第320話

~ハルが異世界召喚されてから23日目~


 マキャベリーは馬車の中にいる。正装に身を包み、休戦協定という名目でハル・ミナミノとの会談をしにポーツマスへと向かっていた。


「何か引っ掛かっているようだな」


 落ち着いた声色で向かいの席に座っているチェルザーレが口を開いた。馬車の窓を開け放しているせいで風にあおがれ、オレンジ色の髪が綺麗になびく。


「えぇ……」


「あの娘のことか?」


「はい。彼女が約束の日時を違えることなど今までありませんでした」


 今朝、マキャベリーを叩き起こした衛兵が言うには、帝国四騎士のミラ・アルヴァレスがダンジョン内にて行方不明になったというのだ。ダンジョンの出入口にいる管理人達がダンジョンに入ったきり、ミラの帰還がないことを報告している。


 本日早朝より、マキャベリーの護衛任務の為、部下であるルカ・メトゥスと供にポーツマスまで同伴する予定であったが、急遽護衛をチェルザーレに変更したのだ。


 ルカはミラの行方不明の報を聞いて、ダンジョン内を捜索中だ。血相を変えてダンジョン内の魔物を鎌でかっ捌き、捜索しているルカが想像できる。


「しかし、良いのか?私をハル・ミナミノと対面させて」


 チェルザーレが質問する。


「ミラさんが最適解でしたが、仕方がありません」


「奴には聖王国での借りがあるからな。最悪戦闘になるかもしれんぞ?」


「あまり私を脅さないで頂きたいですね。おそらくハル・ミナミノは我々とアジールの対立構造に気付いています」


「引き入れるつもりか」


「彼は我々の味方になり得る」


 マキャベリーは再びミラについて考えた。


 ──彼女がダンジョンになんらかのこだわりがあるのは知っていた……しかしそれは自分を強くする鍛練的な意味合いであると思っていたがそうではないかもしれないですね……


─────────────────────


 ハルはダンジョン内の壁に飲み込まれ、気付いたら別のダンジョンにいた。


 ここが別のダンジョンであるとわかったのは、魔物の気配がするからだ。


 深い青色の壁と地面。


 材質は非常に滑らかで、硬質なモノだった。


 ハルは試しに壁に拳を叩き込んでみたが、壁からは何も音がせず、びくともしない。次にアイテムボックスから長剣を取り出し、一撃を叩き込んでみるが結果は同じだった。


 こうなると悔しい想いが混み上がってくる。


 ハルはシドーから奪った覇王の剣を取り出し、全力でダンジョン内の壁を斬りつけた。


 剣先が硬質な壁に刺さり、グイっと力を入れて剣を引き抜いた。刃先を確認するが刃こぼれはおこしていない。


 ハルはもう一度きりつけた。


 壁から取り出された鉱石に鑑定をかけると、アルテナ鉱石という聞いたこともない鉱石だ。


 ハルはその鉱石を手に持ち考えた。


「これってラスボスのダンジョンっぽいよね……」


 ハルはもう一度辺りを見回す。


 いり組んだ通路、アルテナ鉱石により綺麗な青色の空間が無限に広がっているように見えた。天井は高過ぎるために影が射して見えないが、暗い闇の中に青色が薄く光って見えたので、天井もこのアルテナ鉱石で出来ているのがわかる。


 ハルは歩いた。


 魔物の気配を強く感じる。


 すると、ダンジョン内を揺るがす、大きな振動を感じた。


「またか!?」


 先程壁に飲まれてこのダンジョンにやってきた時のことを想起させる。


 しかし、壁が迫りよってくることはない。そして直ぐにその振動がやんだ。そしてまた振動が発生する。また直ぐにやむ。


「うわぁ……」


 ハルは振動の正体がわかった。


 前方から大きな青色の体毛に身を包み、牛の頭部をつけた巨大な魔物が二足歩行で現れたのだ。叩き潰すためだけに開発されたような巨大な戦斧を携えてやってくる。


 ハルはやってきた魔物を見上げる。


 両眼は赤一色に染まり、二本の黒い角の先がダンジョンの天井の闇に包まれている。


「でっか……」


 魔物の個体名はグリーム・ラビリンス。


 ハルは魔物を鑑定したが、その一瞬で巨大な戦斧が振り下ろされる。


「はやっ!!」


 何とか躱したハルだが、驚愕する。


 振り下ろされた戦斧が地面を叩き割ったからだ。


「っ!!!?」


 あんなにも固かったアルテナ鉱石が砕かれている。


「マジかよ……」


 ハルは叩き割られたアルテナ鉱石の破片が迫りくるのを器用に躱したが再び、物凄い勢いで戦斧は振り下ろされる。


 振り下ろされた戦斧は一瞬、青く輝いているのが垣間見えた。


「この攻撃はスキルか?」


 ハルはアイテムボックスから覇王の剣を取り出してグリーム・ラビリンスの振り下ろされる攻撃を受け止めた。


「おもっ!!」


 物凄い圧力が両腕に加わり、ハルは体勢を崩し、地面に突っ伏すが、ダメージは受けていない。


ピコン

新しいスキル『強打』を習得しました。


 頭の中でアナウンスが聞こえるが、喜んでいる余裕はない。ハルが起き上がる前にもう一度同じ攻撃がやってくるのがわかったからだ。


 巨大な戦斧は再び持ち上げられる。


 グリーム・ラビリンスは次で決めることを意識したのか、雄叫びをあげた。戦斧が青く輝く。


 ハルは振り下ろされる前に、突っ伏した状態でグリーム・ラビリンスの脚を斬りつけた。


 全身青い毛皮で覆われたその魔物の脚に鋭い刃が差し込まれたがしかし、一本一本が鋼のような体毛に阻まれて上手く斬れない。


 だが、グリーム・ラビリンスの動きを一瞬止めることに成功する。


 ハルは素早く起き上がり、再び脚を斬りつけた。しっかりとした体勢で斬り払われた覇王の剣は、本来の斬れ味を取り戻す。硬質な体毛を斬り裂き、巨大で強大な魔物の脚を裂いた。


「ぐぼお"お"お"お"お"お"お"」


 巨体に相応しい叫び声がハルの鼓膜と身体全体を響かせる。その叫び声は痛みによるものなのか、それとも怒りによるものなのかわからない。


 グリーム・ラビリンスは片膝をついた。魔物との顔面までの距離が縮まり、ハルは好機だと判断するが、魔物の握りしめた戦斧が襲い掛かる。薙ぎ払われた戦斧は轟音を伴いハルに向かってくる。


 側面から襲い掛かってくる戦斧に対して、ハルは魔物を正面に見据えながら、剣を上段から右側面、切っ先を足元に向け、頭部からくるぶしにかけてたらしてその攻撃を受け止めた。


「さっきの方が速くて重かったぜ!」


 ハルは片手をグリーム・ラビリンスの胸に向けて、唱えた。


「レイ」


 片膝をつく魔物を囲むように無数の魔法陣が形成される。そこから光の剣が放出され、串刺しにする。


 今度こそ、その魔物は痛みによる叫び声をあげた。


 ハルは追い討ちをかける。受け止めた戦斧を弾き返すと、グリーム・ラビリンスの胸目掛けて突進して、唱えた。


「鬼火」


 禍々しく燃える黒い炎がグリーム・ラビリンスを包み、焼き付くした。


 ハルは焼け残った戦斧とグリーム・ラビリンスの角をアイテムボックスに回収する。


ピコン

レベルが上がりました。


 レベルが上がったことによりMPが全回する。一安心したハルだが、またも別の魔物の叫び声が聞こえてくる。


「鳥の鳴き声?」


 今度は羽ばたく大きな羽音も聞こえてきた。


 ハルはその音のする方、暗闇に覆われている天井を見やると、宙空を上下しながらゆっくりと下降してくるドラゴンが現れた。大きな翼をはためかせては少しだけ沈み、その重量感のある身体を空中に浮かせていた。


 翼の内側はワインレッドに染まり、外皮を守る鱗と翼の外側は綺麗なネイビー色だ。


「まぁ!このダンジョンの青色にとっても映える色ね!」


 ダンジョン映えしそうなそのドラゴンの名前はエビル・フロストドラゴンと言うようだ。


 鑑定によると、フロストドラゴンの亜種らしい。


「そもそもフロストドラゴンを知らねぇっつの!!」


 エビル・フロストドラゴンは空中から少しだけ助走をとるようにして後ろへ下がる。


 ハルは地上で覇王の剣を持って身構えた。 


「くる!?」


 ドラゴンは空中にいる状態から、羽ばたかせていた翼を更に激しく動かした。すると、鋭利を帯びた暴風が無数に発生し、ハル目掛けて飛んでくる。


 ハルは最初に到達した、暴風に剣をぶつけるとその威力に身体をもっていかれ、仰け反る。体勢を崩したハルだが、次に迫る暴風をなんとか躱した。その風はハルの背後にあるダンジョンの壁にぶつかり、壁に鋭い斬り傷をのこす。


「これもかよ!?」


 ハルは次々と向かってくる暴風を全力の打ち込みで斬り払う。


「はぁ、はぁ……」


 風がおさまっても尚、空中にいる竜。ハルは竜にむかって魔法を唱えた。


「フレアバースト!!」


 竜を模した青い炎が同じく空中に漂う竜に迫る。


 エビル・フロストドラゴンは咆哮をあげると、口から水色の法術陣が浮かび上がった。その法術陣から水色の光線を吐き出すと、その光線はハルの唱えた竜をかき消した。


「はぁ!!?」


 光線はフレアバーストをかき消しても尚勢いを弱めず、術者であるハルに直進した。


 ハルは間一髪、横に身体を投げ出して躱す。


 光線はハルのいたところから背後の壁を上るようにして放出された。光線に触れたダンジョンの地面と壁は破壊され、その衝撃により発生した爆発と轟音はダンジョンのどこにいても感じられたであろう規模だった。


 ハルは自分に今の光線が当たったかと思うとゾッとする。


 呼吸が浅くなり、肩で息をし始めた。


 そこで違和感を覚えた。


 浅くなった呼吸により吐き出された吐息が白い。


「え?」


 爆煙が鎮まると、光線の触れた部分の大地と壁は抉られ、それを覆い隠すように氷塊が隆起していた。


「れいとうビーム?」


 ハルがそう呟くと、背後からエビル・フロストドラゴンが着地する音が聞こえる。


 ハルは振り返って覇王の剣を構えた。


 長く伸びた首と尻尾と牙、そして短い前足がついているドラゴンは、のそのそとハルに近付きながら、低い唸り声をあげている。


 物凄いプレッシャーを感じながら長剣を構えたハルは、最速でドラゴンとの距離を詰める。


 ハルの動きを感知したドラゴンは首を伸ばしながら大口をあけ、ハルに噛みつこうとした。


 鋭い牙がキラリと光る。


 ハルはダンジョン内を滑るようにしてブレーキをかけて止まった。そして構えを大上段に切り替え、迫りくるドラゴンの顔面目掛けて一気に振り下ろした。


 高密度のもの同士がぶつかり合う音がしたかと思うと、火花が散った。ハルの長剣はドラゴンの眉間よりやや上で押しとどまる。ハルとドラゴンは互いに睨みを効かせながらその場でせり合った。


「かってぇ!!」  


 全力を振り絞っても押しきれない。


 その時、ドラゴンは押すのを唐突にやめ、後ろへと振り向き、鱗に覆われた背中をハルに見せた。


「帰るのか?」


 ハルはそう呟いたが、そんなわけがない。


 ドラゴンは長い尻尾をハルのこめかみ目掛けて振り回す攻撃の過程だった。


 不意をつかれたハルは何とか剣を盾にするが、緩んだ脚ではその場で踏み留まることなどできなかった。


「ぐっ!!」


 その場から10メートルほど飛ばされ、地面に転がりながら消え行く意識を保たせ、受け身をとった。


 足をガクガクさせながら再び剣を構えるハル。すでに先程どのようにして受け身をとったのかは忘れてしまっていた。


 ドラゴンは再び羽ばたいた。一瞬の跳躍にして、天井の見えないダンジョンの上空へ飛び立ったかと思えば、その上空から頭部をしたに向け落下してくる。地面とギリギリ激突しないところで翼を広げ、滑空し、ハルに向かって低空で突進してきた。


 ひろげきった両翼でバランスをとりながら矮小なる少年に体当たりをする。


 しかし、少年の姿は体当たり直前で姿を消した。背中に少しの重みと声が聞こえてくる。


「一回で良いから空飛ぶ竜に乗ってみたかったんだけど、乗り心地最悪だな。こりゃ戻んねぇわけだ」


 ハルはエビル・フロストドラゴンの背に立ち、長剣を掲げて振り下ろした。その瞬間長剣を包むように光が放たれる。


「強打!」


 ハルは先程覚えたばかりのスキルを使用する。


 低空で飛行を続けていたドラゴンは背中に信じ難いほどの衝撃を受け、柔らかな腹から地に落ちた。


 未だかつてない痛みに襲われ、地面にのたうつドラゴン。

 

 ハルはもがき暴れだすドラゴンの尾にもう一度強打を放った。


 すると、尻尾は胴体から切り離され、傷口から紫色の血が流れ出す。


 ドラゴンは長い首をくねらせ痛みに喘いだ。


 半狂乱となったドラゴンは大口をあけた。そして口の中に法術陣が形成させると、光線をところ構わず放出し始める。


 壁や天井を穿ち、破片が地に降り注ぐ。


「こうなるのが一番めんどいかも」


 一旦止むも、すぐにまた放たれる。


 辺りが爆煙と冷気で満たされ始めた。しかしハルは冷静に、放たれる冷凍ビームを躱しながら、ドラゴンとの距離を詰めた。


 そして、


 長剣の切っ先を突き立て、ドラゴンの眼に突き刺す。


 ドラゴンは激痛に暴れだそうとするがハルは長剣を両手でしっかりと握り、もがき振り払おうとするドラゴンの首をその場にとどめた。


ピコン

新しいスキル『画竜点睛』を習得しました。


 エビル・フロストドラゴンの身体から力が抜けるのを感じるハルはようやく、剣を引き抜く。


 エビル・フロストドラゴンの竜鱗、牙、血と肉、そして、体内から氷結の心という石を回収した。


─────────────────────


 死闘を終えたハルはダンジョン内を探索する。


「こりゃユリにめっちゃ怒られるな……」


 すでにどのくらいの時をこのダンジョンで過ごしたか、ハルにはわからない。


「腹の具合からして次の日の早朝って感じなんだけど……」


 ハルがそう分析すると、一面を青く染めているダンジョン内から魔物達の雄叫びが聞こえた。


「声の感じからして戦闘中?……魔物同士が戦っているのか?」


 ハルは声のする方へ向かう。


 ──ここを曲がって……


 ハルが曲がり角に手をついて、ゆっくりと覗き込むと、


 胴体は1つだがそこから蛇の首が7つ生えた魔物ヒュドラと漆黒のフルプレートを着込み、周囲から黒いオーラを解き放っているグレーター・デーモン。そして岩石のような上半身に炎が纏わりついているファイアーエレメンタルが戦闘をしていた。


「怪獣映画もビックリな光景だな……ん?」


 ハルは巨大な魔物達の戦闘の中、飛び回る人影を見つけた。


 その者は強大な魔物を前にして、心許ないほどに細いレイピアを携え、ファイアーエレメンタルよりも真っ赤に燃え盛るような赤い髪色をもつ少女だった。


「あの人、確か帝国の……」

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