第335話

~ハルが異世界召喚されてから1日目~


 ルナは会議室から、夜空になりかけた紫色に染まる空を見て、溜め息をつく。半月後に開戦する帝国との戦争を思うと憂鬱になる。作戦の会議に参加するだけでも、精神的にダメージを負ってしまう。


 戦地プライド平原を模した盤上に、軍に見立てた駒を使って展開していく。いとも簡単に廃除されていく駒は、人間の命だ。


 倒れた駒を眺めては、その中で何人を救うことができるのかをルナはついつい想像してしまう。


 そして、自軍の最も守りが固い所にある駒。自分の駒を見つめるルナ。もう一度、逃避するように空を見上げる。すると、恒星テラは沈み、完全に暗くなった夜空に浮かぶ衛星のヘレネが青白く輝いていた。


 その青白さは血の気を失った死体のように見える。ルナは目を瞑ってその不吉な創造を振り払うかのように首を振る。


 それを合図にしてか、ようやく軍の会議は終了した。


 ──これで、ようやく帰れる。


 有力貴族と魔法学校長アマデウスと軍師オーガストが会議室をあとにするのを見送ってから、ルナは部屋を出た。


 中の会話を聴かれないよう防音で仕立ててある重たい扉を閉めてルナは家路につこうとしたその時、声をかけられた。


「ルナ・エクステリア殿」


 厳かにして、真っ直ぐな女性の声。


 ルナは声のした方を振り向くとそこには、剣聖オデッサが腰に長剣を据えて立っていた。


「えっと、私に何かご用ですか?」 


「貴方を保護するため、私の屋敷に同行していただきたい」


「……何故ですか?戦争ならまだ半月も先で」


「不安因子がこの王都で確認された」


「不安因子とは……?」


「それは──」


 オデッサは魔の森でハルとの一騎討ちを終えてから、ルナの元へやって来た。ハルに言われたことをいくつかルナに答える。


 突然のことに戸惑うルナだが、その声色と同様、真っ直ぐな視線でルナの目を見据えるオデッサにルナは首を縦にふって頷く。


「わかりました」


 ルナはオデッサについて行き、彼女の屋敷へと向かった。


─────────────────────


 日が沈んで間もなく、王立図書館にいるフレデリカは閉館に向けて本日最後の仕事に取りかかろうとしていた。


 図書館に誰もいないかを確認しながら、幾つかある閲覧室に鍵をかけていくが、誰もいない筈の閲覧室の机に本が二冊ほど放置されていたの気付き、溜め息をついた。


「もう!なんで元に戻さないかな!?」


 閲覧室を利用する際の注意事項が記載されている看板にアンダーラインを引こうと決意した。


 放置された二冊を手に取る。


 タイトルは『竜の王ペシュメルガ』


 ──これ、学生の時よく読んでたな……


 誰もいない静かな図書館で、フレデリカは希望に満ちた自分の学生時代を思い出した。


 大魔導時代に活躍していたペシュメルガについてのこの本を捲るとあの頃の思い出が甦ってくるみたいだ。


 ヴァンホーヴェンが書いた『竜の王』を更に事細かく記した内容になっている。遺跡で発掘されたモノや壁画に基づいて、最もペシュメルガの人物像を鮮明にした本としてフレデリカは認識している。


 ──って!何思い出に浸っているの!?


 本を放置するような不届き者と話が合うんじゃないかと一瞬思ったが、その考えを直ぐ様振り払う。


 そして、もう1つの本のタイトルを見た。


『レガリア・レガリエの功績』


 聖王国で活躍していたレガリアについての様々な功績を記した本だ。レガリアの発見した事柄は、当時神の冒涜として扱われ、数多の裁判を経て、変死という形で彼女の人生は幕を閉じた。

 

 ──さっきの本と全然毛色が違うじゃない!


 心の中でツッコむフレデリカは、何気なくその本のページを捲った。すると、ミケランジェルという画家の描いた有名な絵『人族の創造』の挿し絵に目がいった。


 挿し絵の付近に羅列されている文字を読むと、この『人族の創造』で描かれている神ディータに指をさされている筋骨隆々の男性が勇者ランスロットのパーティーメンバーであった戦士モーントであると考察されている。


「え!?そうなの!?」


 フレデリカは閉館の仕事を忘れ、夢中になって本を読んでいると足音が聞こえてきた。


 本から顔を上げて、足音のした方を見やると、そこには身なりの良い少年とフードを被った小さな女の子が立っていた。


「え!?」


 フレデリカは声を上げて驚くと、少年は声を発する。


「あ、もう閉館ですか?」


 少年の手には『帝国の歴史』という分厚い本が握られていた。


「え、ええ……」


 フレデリカは勉強熱心な少年に対して不届き者というレッテルを直ぐに剥がした。


 少年は少し残念そうにして呟く。


「そっかぁ……」


 少年は持っている本のページをパラパラと捲り始める。そしてフレデリカに質問した。


「あのぉ、いま帝国の歴史と四騎士について調べているんですけど、昔のことしか書いてなくて……例えば今の四騎士、特にミラ・アルヴァレスっていう人について知りたいんですけど、何か知ってますか?」


 質問されたことに関して考えるフレデリカ。頼られると力になりたいと思う性分なのだ。


「えっと、若くして四騎士に任命されたことで話題になってたけど……」


 昔のことを思い出しながら話すフレデリカに少年は遮るようにして訊いた。


「それって今から何年前の話ですか?」


「ん~と、前皇帝が倒れた後だから……7年ぐらい前かな?」


「7年前……やっぱり四騎士の1人に話を聞くのがベストか」


 少年は考え込みながら、そう呟いた。


「四騎士?」


「あっ!なんでもないです」


 少年はそう言って、フレデリカの持っている2冊の本を受け取ろうとする。


「それは僕とこの子で元あったところへ返却します」


 しかしフレデリカはそれを断った。


「これは私の方で片付けておくわ、貴方達はもう帰りなさい」


 少年と小さな女の子は礼を言って図書館から出ていく。少年の方が振り返ってフレデリカに手を振りながら言った。


「ありがとうフレデリカさん!また来ます!!」


 フレデリカは笑みを浮かべながら手を振り返した。


 少年達の姿が見えなくなると、フレデリカは疑問を抱く。


「あれ?私、名前教えたっけ?」 


─────────────────────

 

 エレインは、疑問を抱く。紫色のドレスが衛星ヘレネの光を受けて、艶かしく輝いた。


 ──おかしいわね……


 エレインは白く細い指を顎に当て、考え込む。


 彼女の役割はルナ・エクステリア、つまりは神ディータの依り代を殺害することだ。


 普段のルナはただの娘であるが、この世界が危機に陥る時、或いは彼女が危機に瀕した時、真の姿を現す。姿と言っても、彼女の人格は独立しており、その身体をディータが乗っ取るだけにすぎない。


 過去に一度だけ、神ディータの力が著しく弱まる瞬間があった。今はなきドレスウェル王国の方で何か、とてつもなく大きな力が働いた後に起こったらしい。その後ルナからディータの力を感じなくなったと当時のペシュメルガは言っていた。


 そんな千載一遇の好機を逃してから、ペシュメルガは世界とルナの観察を怠らなかった。そして今日の正午に、過去と同じ様な力がフルートベール王国周辺で起きたようだ。そしてやはりディータの力が弱まっている。


 その好機が正に今なのだが、予測していたルナの行動に齟齬が生じる。


 エレインはペシュメルガからルナ殺害に伴って違和感を抱けば、直ちに退却して構わないと言伝てを貰っている。もしここでルナを殺しても、ディータはまた別の依り代を探すだけだからだ。ただその違和感が何かを正確に伝えるのが義務付けられている。


 エレインは剣聖オデッサと共に城から出るルナを観察した。


 ──あれは、フルートベールの剣聖様……


 エレインは剣聖とルナが人気のない路地裏へ行けば、剣聖諸とも殺害しようかと企てる。にやつくエレインだが、直ぐにその笑みは消えた。


 2人は路地裏はおろか、ルナの寝泊まりする教会へ向かわず、反対方向へと歩きだしていたからだ。 


 人通りの多い道の先には、剣聖オデッサの住まう屋敷がある。


 ──何故今日になって護衛を?まさか、聖女ルナが神の依り代だと気付いたか?


 帝国もすでにルナの正体に気付いているため、フルートベール王国もそれに気付く可能性は十分にある。


 レガリア曰く、神ディータの依り代の共通点として月という意味の言葉が名前に入っているとのことだ。


 ──どうする?ここで殺るか?


 エレインは周囲を見渡す。夜の街は賑わい、酔っている者達が辺りにたくさんいる。


 ──サナトスが小規模で障壁を発動させているならば……


 エレインは鉄扇を取り出した。


─────────────────────


 日々のストレスを発散させるため、酒をあおる者達が辺りを埋め尽くす。


 オデッサは今日起きた出来事を思い出しながらルナの護衛をしていた。


 突如として現れた少年ハルとの一騎討ち。


 自分と少年ハル以外は誰もいない。魔の森での出来事。


 自分よりも強い者と戦うのはこれで2度目だ。


 しかし、今回の相手は自分の何が良くないのか的確に指摘しつつ、改善案を出してきた。そして、共に戦ってほしいと諭された。


 オデッサは自分よりも強い者と共に戦う経験などしてこなかった。幼い時から自分よりも強い者がいなかった。それ故、誰かに頼られることしかなかった。自分がフルートベール王国を救わなければならないと半ば、洗脳されながら育ってきたのだ。そんなオデッサにとって、ハルの存在は大きい。


 ──自分が負けても、ハルがいる……


 そう思うだけで、オデッサの気が楽になった。


 えも言われぬ解放感から、オデッサは酔っ払いがフラフラと歩いているこの夜の景色でさえ、特別な意味に満ち溢れているように思えた。


 すると、背後から背筋を凍らす視線を感じる。オデッサは勢い良く後ろを振り向く。


 敵意を向けている者はいない。


 側にいるルナは、オデッサにつられて後ろを振り返り、不思議がった。


「どうしました?」


「いや、何でもない」


 オデッサは今一度、自分の任務に徹し、住まいである屋敷にルナと共に入った。

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