第331話 大切な人
~ハルが異世界召喚されてから23日目~
横殴りの雨のように突かれるレイピア。それを一突き一突き見極めながら躱すレガリア。そんな攻防を一刀両断するハルの攻撃をレガリアはまたしてもヒラリと後方へ飛び、躱す。一定の距離を置いて着地したレガリアを見てハルは言った。
「僕とやってた時と動きが全然違う……」
「お前の攻撃は予備動作が著しいからな。そこを観察されているのだろう」
ミラはレガリアの動きを見て、そう分析する。
「え?予備動作?」
「そうだ」
「どうして今まで指摘してくんなかったの!?」
「お前は敵だったからな」
うっ、と尻込むハルだが、ミラの言葉に引っ掛かりを覚える。
「敵だった……ってことは今は」
「戦闘に集中しろ」
「ぅっ……立ち直るの早すぎだろ……さっきまで縮こまってたくせに……」
ミラは頬を自分の髪色と同じく染めあげる。
「だ、だまれ!!」
「やっぱり可愛くない……」
「か、可愛くないとはどういうことだ!?」
2人のやり取りを見て、レガリアは告げる。
「あの~…そろそろわかったと思うけど、私まだ本気だしてないんですよ?だからそろそろ諦めて大人しくして貰えませんかね?」
2人は言い合いを止め、同時にレガリアの方を向いて答えた。
「「断る!!」」
2人はレガリアに向かって突進した。
鐘の音がミラの心を恐怖で埋め尽くしていた筈だった。焦点が合わなくなり、動悸が襲う。内臓を握られ、その場から一歩でも動けばそれを握り潰されると思考が警告していたのに今では、隣にいるハルを感じられる。
血の気が引けていたミラの身体を血液が巡る。全身を駆け巡る血液はそのまま運動能力を向上させ、ミラに今までにないスピードをもたらした。
「っ!?」
予想外の速度で驚くレガリア。
顔面目掛けて突かれたレイピアを、レガリアは金色の杖で弾く。今までその身一つで攻撃を躱し続けていたが、とうとう手に握る武器を使いだしたのだ。
そこへすかさずハルが覇王の剣を振り下ろす。
「くっ!?」
レガリアはもう一度、今度は杖の底である杖先を覇王の剣の側面にぶつけて弾いた。
ミラはハルが予備動作を悟られまいと慎重に、それでも素早く攻撃しようとしていたことに笑みを溢す。
そんな自分にミラは驚いた。
誰かの指導を頼まれたことはあったが、それは彼等が自分の身を守るためのもだ。そこには何の感情もない。結局、その場で指導したとしても、何年も繰り返し反復しなければ身に付くことはない。それは彼等次第であり、ミラは余計な期待や感情を持ち込んでいなかった。
いや、持ち込まないようにしていた。
その人を守るために。
このダンジョンにきてハルに刺突を教えた時も、やはり何の感情も沸き起こさなかった。しかし今、強大で、不気味な相手に絶望しながらもハルに希望を見出だしていた。
呪われた運命から、自分を救いだしてくれるのではないかと。
ミラは刺突を繰り出し、相手が杖をぶつけようとしたその一瞬を狙って、もう片方の手でレガリアの杖を掴んだ。
「いまだ!!」
ハルに合図するミラ。
レガリアはハルを見やる。魔力を纏ったハルが掌から魔法を放出しようとしていた。ミラに掴まれた杖はピクリとも動かないことを悟ったレガリアは、杖から手を離し、距離をとろうとしたがもう遅い、ハルの掌から黒い炎が顕現していた。
「鬼火!」
見事レガリアに命中した黒い炎は対象を一瞬にして炎に包んだ。まるで闇属性魔法をかけられたかのように闇に覆われるレガリアをミラとハルは肩の力を抜きながら眺めていた。
ミラは無意識に杖から手を離す。カランと乾いた音がダンジョン内にこだました。
鐘の音が聞こえて初めて誰も失わずに乗り越える事ができた。
無言になるミラにハルは近付き、喜びを分かち合おうとしたが、ダンジョン内の空気が重くなる。これは強敵を前にして感じる空気の重さとはまた異なる。自分の体重がただ重くなったという感覚だった。
ハルとミラは燃えゆくレガリアをもう一度見た。轟々と燃える黒い火の中で笑い声が聞こえる。
「ハハハハハハハハ!全くこの魔法を使うことになるとは!!」
地面に転がった杖がレガリアの元に引き寄せられ、レガリアの手におさまった。
杖の先端に取り付けられている球体が光ながらグルグル回り始める。
レガリアは詠唱した。
「常闇」
レガリアを覆っていた黒い炎は、抵抗しながらも、しかし一ヶ所へと集約される。レガリアの掌におさまった黒い炎を彼女は握り潰した。指の隙間から黒い湯気が方々に四散する。
「そんな……」
力を抜いた肩を更に落としながら、ハルは呟いた。
「ハハハハハハ!この魔法はあのお方を除けば私しか唱えられない特別な魔法なの」
レガリアは主人と思しき者を愛おしそうに語った。
「皆この魔法の概念を説明しても理解できなかった。私とあのお方しか理解できない特別な魔法……闇属性魔法はね、第七階級以上になると、とある概念が必要になるの」
自分と主人だけが理解し合える。唯一の接点。レガリアは恍惚たる面持ちで言った。
「この世界には、目に見えない力で覆い尽くされている……きっとわからないだろうけど、この世界は球体でできているのよ?」
レガリアは自分の発見したことを聞かせるが、ハルはポカンとした表情を浮かべていた。
「フフフ、理解に苦しむわよね?別に良いわ、誰も理解してくれなかったもの……これはあのお方と私だけの秘密ということに……」
「知ってるよ?」
予想外の一言にレガリアの気持ちが冷える。
「でまかせね。全く、そうやって私から情報を引き出そうとしている」
「いや、知ってるって。重力の話でしょ?星が自転してる遠心力とかによって引き起こされるやつ。あと質量によって時空すらもねじ曲げる……なんだっけ?相対性理論とか?」
「……」
ハルは黙りこくったレガリアから視線をミラへと移した。
「私も、知っている……万有引力のことだろ?」
「……」
レガリアは下を向き震え始めた。
この時、ハルの頭にアナウンスが聞こえる。
ピコン
『キーワードを知覚・認識した為、解読が行われます。解読には10分程かかります』
──このアナウンスは……
ハルの脳内に明るい兆しが舞い降りた。
あと少しで戻れる。しかし気になることがあった。ハルは再びミラに視線を向けた。
──地球では当たり前のことかも知れないけど、なぜミラが重力について知っているんだ?
ハルが尋ねようとしたその時、ハルの両肩に巨大な岩が落ちてきたかのような重みを感じる。足はダンジョンの床にめり込み、立っていられない。ハルとミラは思わずその場にしゃがみこんだ。しかし気が付く、一度膝を折ってしまえば、立ち上がるのが非常に困難であることに。
「ミラ、大丈…夫?」
重さに耐えながらハルは問い掛ける。
「ぁあ…だが……」
ミラはこの重力をもたらしたレガリアを見やると、立ったまま俯き、肩で呼吸をしていた。
「…てんだよ……」
「え?」
ハルもレガリアを見ていた。彼女が何かを呟いている。
「なんで、知ってんだよ……なんで知ってんのかって訊いてんだよ!!」
レガリアはドンと杖をついてハル達に問い質す。ハルとミラに掛かる重力が更に強まった。
「う……」
「くっ……」
重さに喘ぐ2人を見下ろしながら、レガリアは言った。
「あぁ、私とペシュメルガ様を繋ぐ唯一の価値観が……クソ、クソクソクソ!!」
──ペシュメルガ?……それよりもやばいな……
ハルは思った。しかし、あと少しで戻れる。ハルは時間を稼ぐ作戦に出た。
「い、いや詳しくは知らないんだ……そういう概念があるってだけで……」
「私は、正しい主張をしていたのに……処刑されたんだ!」
レガリアは目を見開き、得も言われぬ感情を噛み締めた。
「ああ!……その概念は正しい!僕は賛同するよ!」
「そう言って、あのお方は私をこちらの世界へと誘ってくれた……あのお方との唯一の接点が……お前らさえいなければ!!」
レガリアは杖をハルとミラに向ける。
「賛同したらしたで、キレるのかよ!」
ハルの作戦は音を立てて崩れた。
──クソ!錬成……
ハルは筋力を上昇させ、普段の何十倍もの重力化で立ち上がり、剣を構えた。先程第七階級魔法を唱えたせいでMPも残り僅かだ。
「ほぉ、だが立っているだけでやっとだろ?」
レガリアは駆け出す。
──早い!
ハルは錬成に錬成を重ねて、レガリアの杖による攻撃を弾き返した。
しかし、違和感を覚える。レガリアの攻撃があまりにも軽すぎた。お互いに掛かる重力の値が違うせいかと思ったが、どうやらそうではない。レガリアの狙いはミラだ。
もはやレガリアには足止めのことなど遠い記憶でしかないようだ。
──ミラを助けなきゃ……
ハルの脳裏にそんな言葉が、万有引力によって引き寄せられたかのように落ちてきた。
──あれ?過去にもそんなことあったような気が……
そんなハルの気持ちを知らず、ミラは向かってくるレガリアを見て満足していた。
──充分戦った……
レガリアの持つ杖の底がミラの胸に向けられた。ミラは最後にハルを見た。
──お前と共に過ごせてよかった……
そう思った瞬間、ハルが姿を消す。
そして、ミラは自分とレガリアの間にハルがいることに気が付いた。
「ハ…ル?」
杖の底はハルの胸に突き刺さり、ハルは夥しい量の血を流して崩れ落ちた。
ミラはハルの身体がダンジョンの床につく前に抱き上げ、見つめる。しかしその焦点は虚ろだ。
──またしても、失ってしまった……
ミラは無意識に想像していた。
自分の身体に、死人達が群がり、糾弾し始めることを。
『お前は幸せを望んではいけない』
『お前がいなければ私は生きていられたのに』
『お前さえいなければ……』
群がる死人達により視界を闇に覆われるミラ。しかし、一筋の光を垣間見る。
ミラはもがきながら、その光に突き進んだ。そして声が聞こえる。
『君が、幸せになりたいと願うなら僕が全力で応援する。君の心が折れて倒れそうになったら僕が手をかすよ』
ミラの覆われていた視界は光を取り戻した。横たわるハルが咳き込みながら弱々しく息をしていたのだ。
「ハル!」
ハルは懸命に目を開け、自分を抱きかかえるミラを見て呟いた。
「ミラ……」
「ハル!ハル……」
ミラはハルの名前を呼びながらようやく思い出す。幼かった頃、ハルに命を救われたことを。
──あぁ、これでお前に救われるのは何度目だろうか?
ミラはハルを優しく横たわらせ、立ち上がった。
「今度は、私がお前を救うよ」
レガリアに向き合う、ミラは先程まで立つことも出来なかった重力を、今はものともしていなかった。
レガリアは血に染まった杖の底を振り払いながら口を開く。
「なんだぁ!?まだ生きてんの?全く……まぁ良い、後はお前だけ──っ!!」
レイピアの先端が眼前に押し寄せてきた為、レガリアは会話を中断した。レイピアが頬を掠める。
「はっ!?」
レガリアは重力を操る第八階級闇属性魔法『常闇』を唱え続けていたせいで、MPが残りあと僅かだった。しかし、今ここで『常闇』を解けば、ミラの刺突を躱すことなどできはしない。
ミラはまるで普段通りの、いやそれ以上の動きを何十倍もの重力化で見せていた。
攻撃の手を緩めないミラは燃えゆく教会、魔物に襲われ炎に囲まれた町、爆炎により崩れ去るユーゲントの中、自分の親しい者達が死んでいくのを震えながら見ている自分が脳裏に過った。
──だが、今は違う!
あの頃よりも力を付けた。
ミラの刺突がレガリアの召しているローブ越しに肩を貫く。
「くっ!!」
攻撃する度に加速するミラにレガリアは対応できないでいた。
──この力は何のために身に付けた!?呪われた運命に抗うため?いや違う!
ミラの脳裏に今まで出会った人達の笑顔が過る。
「大切な人を……守るためだ!!」
炎にまみれた過去は変えられない。だったらそれを焼き尽くすだけの熱い願いを。
ミラは気が付けば魔法を唱えていた。
ハルと同じ黒い炎の魔法を。
黒い炎は円環をなして、レガリアを囲んだ。
「この魔法は…煉獄……」
レガリアは射ぬかれた肩を押さえながら呟くと、その言葉を最後に焼失した。
レベルアップと新しい魔法を習得したアナウンスがミラの頭に流れるが、ミラは構わずハルに近付く。
「ハル!」
意識が朦朧としながらハルは呟く。
「ミラ…ちゃん…どうして泣いてるの……?」
「…ハルくんが生きているからだよ」
ミラはくしゃくしゃになって涙を流しながら笑顔を向けた。
ハルはこの笑顔を知っている。
昔、この世界に来る前、海だったか、川だったかで溺れた少女を助けたことを思い出していた。
「ミラちゃんが生きていて僕も嬉しいよ……」
ゴーン ゴーン
1日目に戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます