフルートベール王国魔法学校の教師スタンから連絡が入る。
「スタンさん。少し遅かったですね」
『申し訳ありません。実技試験の報告書を探すのに手間取りました』
「結構です。慎重に進めてくださり、こちらとしては助かります」
『レイ・ブラッドベルの実力は、大したことありませんでした』
「なるほど、他にめぼしい者はおりましたか?」
『いえ、おりませんでした』
「わかりました。それでしたら、明後日の魔法学校襲撃及び、ルナ・エクステリア保護作戦を実行してください」
『承知しました』
マキャベリーは通信を終えると光り消えゆく水晶玉を見つめながら自分の考えを整理した。
──このまま何事もなくルナ・エクステリアを保護できれば、次の天界戦争を有利に運ぶことができる……後はフルートベールの剣聖、オデッサ・ワインバーグを此方にどう引き入れるか……一度挫かせたことで、限界を超える機会はできた筈ですが、上手くいくか……
マキャベリーは再び通信の魔道具である水晶玉に手を翳し、フルートベール王国、剣聖率いる精鋭部隊に所属している密偵と連絡をとった。
『特に変わりはありません……』
少し眠たそうな声が水晶玉から聞こえてくる。
「わかりました。引き続き観察を怠らないようにしてください」
マキャベリーは通信を切った。一日を終えようとしたマキャベリーだが、明日行われる帝国軍事学校の試験がどのように行われるかの進行表が目に入る。そして頭を抱えた。
「ミュラーさん……また誰も受からせないつもりですか」
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~ハルが異世界召喚されてから3日目~
<帝都>
昨日、ポーツマスの城下街を出たハルは急いで帝都を目指した。全速力で駆けた結果、1時間程度到着し、宿屋に宿泊した。
目が覚めたは良いものの、本日行われる軍事学校の入試手続きの仕方等全くわからず、とりあえず試験が催される会場まで足を運んだ。
広大な土地に王国の魔法学校から装飾を除いた無機質な校舎が聳え立つ。
入り口には様子を窺いながら周囲を徘徊している者や、入り口の前で座って座禅を組んでいる者。腕を組んで仁王立ちしている者、壁にもたれ掛かっている者などが目についた。
──なんだろう……入り口付近にいる奴等と周囲を徘徊してる奴等の間に隔たりがある気がするんだが……
ハルは歩いてその隔たり、境界線を越えると2人組の男から声をかけられる。
「オイ!」
2人ともゴワゴワとした黒い髪にハルをなめ腐った目で睨みつける。そっくりな顔立ちは、2人が双子であることの証明だった。
ハルは無視した。
「オイお前!」
今度は先程声をかけた男とは別の男が声を発する。全く同じ声色だった。ハルはもう一度無視する。
──なんでこう何回も絡まれんのかな……
そんなハルに2人はズイと近付いて、叫んだ。
「おめぇだよ!聞こえてんだろ!!」
唾が顔にかかった。ハルは口を開く。
「ううん。聞こえてないよ」
「聞こえてんじゃねぇか!!なぁ兄ちゃん、コイツ殺っちゃう?」
どうやらこのツッコミを入れた方が弟のようだ。
「あぁ、殺っちまうか?試験を受ける前に俺達がお前を審査してやんよ!?」
ハルは自分の背後でヒソヒソと囁く声を聞く。
「クレイ兄弟の試験官ごっこ……」
「あぶねぇ、あの噂は本当だったんだな……」
ハルは思う。
──なるほど、周囲で様子を窺ってたのはコイツらがいたからか……
双子の背後へと視線を送るハル。
「で?君達の試験に合格した人達がそこにいるってわけね」
ハルは崇高な試験の合格者に顎をしゃくって見せた。
「そうだ。試験が行われる前に、俺達が受験生を選りすぐってるってわけよ」
「今、俺達の後ろにいる3人は間違いないぜ。冒険者としても実績のある奴等だからな!」
自慢気に語る双子のクレイ兄弟にハルは問い質す。
「そんなことずっとやってんの?」
「ああ!」
「そうだ!」
「でもおかしいよね?君達、何回も試験を受けては落ちてるってことでしょ?落ちてる人が誰かを選抜するなんて笑えるよね」
それを聞いて、クレイ兄弟だけでなくそのクレイ兄弟から選抜された3人がピクリと反応を示す。
対称的にハルの背後にいる、選抜されなかった者達はクスリと笑う。
双子のおそらく兄の方が口を開いた。
「黙れ、ここ数年のミュラー様の試験が難し過ぎんだよ!」
弟が後に続いた。
「そうだ!本来なら俺達は合格しててもおかしくないんだよ!!」
「ふーん」
ハルは興味なさげに、いなす。その態度が癪に触ったのかクレイ兄弟は魔力を纏い始めた。
周囲は騒然とする。
「おい、やばくね?」
「どうする?」
「いや、無理だろ……」
ハルはあくびをしながらどうやり過ごそうか考えていると、入り口の門が開く。
中から、女を侍らせ、緑色のとんがり帽子を被り、無精髭を生やした優男が出てくる。
「ようこそ皆様!これから軍事学校の試験を……ってあれ?」
ハルは四騎士の1人クリストファー・ミュラーに視線を合わせた。
ミュラーは続けて口を開く。
「なんか揉めてた?折角、格好良く登場しようと思ったんだけどなぁ……」
残念がるミュラーは、侍らせていた女の肩に腕を回して気を取り直す。
「それよりも!揉めてちゃダメよ?だってこれから始まる試験は……」
急に試験内容を公言しようとしたため、集まった受験生達は今までの空気を一新させ、固唾を飲んで聞き入った。
「この僕に一撃を入れることができたら合格なんだからね♪」
ウィンクをするミュラー。
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