第319話
~ハルが異世界召喚されてから22日目~
物凄い早さでポーツマスから出ていくハル。街の住人達はハルを認識できない。代わりに突風が吹き荒れ、帽子や手荷物が飛ばされないようその場に踏みとどまることで精一杯だ。
しかし、そんなハルをきちんと認識した者がいた。
「にゃー楽しみだにゃー♪」
フェレスはこの街を外敵から守るために高く聳え立った壁のてっぺんに座り、ハルの行方を眺めながら口ずさむ。
そこへ、ハルとは入れ違いにこの街に入った者がいた。
フェレスはその者を見ると、壁から飛び降りる。いたずら好きな子供のような表情を浮かべて、着地した。
「やっと来たにゃー!フェルモンド!」
「混ざってんだよ!!まだ僕はベルモンドだ!!」
「にゃー、いつになったら変えるにゃ?」
「この街で目標を達してからだね。それよりも今の子が例の……」
「そうだにゃ!実は少し前に顔合わせしたのにゃ!!」
ランスロット改め、ベルモンドはそのことに興味深々な面持ちだった。
「どうだった?」
「ん~それが……」
フェレスは腕を組んで首を傾げる。
ベルモンドも同じ様に首を傾げながら先を促した。
「それがー?」
「ん~にゃぜだかにゃーのことを知ってたにゃ」
「そんなに驚くことではないよ?君は冒険者ギルドではそこそこ有名人なんだし」
「ん~でもにゃ~」
「何かを感じたようだね?流石は神の使いだ」
「ん~前々からにゃーのことを知ってるようにゃそんな雰囲気だったにゃ」
「もしかしたらディータに情報を送ってもらってるのかもね。それよりエレインは?」
ベルモンドの問いにフェレスは、ニヤリと笑いかけながら答えた。
「もう来てるにゃ♪」
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「本日の検挙件数と被害数を教えてくれ」
ウィッテは日の沈みかけた城下町を見下ろしながら本日起きた出来事を訊く。
「はい。検挙数は11件、被害数は21件に及びます」
敗戦の報が届いてからこの大きな城下町では、様々な憶測が飛び交い、略奪や強盗事件が相次いでいたのだ。
ここ2日間で敵国の入城等もあり、住人は不安な日々を過ごしていた。またこれを機に弱体化した帝国の未来を憂う者達の不安を煽る煽動者も現れる始末だ。
報告をきいたウィッテはさらに情報を掘り下げた。
「子供の殺傷事件について、何かわかったか?」
「いえ、ただ今日も1人の子供が行方不明、2人が負傷致しました」
街の治安が悪化したことにより、邪な考えを持つ者が増えるのは統計上、有り得る話だ。
「外部に報告し、奴隷市場にも調査対象を伸ばせ」
「承知しました」
しかし、ここ最近子供を狙う犯罪が増えた。奴隷として拐っていくならまだわかるが、無意味に殺傷する事件があとをたたない。また、被害にあった子供の殆どが男の子であることからなんらかの狙いがあるのだとウィッテは考えていた。
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トールマンは自分の使者から報告を聞いていた。
「我々の手の者がやられました」
トールマンはその重々しい身体と同じような口調で言う。
「そうか……武威のある者達だったんだがな……何か言っていなかったか?」
「それが、アジトに行ったようですが、怯えきっていてなかなか話そうとしないのです」
トールマンの表情に影がおちる。
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ハルは現在、ポーツマスの東にある大森林にいる。
森の中は湿度が高く、風が吹けば木々の擦れる音が聞こえる。
ハルは冒険者達から聞き出した情報を元に大森林の奥地へと向かった。
「あの冒険者達の情報だとそろそろ……」
鬱蒼と生い茂る草木を掻き分け見えてきたのは大きな崖だ。ハルは崖を見上げる。その反り立つ崖の底には切り取ったかのような穴が開けられていた。この洞穴がトールマンの組織のアジトだ。
ハルは洞穴の周囲を索敵するが、誰もいない。聳える崖の頂上にも行ったが人どころか魔物の気配すらしなかった。
再び洞穴と向き合うハル。
如何にも自然にできたような洞穴だ。中の様子を外から窺っても暗くて見えない。
──意外と深いな……
ハルはトラップがないかを見きわめるため、慎重に洞穴の入り口へと向かった。
アーチ上になっている洞穴の内壁に触れながら、奥へと進む。
入り口付近には、魔物の毛や足跡が多くあったが、奥に進むに連れ、人の手が加わったように切り出された岩と、落盤してこないよう天井には梁が渡されていた。
ハルは天井を見渡す。
──冒険者避けに、魔物の痕跡をつけてたわけね……
ハルはさらに奥へと進むと、空の酒瓶が散乱し、複数人の足跡、木製の椅子と丸テーブルがあった。テーブルの上には溶けて少しだけ短くなった蝋燭と紙の束が置いてある。
紙束に目をやると冒険者の証言通り、トールマンのサインが記載されている文章だった。しかし、ハルは訝しむ。
──こんな証拠となり得る文章を放置していることなどあるのだろうか…、もしかしたらこれは罠?
ハルは警戒レベルを上げた。
洞穴にはまだ更に奥へと進む通路がある。ハルは何かに呼ばれているかのように奥へと歩みを進めた。
梁のある天井が終わり、ここから先は自然にできた空洞のような作りだ。辺りにはつるはしや削り出した石を運ぶリヤカー等が散乱している。
どうやらこのアジトを更に奥へ掘り続けていたら空洞にぶち当たったようだ。
ハルは空洞の中を注意深く観察する。闇がより一層深く感じられる。恐る恐る足を踏み入れると、空気が一変した。
単純に魔物の気配を感知できただけでなく、死体の腐った臭いが充満していたからだ。
ハルは口と鼻を抑えて、周囲の様子を窺う。おびただしい数の死体。そのどれもが身体の一部を食い荒らされている。
──なるほど、ここにいたトールマンの組織の者達はこのアジトを広げようと奥へ進んだが、ダンジョンにぶち当たってしまったのか。
そして魔物が現れ、全滅してしまったようだ。
ハルが黙考していると。暗闇から物音が聞こえる。
ハルは視線を向けると、それを察知したかのように呻き声が漏れでる音が聞こえてきた。
「魔物か……」
ハルは臨戦態勢に入った。
暗闇から死体を踏み締めながら現れるは、ライオンの頭と山羊の胴体、毒蛇の尻尾を持つ魔物キマイラだ。
「こっわ……」
キマイラはハルを確認すると足元にいる死体に、これは俺の食料だと訴えるようにして噛みつく。
骨が砕かれる音がダンジョン内に響いた。
「腐ったのも食べるんですね……」
ハルはアイテムボックスから長剣を取り出すと下段に構えた。そして一歩踏み出そうとすると、ライオンの顔の奥から尻尾である毒蛇が大口をあけながら物凄い勢いでハルに襲いかかる。
ハルは微動だにせず、下段に構えた長剣を冷静に斬り上げた。
毒蛇はキマイラから斬り取られ、ライオンと斬り取った毒蛇が同時に痛みに喘ぐ声をあげた。毒蛇の牙には緑色の液体が滴り落ちる。
「さぁ次はどこを斬り取ろうか?」
ハルはもう一度先程と同じ様に下段に構えた。
キマイラは一歩後退る。
すると、ライオンの口から咆哮があがった。魔力が一気に込められ、それは第三階級闇属性魔法のダークネスとして放出された。
「マジ!?」
ハルは驚く。もともと暗い闇に第三階級闇属性魔法が加わり、辺りは何も見えなくなる。
地面を激しく蹴り飛ばす音が聞こえた。
闇の中をライオンの顔を持つ魔物が鋭い牙を見せ付けながらハルに噛みつこうとするが、キマイラの足元から光輝く剣が出現し、魔物の胴体を下から突き刺し、背中から剣の切っ先が飛び出る。
闇が払われる中、その魔物はまだハルに襲い掛かろうともがいている。
「君さ、第三階級魔法使えてその強さだったらダーマ王国辺りなら滅ぼせるよ?」
ハルはダンジョンに入ったのはこれで始めてだ。出てくる魔物の強さに冷や汗をかく。
「そりゃあこの人達が全滅するわけだ……」
ハルは足元に転がってる死体を見た。いくら悪人と云えど少し気の毒に感じた。そして、ダンジョンの奥を見やる。
変わらず闇が広がっているのだが、目の錯覚なのかダンジョンの壁が蠢いているように見える。
「それに……」
誰かがハルを呼んでいる。そんな気がした。
ハルはキマイラに止めを刺し、奥へと進む。
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