第336話

~ハルが異世界召喚されてから1日目の深夜~


<獣人国 反乱軍本拠地>


 ここは反乱軍の本拠地。木製の杭や柱に布を張った簡易的な天幕に反乱軍のリーダー、モツアルト改め、狐の獣人に扮した帝国四騎士のサリエリの前に側近達3人がひざまずいている。


「明日、バーンズを右軍の将に、ヂートを左軍の将に、ルースベルトを中央軍の将に据えて進軍する」


 サリエリの言葉に3人の側近達は声を揃えて了承の返事をした。


「お前達が侵攻に参加してしまえば一気にかたがついてしまう。だから徐々に敵の士気を下げるよう侵攻するのじゃ」


 その提案に対して豹の獣人ヂートが意見する。


「どうしてですか?もういい加減、ちょいちょいっと殺っちゃいませんか?」


「こら!ヂートなんだその口の聞き方は!」


 虎の獣人ルースベルトが叱責するのをサリエリは諫める。


「フフフ、わかったわい…明日は存分にやると良い。しかしワシも最後は参戦しようと思っておるのじゃ。ワシの分も残して貰わんと、これからこの国を支配するワシの威厳がなくなるじゃろ?」


 おおぉ、と3人の側近達はまたしても声を揃えた。


 サリエリは3人を解散させ寝室へと移動し、ベッドの上に座る。


 はぁー、と今日1日の疲れを吐ききろうとしたその時、


「動くな」


 少年の声が背後から聞こえる。冷酷さを帯びた声だった。


 サリエリは心臓が飛び出そうになった。老人にはよくない声のかけ方である。


 ──どうやってここへ?


 そんなことに構わず少年は続ける。


「僕の話をよく聞いて」


 サリエリはベッドに座ったまま少年の声のする方を瞬時に振り向き、瞬きの間に魔法を唱えた。


「ブラインドネス!」


 サリエリは魔法を唱えた後、臨戦体勢に入るが、声のした方向には誰もいなかった。


 そして、今度は自分の真後ろから同じ少年の声が聞こえる。さっきよりも距離が近い。


「今のは見逃しますけど、次はないですよ?」


 サリエリの表情が強張る。きっと少年にもそれが伝わったことだろう。


 少年はサリエリの首の後ろから手を前へ出して見せた。


「?」


 これから自分の行く末を想像するサリエリは大いに戸惑ったが、少年の掌から青い炎が出現する。


「こ、これは!!?」


「静に」


 興奮するサリエリを落ち着かせようとする少年。しかしサリエリの好奇心は収まらない。


「これは…第四階級魔法の……」


「貴方のことは調べさせてもらいました。帝国四騎士のサリエリ・アントニオーニさん」


 サリエリは驚愕するが、少年は構わず続けた。


「何でも、魔法には目がないとか……」


 少年の狙いがわからないサリエリには黙って先を促すことしかできない。少年は言った。


「もし貴方が僕に魂を差し出すなら僕は貴方の望みのモノを何でも与えます。例えばこの第四階級魔法の習得とか……」


「あああ!!是非とも!!お願いします!!魂でも何でも差し出します!!先の短いこの老いぼれに是非!!ご教授を!!」


 先程、側近達の前での振る舞いを見ている者なら誰しもが老人の変貌ぶりに驚くところだが、少年は変わらず落ち着き払った声で訊ねた。


「帝国四騎士のミラ・アルヴァレスについて知りたいことがあります」


 少年はそう言うと青い炎を消し、腕を引いた。これはサリエリがこちらを振り向いても良いという意味が込められている。


 サリエリはゆっくりと少年のいる方を振り向いた。


 そこにはどこにでもいそうな黒髪の少年が立っていた。その秘められた恐ろし魔力を、長年生きてきたサリエリは肌で感じとる。ゴクリと生唾を飲み込んだ。


 もとより、嘘をつくつもりなど毛頭ないが、サリエリの緊張が少年にも伝わる。


「貴方のことは信用しています。そう緊張する必要もありません。どうか楽にしてください」


 自分の思っていることを悟られたサリエリは、不敬に当たらないよう言葉を選びながらミラ・アルヴァレスについて自分の知り得る限りの情報を話した。


「──つまり、7年前、帝国で起きた皇弟の謀反を沈めることに成功した現皇帝のマーガレットが即位してから、ミラ・アルヴァレスは四騎士に就任したと……」


「はい。その時に暗躍していたのが今の軍事総司令を担っているクルツ・マキャベリーという者でして……」


 少年は老人から吐き出される帝国の情報を次々と咀嚼していく。同じ第四階級魔法を唱えるミラの情報を欲するのは当然かとサリエリは思った。


「四騎士に就任する前の彼女についてご存知ありませんか?」


 サリエリは記憶の底を掘り起こしながら考え込み、口を開く。


「む~……確か前皇帝時代にあったユーゲントに属していたらしいのですが……」


「ユーゲント?」


「えぇ、今でいう学校のようなものです」


「当時のミラについて知っている者は、まだそのユーゲントにいたりしますか?」


「いえ、そのユーゲントも皇弟の反乱の際に攻撃を受け、先生や生徒も皆殺しにあっております。ですが、そのミラだけが生き残ったと聞いております」


 少年は、考え込んでいると、サリエリはとあることを思い出す。


「そう言えば……ユーゲントを攻め込む際に指揮をとっていたのが、当時の四騎士エンゲルベルトという者だったのですが、謎の死を遂げていましたな……」


「そのエンゲルベルトの後釜にミラが就任……なるほど。当時のサリエリさん含めた他の四騎士は、その謀反についてどのような態度を示していたのですか?」


「恥ずかしながら、私目は魔法の研究にいそしんでおりまして、皇弟の謀反には全く関わっておりませんでした。気が付いた時には、既に謀反も沈められておりまして……」


 サリエリは改めて思考を巡らせると、自分が関われなかったのもマキャベリーやマーガレットがそう仕向けたように思えてきた。


「他の四騎士、シドーとクリストファーは静観を貫いておりましたが、おそらくマーガレット側に与していたと言われております」


「言われている、というのはどういう意味ですか?」


「表だって皇弟の謀反を止めようとはせず、その後に即位したマーガレットに付き従っているからです」


 その後、少年の質問にいくつか答えた。そしてサリエリは第四階級火属性魔法を教わった。


「なっ!?第三階級火属性魔法を習得しなくても第四階級魔法が唱えられるのですか!?」


「うん。僕も、第三階級と第二階級をちゃんと覚えずに第四階級魔法を習得しちゃったからね」


「なんと!!」


 この歳になって新しい知識を得ることに喜びを感じるサリエリ。


─────────────────────


「剣聖……フルートベールのか……」


 漆黒のフルプレートを着込んだペシュメルガは玉座に座して、帰還したばかりのエレインを前に呟いた。


「フルートベールがディータの存在に気付いたとは思えんな。差し迫った帝国との戦争に警戒したか……それとも、ディータが今日の為に予防線を張っていたか……」


 ペシュメルガは口にしながら思考まとめていた。


「いずれにしても勘案すべきだな……」


「剣聖諸とも八つ裂きにするべきでしたか?」


 エレインの高く透き通った声が響く。


「いや、剣聖の側近を捕らえて、記憶を辿る方が良いだろう」


 剣聖を捕らえて情報を得る方法もあるが、仮にディータの息がかかっている場合ならば、情報など残っている可能性は低い。また、ペシュメルガを誘き寄せる為の罠である可能性も高い。


「結局強大なエネルギーの要因もわからないとなると、目立った動きはしにくいな……念のためエレイン、お前は一度ここにとどまれ。変わりにフェレスをフルートベールに送り、調査させろ」


 エレインは承諾する。


─────────────────────


 ふぅ、と安堵をもらすのは、フカフカの椅子に腰を預けた神ディータだ。


 無事、自分の依り代の安全を確保できたようだ。


 ディータの正面には長方形のモニターが据え置かれており、依り代であるルナと剣聖オデッサ、獣人のフィルビーがそこには写っていた。


 過去にMiraがこの世界に召喚された際、莫大なエネルギーを消費した為、依り代であるルナに乗り移る力がなかった。今回HALが召喚されるに当たってペシュメルガが襲ってくるのを覚悟していたが、HALがそれを事前に回避するよう対策を練ってくれていたようだ。 


「上手く剣聖を諭すことができたようだね。それにしてもHAL、君のそのレベル……一体どれだけ同じ日々を過ごしたらそうなるんだい?」


 モニターに写し出された映像は、サリエリに魔法を教えるハルに切り替わっていた。

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