第332話

~ハルが異世界召喚される12年前~


 5歳のハルは父の南野ケイと母の南野アイに連れられ、川でバーベキューをしていた。南野家の他に父ケイの研究仲間達がそれぞれ家族を連れている。


 大勢の大人達に囲まれたハルは、居心地を悪くするも、同い年くらいの女の子を見つけてホッとしたものだった。


 ハルはその子に声をかける。


「僕はハル。君の名前は?」


 赤い髪色が美しく輝く女の子はハルに笑顔を向けて答えた。


「私は、ミラ!」


「ミラちゃんね!」 

 

 ハルは握手を求め、ミラはそれに応じた。


「ハルくんね!」


 2人は肉と野菜の焼ける良い香りそっちのけで遊んでいた。大人達の股を潜り抜け、川に足を突っ込んで、その冷たさに身体を震わせた。石を拾っては川へ投げたり、岩と岩の上を飛び移ったりしては大人達をハラハラさせていた。


 大人達の気もそぞろになり出した頃、川で一匹の魚を見つけたハルとミラは、その魚の行方を追い、下流へと足を運んだ。


 透き通った川の水は魚を鮮明に写し、手を伸ばせばつかまることができそうだった。


 ミラは気が付けば魚をとらえようと手を伸ばしていた。川に手が触れると、思いの外、川の流れが早く腕を引っ張られた感覚に陥る。


 体勢を崩したミラは川へ静かに入水し、下流へと流されてしまった。


「ミラちゃん!?」


 息も出来ず、川の流れる力によって身体が上手く動かない。足が川の底に付かない恐怖も相まってミラはパニックに陥った。


 ハルは流されていくミラを陸から懸命に走って追いかけ、ミラを追い越すと川縁から手を伸ばしミラを掴まえようと試みた。


 チャンスは一度きり。


 見事、流れてくるミラの手を何とか掴み、踏ん張るが、川の流れとミラの重さに耐えきることができず、ハルも川に落ちてしまう。


 流されながらもハルはミラの手を離さなかった。溺れるミラを抱きかかえ、少しでも呼吸が出来るように上へ持ち上げようとするが、持ち上がらない。


 もがくミラを落ち着かせようと、ハルはミラを強く抱き締めた。


「大丈夫!ミラちゃんは僕が守るから!」


 その時、陸から大人達の声が聞こえた。


 ハルはミラを水の抵抗を受けながら陸の方へと押しやる。ミラはとうとう大人達に救出されたが、ハルはまだ川の中だ。


 ミラが救われた安心感と体力の消耗によりハルは流されていく。ハルは流れる川の音が耳に残る中、意識を失くした。

 

「……ハルくん!……ハルくん!!……」


 ミラの泣きじゃくる声が聞こえる。


 ハルは重たい目蓋を開け、ぼやけた視界から自分を覗き込む者達が見えた。


「よかった。ハルくん」


 次第に鮮明に写り始める視界に、泣きながらも喜ぶミラの後ろでハルの両親が安堵しているのが見えた。


 ハル達の命を奪おうとした川の流れは静かに聞こえる。 

 

「ミラ…ちゃん…どうして泣いてるの……?」


「…ハルくんが生きているからだよ」


 ミラはくしゃくしゃになって涙を流しながら笑顔を向けた。


「ミラちゃんが生きていて僕も嬉しいよ……」



~ハルが異世界召喚されてから1日目~



 いつもの路地裏でハルは涙を流し、過去を思い出した。


ピコン


解読が完了しました。スキル莠コ菴薙�莉慕オ�∩=『惑星の概念』を習得しました。


ピコン


スキル『惑星の概念』を習得したことで

無属性魔法『錬成Ⅲ』を習得しました。よって習得していた錬成Ⅱは錬成Ⅲに統合されました。


ゴーン ゴーン


 路地裏へと再び戻った。


 

~ハルが異世界召喚されてから4日目~



<帝国領ダンジョン内> 


 前方を4つの大きな腕を有するギガンテス、後方を炎を帯びた液体状の魔物フレイムスライムと俊敏な動きが特徴的な緑色の魔物グリムウルフに囲まれている4人パーティーがいた。


 4人は無言で各々が討伐する魔物と向き合う。


 グリムウルフが咆哮を上げながら大地を蹴り、牙を剥き出しにして突進してきた。


 迫り来る魔物を見ても表情を崩さない少女ヒヨリは弓を勢いよく引き絞ったことにより、眉の上で真っ直ぐ切り揃えた髪をなびかせながら、魔物の眉間に向かって矢を放つ。


 弦が弛緩することによって、今度は髪が逆方向になびいた。矢は真っ直ぐ、グリムウルフに向かっていくが、その魔物はスピードを落とすことなく、身体を傾けて矢を躱した。


 そして、ヒヨリに向かって飛び掛かる。


 ヒヨリはやはり表情を変えず、矢筒から矢を取り出して矢じりに近い部分をしっかりと握って、グリムウルフの突き出た口を躱し、赤く光った目に矢を突き刺した。


 痛みに喘ぐグリムウルフを地面に叩き付けるとヒヨリは言った。


「オーウェン、いま」


 しかしパーティーメンバーのオーウェンはやって来ない。ヒヨリはもがく魔物から目を離し、後ろを見た。援護を期待したオーウェンはギガンテスに向かって行ったようだ。


 ヒヨリはため息をつくと、もう1人のパーティーメンバーであるアベルがグリムウルフに止めを刺した。


 それとほぼ同時に、フレイムスライムが第二階級火属性魔法のファイアーエムブレムを唱えようとしていたところ、パーティーメンバーのシャーロットが第三階級水属性魔法のアクアレーザーを唱え、魔物を仕留めていた。


 残るはギガンテスだけだ。


 ギガンテスに向かうオーウェンを見てシャーロットは腰に手を当てて呆れたように眺めている。


 オーウェンは魔剣フレイムブリンガーを振り回し、四つ腕による猛攻撃を掻い潜っている。ギガンテスの顔面に剣が届く距離まで近付こうと跳躍すると、ギガンテスの2つの内1つの右腕がオーウェンを叩き落とそうとしていた。


 オーウェンは向かってくる拳にフレイムブリンガーをぶつけ、受け止める。


 すると、今度は2つの内1つの左腕がオーウェンを襲う。


 この時、アベルの身体がピクリと動いた。


 しかし、オーウェンはフレイムブリンガーを握っていた片手を離し、それを迫り来るギガンテスの左腕に向けて唱えた。


「フレイムランス!」


 ギガンテスの左腕が炎の槍によって焼失すると、オーウェンは受け止めていた右腕を足場にして、更なる跳躍をし、ギガンテスの顔面目掛けて魔剣を振り下ろす。


 しかし、ギガンテスの残る腕によって捕らわれてしまった。 


「くそ!」


 魔力を纏ってギガンテスを焼き殺そうとするオーウェンだが、アベルが瞬時に間合いを詰めて、ギガンテスの股から剣を斬り上げ、両断する。


 捕らわれていたオーウェンは力を失った手から解放され、アベルに詰め寄った。


「おいおい!俺の獲物をとるなよ!!」


「すまない」


 アベルが謝罪すると、シャーロットが水色の髪を揺らしながらオーウェンに言った。


「もっとみんなのこと考えな!?MP使いすぎて足手まといになるとこだったんだから」


 ダンジョン内においてパーティーで行動する際はバランスが重要だ。 


 たった一度の戦闘ならばMPをふんだんに使うことができるが、行きと帰りの魔物とのエンカウント率を考えると節約しながら進まなければならない。本来アベルの剣術でギガンテスは倒せた。オーウェンがMPを無駄遣いする必要がなかったのだ。


「うるせえ!俺がギガンテスを倒せばレベルが上がって全回復できたんだよ」


「そんな賭け事みたいにしてダンジョン攻略しないでって言ってんの!!」


 睨み合う2人。その中にヒヨリも参戦した。


「オーウェンはミラ様に対抗しようとしただけ……」


「うっ……」


 ミラがまだ8歳の時に1人でギガンテスを倒したことをオーウェンは知っていた。同じ炎を操る者としてはどうしても越えたい存在だった。


「ミラ様に対抗してどうすんの!?あの人は特別なの!」


「お、俺だって特別だ!」


「あのお方はもっと特別なの!!魔法詠唱者でもないのに第五階級魔法なんて……私には無理」 


 シャーロットの言葉にオーウェンは鼻で笑う。


「フン。無理だと思ってるからお前はその程度なんだよ!」


 シャーロットの目が険しくなる。そして潤み始めた。オーウェンは自分の発言を後悔し、ヒヨリは心配そうにシャーロットを見つめるが、そこにアベルが重たい口を開いて3人の間に割って入る。


「さっさとここから出るぞ。総司令から夕暮れまでにホームに戻るよう通達を受けているんだ」


「けっ!」


 オーウェンは他の3人を置いてダンジョンの出口に向かって歩みを進める。


 アベルもそれに続いた。ヒヨリは下を向くシャーロットを気遣いつつも先へ急いだ。


 この4人は帝国軍事学校の特待生達だ。軍事学校は元々鮮血帝時代からあったが、特待生制度はマキャベリーが軍事総司令へと就任してから発足された。特待生の実力は大人顔負けであり、帝国以外の他国へと赴けばその国の最高戦力となり得た。4人は残り1年共に過ごし、卒業後は帝国四騎士の直属護衛に就任する予定だ。そしてゆくゆくは彼等が四騎士となって帝国を安寧に導くとされている。


 しかし、既に4人と同い年のミラ・アルヴァレスが四騎士の座についていることから、残る3つの席を4人が争うこととなった。つまりは、共同生活をしつつも、お互いがライバルであることから、ヒヨリはシャーロットに言葉をかけなかった。いや、かけたところで何の足しにもならないのを彼女は知っていた。また、オーウェンに至っては自分の上位互換であるミラ・アルヴァレスに追い付く為に毎日が必死だった。


 4人は時間通り、自分達のホームに着くと既に来客がいることに驚く。


 4人の共同スペースに佇む2人。1人は玄関に近い所に立ち、もう1人はソファから立ち上がり、帰ってきたばかりの4人を見据えている。


 玄関近くに立っている者は衛兵だ。おそらく軍事総司令からの命令で先程迄ソファでくつろいでいた者を連れてきたのだろう。


 衛兵は口を開く。


「今日から、新たに特待生に加わることとなった者を紹介する」


 衛兵の一言によって4人は驚愕した。そんな4人の反応を無視して続けようとする衛兵にオーウェンが突っ掛かる。


「待てよ!特待生は4人ってのが通例だろ!?」


 その言葉にシャーロットとヒヨリが頷く。アベルはソファの前で新たに加わる少年を緋色の瞳で黙って見据えていた。


「通例とは時と場合によって柔軟に形を変えるとのことだ」


 きっとマキャベリーにそう言えと言われているのだろう。


 シャーロットは少し間を置いて尋ねた。


「形を変えるということは、この中の4人の内、誰かが降格するということではないのですか?」 


「あぁ。そうだ」


「つまり、今度から5人で行動しろと?」


 シャーロットは衛兵に続けて訊くと、衛兵はそうであると頷く。


 オーウェンは悪態をついた。


「ちっ!また敵が増えんのかよ」


 衛兵は新たに特待生に加わる少年に挨拶するよう促す。


 少年は言った。


「初めまして、ハル・ミナミノと申します。宜しくお願いします」


 ハルは一礼すると、衛兵は5人を残してホームから出ていった。





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


次回より帝国ライフ編に入りますが、少しお休みさせていただきます。皆様からのコメントやレビュー等全て拝見しております。大変励みになり、とても嬉しいです。返信に関しましてはこの物語を上手くまとめる自信がないもので、最近は読むだけに止まっております。申し訳ございません。

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