第339話

~ハルが異世界召喚されてから3日目~


 恒星テラの陽射しが赤茶けた土を焦がしている。その土の上にはざっと50名程の受験生達が、試験官にして帝国四騎士の1人クリストファー・ミュラーに様々な視線を送っていた。闘志を剥き出しにする者、静かに内秘めた刃を研ぐ者、困惑する者。強者と相対する時、その者の内面が最も浮き立って見えてくる。


 例年ならば1000人を超えるはずなのだが、クリストファー・ミュラーが試験監督をするようになって、受験生達の数が激減している。中級の魔物討伐や受験生同士のバトルロイヤルなど、負傷者や死者が出る中、合格者の数があまりにも少ない。


 受験生達の中には、試験内容に異議申し立てを請求する者もいたが、軍事総司令のクルツ・マキャベリーはミュラーに全てを任せていると回答している。


 しかしこの難しい試験、回数を重ねる度にミュラーの狙いにだんだんと気付く者達が増えてきた。人数は減るが、何度も受験する者達のレベルやステータスは確実に上がっているのだ。


 クレイ兄弟はクリストファー・ミュラーを前に、腹の奥から込み上げる喜びを感じる。


 ──運がまわってきた。


 兄弟はお互い同時に視線を合わせ、目が合う。そして頷いた。


 自分達が最も得意としている戦闘、それは2人が息を合わせて戦う『連携』だからだ。


 ──何度も挑戦してみるもんだな。


 先程気に食わない生意気な少年にイラついていたのが嘘のように、晴れやかに高鳴る鼓動が鳴り止まない。


「そんじゃぁ暑いし、さっさとやりますか?」


 ミュラーの言葉に一瞬の静寂。


「あれ?もう良いよ?かかって来ても」


 受験生達の纏う緊張を一瞬にして緩めた。その緩まった気持ちを引き締めるように、雄叫びを上げる1人の受験生がいる。


 クレイ兄弟の試験官ごっこに見事合格した仁王立ち男オウニは、組んでいた腕を手解き、両腕を腰付近で曲げて気合いを入れる。短く刈り込まれた髪は棘のように、鋭い目付きは魔物のそれのようだ。


 ミュラーはその雄叫びを聞いて顔を少ししかめた。


「うるさっ!」


 その声は本人には届いていない。何故なら大地を蹴りだし、獲物を見つけた暴れ牛のように突進しているからだ。


 オウニの突進を見て、多くの受験生達は気圧される。


「凄っ!」

「はやい!」


 自分達があの突進にぶち当たればただではすまないと想像したが、標的であるミュラーは体重を片足に預けて、だらしなくつっ立ったままだ。


 突進するオウニは、両腕を広げ、ミュラーを捕らえようとしている。姿勢を更に低くさせ、速度を上げ、広げた両腕はミュラーの腰を抱き込むようにしてタックルをするが、想定していたミュラーの感触が全くない。


 オウニはそのまま前のめりとなり赤茶けた土の上に滑るようにして倒れた。


 オウニ含め、受験生達は驚愕する。


「え?」

「すり抜けた?」

「いや、良く見えなかった……」


 ミュラーは背後で倒れたオウニを見もせず、呟く。


「闘牛士にでもなろうかな?それよりも何度でも挑戦して良いから皆頑張ってくれ」


 受験生にそう促すと、背後からオウニが起き上がり、ミュラーの背中に正拳突きを繰り出した。


「おっと♪」


 オウニは繰り出した正拳突きが空を切り、その傍らにミュラーがいることに驚く。まるで、ミュラーが最初からそこにいたような錯覚に陥った。


「やぁ!君見たことあるね?これで僕の試験を受けるの何回目?」


 オウニは質問に答えず、押し黙った。その隙に、受験生達は一斉にミュラーに襲い掛かる。


「そうそう、皆で来たら誰かしら一発入れられるかもしれないね?」


 受験生達はミュラーに勝てる等微塵も思っていない。しかし、もしかしたら何かの拍子に一撃を入れられるかもしれないと、乱闘に持ち込んだ。


 受験生達の波を潜るように、時には流れる水のように動くミュラーは、次々と受験生達の攻撃を躱していく。


 その波にオウニという荒波も加わった。繰り出されるオウニの連打を完璧に躱すミュラー。その間に受験生達はミュラーを囲んだ。しかしそのせいで、オウニの振り抜かれた拳が他の受験生の顔面にヒットする。


「おっと!これは僕のせいじゃないよね?」


 ミュラーは他の受験生に配慮して包囲網から出たが、直後大地に異変を感じる。


「?」


 赤茶けた土は蠢き始める。ミュラーはそこから飛び退き、固い安定した大地へと着地を決めると、先程ミュラーのいた辺りの地面が盛り上がり、地中深くを泳ぐ木の根のようにして隆起し始め、ミュラーに襲い掛かる。


「へぇ~、クリエイトグレイブを応用した魔法ね♪」


 ミュラーはそう呟いて、術者を見やる。


 座禅を組みながら両手を大地につけている受験生ジャギドがいる。肩まで伸びた金髪に色眼鏡を装着して、視線を隠している。魔法による攻撃を視線で読まれないためだろう。


 ──あの子も見たことあるな……


 ミュラーは冷静に分析し、大地から伸びる触手のような土を躱す。


 しかし躱した先には、青竜刀をもった坊主頭の受験生がミュラーに斬りかかる。


「うおっ!躊躇ないね!?」


 武器の使用は勿論許可している。しかし、魔物ならまだしも人間に向かって躊躇いなく刃物を振り抜けるには、それ相応の経験が必要だ。


「君も見たことあるね♪」


 ミュラーは振り払われる青竜刀を難なく躱し続ける。


 他の受験生達は、その刃に巻き込まれないよう、十分距離をとって自分達のチャンスを窺っていた。


 しかし、最初に攻撃を仕掛けた受験生オウニがその戦闘に加わる。


「おっ?」


 ミュラーを挟むようにして攻撃を繰り出す2人。


 ミュラーは前方から振り下ろされる青竜刀と後方から突かれる拳を身体を捻りながら器用に避けると、両側面から触手のように地面から生える土の塊が襲い掛かってくる。


 四方を囲われたミュラーは残った逃げ道、上空へと飛ぼうとしたが、蓋をするようにクレイ兄弟の弟が拳を振りかぶっていた。


「君ら連携が出来始めてるね?」


 ミュラーは何度も試験に挑戦する受験生達を称賛した後、膝を曲げ、超スピードで上空へ飛んだ。クレイ弟を横切るが、弟はにやりと笑みを浮かべる。


 その更に上空には、クレイ兄が待ち構えており、上昇してくるミュラー目掛けて魔法を唱えた。


「食らいやがれ!!フレイム!!」


 ミュラーは微笑み、魔法を唱えた。


「スプラッシュ」


 直下する炎と上昇する水は互いが交わることで爆発する。


 彼らの戦闘を見ていた受験生達は、顔を背け爆風から身を守った。


 ミュラーは爆風に加え、風属性魔法を唱えることで、ふわりと中空を漂い、着地した。


「今のは中々、面白かったよ?」


 爆炎が漂うなか、姿を現したのはクレイ兄弟だった。


「魔法使うなんて聞いてねぇぞ!!」


 ここぞという時まで機会を窺っていたクレイ兄弟は、肉弾戦へと計画を移行し、全力でミュラーに一撃を入れようと攻撃を仕掛けた。


「僕がお兄ちゃんのフレイムを避けちゃったら下にいた子達が怪我するでしょ?」


 そっくりな双子の見分けがミュラーにはついているらしい。そんなミュラーに驚く余裕はクレイ兄弟にはない。


 機会を窺い、ここぞというところで勝負をかけた彼等の作戦が全く通用しなかった。その事実を受け止めたくない2人は自分達の訓練の成果を発揮しようと必死だった。


 兄が上段なら弟は下段に、兄が背後へ回れば、弟はミュラーを前方に止めようと猛攻を仕掛ける。


 しかし、どの連携も悉く躱さ、破られていく。


 SP値が下がったのか、クレイ兄弟の動きが鈍り始めるとミュラーは思った。


 ──ここまでか……


 周囲を見渡すと、自分達よりも格上の受験生達を目の当たりにして戦意を喪失している者達が見える。


「ふぅ……」


 クレイ兄弟の猛攻を躱し続けながら一息付いたその時、触手のように伸びた土が4本、物凄い勢いでミュラーに向かって突き進む。

 

「え?4本まで造れるの?」


 ミュラーは驚いた。初めに唱えた1本の触手よりも現在迫ってきている4本の触手の方が速度も早く、精度と硬度も高い。


 クレイ兄弟の脇の下や、股の下を潜りながら触手のように伸びた土がミュラーに襲い掛かった。


 ミュラーは奥にいる座禅を組んだ詠唱者ジャギドを見て、称賛しようとしたが、先程起きた爆煙により詠唱者の姿は見えなかった。


 触手のように伸びる4本の土をいとも簡単に躱すが、今度は眼前に迫る拳に驚く。


「え?」


 クレイ兄弟の繰り出す拳の速度が増したのだ。


 ミュラーは少しだけ本気の速度を出して躱すが、土による攻撃と連打は止まない。


 ──限界を超えたか?


 ミュラーはその考えを即座に否定する。クレイ兄弟の全身が少しだけ青みがかった輝きを纏っていたからだ。


 ──聖属性魔法か!?


 ミュラーは不敵に笑ってから、辺りを見渡す。


 ──この中に、役者がいるな!?


 聖属性魔法を唱えて、クレイ兄弟達を援護している者が、戦意を失った受験生達の中に潜んでいる。


 ──偶然できたこの爆煙を有効に使っている……


 煙により、聖属性魔法が唱えられたことを悟らせないようにしていた。


 ミュラーは躱しながら冷静に戦況を見定める。そんな時に、青竜刀と新たな拳が加わった。勿論、同様にしてステータスを上昇させて。


 ──うっ、まずい……


 ミュラーは5人による猛攻を凌ぐのに両手を使って、いなし始めた。


 ──一旦、この囲まれた状態から体勢を整えよう……


 しかしこの時、ミュラーの頭の片隅に、この5人以外にもう1人(仮にエックスと名付けよう)、戦意を失わずに戦おうとしている者がミュラーを狙っているという考えが過る。


 ──聖属性魔法詠唱者ならば、コイツらのような戦闘力はない筈だが、油断はできないね……


 ミュラーは一度だけ本気の速度を出して、この乱戦から抜けようと考えた。


 ──もし謎のもう1人エックスの戦闘力が高いとしたら、狙うなら僕がこの乱戦から抜け出して、油断した時だ。


 ミュラーは5人による包囲網から、一瞬にして抜け出した。包囲網を形成していた5人は、突如としていなくなったミュラーに驚いている。


 ミュラーは抜け出した後、わざとよろけた。


 ──襲うなら今だよ♪


 その時、ミュラーは背後から気配を感じとる。即座に振り向いた。


 そこには、手を翳す黒髪の少年がいた。


「君がエックスか!?」


 少年は自分の策が通じなかったことに、さぞ困惑するだろうとミュラーは思ったが、意外にも冷静な目でミュラーを見据えていた。


 ミュラーはもう一度全力のスピードを出して少年から離れようとしたその時、少年が魔法を唱える声が聞こえて、ミュラーは身体を硬直させた。


 困惑したのはミュラーの方であった。


「リザレクションヒール」


 少年が唱えた魔法は広範囲に回復効果のある第二階級聖属性魔法だった。


 硬直させた身体を弛緩させ、ミュラーはとんがり帽子のつばに人差し指を下から上に押し上げ、詠唱した少年の顔をよく見た。


 少年が口を開く。


「一撃入れましたよ?」


 ミュラーは目を見開き、口角を持ち上げ微笑みながら言った。


「あぁ、合格だ」

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