第321話
~ハルが異世界召喚されてから22日目~
<帝国領にあるダンジョン・竜の巣>
目の前の敵が憎い。幸せを奪う者が憎い。世界が憎い。神が憎い。
燃えるような赤い髪色に、憎しみのこもった鋭い眼、固く結ばれた唇は誰も彼女の本心を窺い知ることができないことを物語っていた。
帝国四騎士のミラ・アルヴァレスは今日もダンジョンで魔物を狩る。
護衛等はついていない。ミラよりも強い者は帝国にはいなかった。そのため、仲間がいると彼女が守らなければならない。誰も足手まとい役を買ってでる者等いなかった。ミラの側つきのルカ・メトゥスは、初めこそ護衛の必要性を説いた。魔物の餌食になるくらいならできると、主張したが、ミラはそれを激しく拒絶した。珍しく激昂するミラを見てルカもそれ以上何も言わなかった。今では、ミラの意思を尊重することこそが忠誠であると納得している。
薄暗いダンジョンを歩くミラ。
目の前に魔物が現れた。
対峙するは、巨大な馬のような魔物だ。額には一本の角が伸び、長い鬣を身体に這わせ、片方の前足を小刻みに後ろへ蹴ろうとする動作をしている。
ミラは角の尖端を見据えながら、刺突に特化した武器、レイピアを握っていた。
細長い刀身を胸の前に立てて、祈りにも似たような構えで魔物と相対している。
魔物は前足を地面に下ろし、勢いよく地面を蹴った。ミラ目掛けて駆け出す。伸びた首を上下させるように突進する魔物は額から勇ましく生えた角をミラに向け始めた。
尖端にいくにつれ細く引き締まった角が怪しく光る。その尖端で何体もの魔物や人間を殺めたのか想像力をかきたてた。
ミラは片足を前へと出し、少しだけ沈み込んだ。前へ出した足と反対側の手にレイピアを握りしめ、尖端を魔物に向け、少しだけその手を後ろへ引いた。
魔物がミラの間合いに入ると、ミラも地面を勢いよく蹴り飛ばし、突進する。
引いた腕を一気に前へ、魔物の角の尖端目掛けて突いた。刺突というよりは身体の全身運動による投擲に近いような腕の動かし方だった。
レイピアの尖端は、空間を突き破り、真空の速度に達する。魔物の角の尖端にそれが触れると、魔物は雷に撃たれたような感覚を味わったかと思えば、角は四つに分かれ、その裂け目はそのまま魔物の身体を四分割にした。
四分割になっても尚、前進する速度が落ちない魔物はミラとすれ違ってからようやく地に横たわる。
ミラは何事もなかったかのように、ダンジョンの奥へと歩いた。
しばらく歩いても魔物とエンカウントしない。ミラはその場に立ち止まり、引き返そうとする。
──そろそろ明日の会談にむけて帰還すべきか……
踵を返すとダンジョンの異変に気付いた。
ダンジョンの壁の奥から声が聞こえてくる。
「誰だ!?どうしていつも私を呼ぶ!?」
返事はない。ミラはその声のする壁に近付き、耳を押しあてようとすると、ダンジョン内が震動し始めた。
「なっ!!?」
未だかつてない体験により困惑するミラはまたも声を漏らす。
「えっ!!?」
普段からあまり感情を表に出さない質である為、きっと周りにミラを知る者がいたらこの反応に驚くだろう。
ミラが再度声を漏らした理由、それはダンジョンを形成している壁が迫ってくるからだ。
ミラは急いで出口を目指す。しかし、迫る壁の速度の方が圧倒的に早い。
「くっ!!」
ミラは両壁に挟まれた。
しかし、予想していた痛みを感じない。それよりも、壁の中に取り込まれ、どこかへ移動させられている。
柔らかな壁に包まれ、ミラは腰にさしたレイピアに手をかけながら、この壁が自分をどこへ連れ去ろうとしているのかを見据えている。
寧ろ、ダンジョンに初めて入ってから十余年、この不可思議な出来事を待っていたかのようにも思えた。
ダンジョンに入ると必ず、自分にしか聞こえない声が聞こえるのだ。
ミラは声の主を探すため、時間があればダンジョンに入り浸っている。しかしその成果は今まで何もなかった。
真っ暗な壁の中は、いよいよどこかへ到着する。明るい小さな光が一気に広がり、ミラを別の場所へと連れてきた。
ミラは壁から放り出されたが、すぐに着地を決め、手にしたレイピアを構え、危険に備える。しかし、広がる光景は薄い青色の地面と壁。天井は高く伸びているため闇に覆われていた。
「ダンジョンか……」
ミラはすぐにこの場がどういう場所なのか理解する。何故なら、青い毛皮に覆われ、黒い二本の角を生やし、両眼を真っ赤に染めたグリーム・ラビリンスが両刃の斧を握り締めてやって来たからだ。
ミラは不適に笑い。巨大な魔物を見据え、レイピアを構えて突撃する。
─────────────────────
もうどれくらい経っただろうか。
新たなダンジョンへ移動させられ、今まで戦ったこともないような強大な魔物を狩っていた。
ミラは返り血と自分の流した血がまるで混ざりあっているかのようなボロボロの状態でダンジョンを探索している。
帝国では既に自分の捜索が開始されているころだろうとあたりをつけ、さまよった。
寝不足によるSPの減少、MPの消費も著しい。ここで寝てしまえば魔物の餌食になるのは必至、なるべく戦闘を避けながら出口を目指す。
T字路に差し掛かったミラは左右の道を確認した。右の道は進行方向を塞ぐようにして巨大な炎の塊そのものである魔物、ファイアーエレメンタルが占拠し、左の道は漆黒のフルプレートを着込み、赤いマントをはためかせたグレーターデーモンがいる。
ミラはその場から後退りをし、来た道を帰ろうとすると巨大な九つの蛇の頭をもつ魔物ヒュドラがゆっくりと重たそうな胴体を引きずりながら近付いていた。
ミラはレイピアを構え、近付いてくるヒュドラを待ち構えた。
すると、背後から熱を感じとる。ミラは背後をチラと見ると、
T字路の右側から左側へ向かって無数の青い炎の玉が直進する。どうやらファイアーエレメンタルがグレーターデーモンに向けて、第四階級火属性魔法を唱えたようだ。
まだ左右にいる魔物はミラに気付いていないが、ファイアーエレメンタルの魔法のせいで向かってくるヒュドラはミラを視認した。
先程まで九つの首を重たげにしていたヒュドラだが一気に速度が上がり、ミラに突進してくると、九つの内の一つの首がミラ目掛けて伸びてくる。
獰猛な目付きに大口をあけ、鋭い牙を見せつける。
迫りくる大蛇を前にミラは静止したままだ。ヒュドラの鋭い牙がミラの赤い髪に触れ、そのままミラを噛み砕こうと、口を閉じかけたその時、ヒュドラに激痛が走る。乱立する牙を掻き分け、口内の上顎からレイピアが刺し込まれたのだ。レイピアの尖端が紫色の血に染まりながらヒュドラの眉間から出てくる。
ヒュドラの動きが一瞬止まると、ミラは片手を掲げて唱えた。
「ヴァーンストライク」
九つある首の一つは青い炎に包まれ、そのまま集約される胴体にまで燃え移った。
攻撃を受けた一つの首は焼失したが、胴体及び残り八つの首は無事なままだ。
「あと8回か……」
ミラは唱えなければならない魔法回数と自身の残るMPを鑑みた。
背後ではまだ無数の青い火の玉が一方通行で流れている。
すると、消失した筈のヒュドラの首の根元がグロテスクに蠢き始めた。
「まさか……」
ミラの嫌な予感は的中する。
怪しげに蠢く根元から頭部が顔をだし、元通り九つの状態に戻ったのだ。そして再生した首がそのままミラの元へ突進する。
「くっ!!」
ミラは予想外のことがおこり、対応が遅れてしまった。レイピアの柄の部分を片手でしっかりと握りしめ、もう片方の手は尖端部分に添えて、ヒュドラの頭突きをなんとか受け止める。
ダメージこそ受けはしなかったが、ヒュドラの頭突きでT字路の交わる部分、火の玉が流れる通路まで飛ばされてしまった。
ミラは青い火の玉から身を守るため、咄嗟にヴァーンプロテクトを唱えた。火の玉から身を守っただけでなくヒュドラの頭を焦がし、ダメージを与えることにも成功する。
さらにヒュドラは数発の流れ火の玉をくらい焼け始めた。
ミラは青い炎に身を包まれながら、火の玉が飛んでくる反対側から迫りくる漆黒の刃をレイピアで受け止めた。攻撃してきたのはファイアーエレメンタルの青い炎を掻い潜ってきたグレーターデーモンだ。
漆黒のフルプレートに身を包んだグレーターデーモンはそれと同色である大剣での攻撃をミラに防がれた後、ファイアーエレメンタルとミラの炎による攻撃によって燃え始めたヒュドラの首を斬り落とした。そしてそのままファイアーエレメンタルに向かって全身しようとしたが、ヒュドラの残る8つの首の一つが襲い掛かる。
迫りくる大口を開けたヒュドラにむけてグレーターデーモンは漆黒の大剣を幾度か振り回した。するとヒュドラは細切れとなり、破片となって地に落ちる。
しかし、その攻撃にも怯まずヒュドラの残る七つの頭が一斉に襲い掛かってきた。その攻撃対象にミラも含まれている。グレーターデーモンとミラは次々にくるヒュドラの頭突きを躱し続ける。お互い死地から逃れた先が同じ空間なのだとしたら、剣を交えた。つばぜり合いの最中、ヒュドラの口から二人に向かって何かが吐き出される。ミラとグレーターデーモンはお互いギリギリまで競り合っていたが、離れた。
吐き出された液体は地面に触れると、シュワシュワと小さな泡を大量に発生させ、異臭を伴う。
ミラは腕で口と鼻を覆うが、背後から熱を感じ取った。
振り向くと、通路を埋め尽くしながら竜を模した青い炎が迫りくる。
ミラは片手を掲げてファイアーエレメンタルが唱えた魔法と同じものを唱えた。
「フレアバースト!」
青い竜同士がぶつかり合い、激しい衝撃があたりを覆い尽くす。二つの青い竜はお互いを打ち消しあったのも束の間、背後からグレーターデーモンがミラを襲う。
ミラは第五階級魔法同士がぶつかり合った衝撃を追い風のように使い、迫りくるグレーターデーモンにスキル『スティング』を放った。
このスキルは全身を連動させてレイピアを投擲する攻撃だ。突き刺すよりも勢いを用いて投擲することで威力を格段に上げる。しかし、投擲することで自分の武器を紛失してしまうリスクが伴う。このスキルを使うときは一対一であり、尚且つこの一撃で相手を必ず仕留める必要があった。
このダンジョンに来てからMPの消費、SP値も現在低下している。ミラが「スティング」を使用した狙いはグレーターデーモンを倒すことでレベルを上げ、この場から逃走することにあった。
襲い掛かるグレーターデーモンに対して、ミラは少しの助走をとると、大地を踏み締める。硬い鉱石でできた大地の力強い反発を受け、その力は体幹に連動し、三角筋、上腕筋、前腕筋に伝い最後は手首のスナップを効かせて、レイピアを放った。
放たれたレイピアは空気の膜を突き破り音速を超える。至近距離でそれを受けたグレーターデーモンは足だけを残して散った。レイピアの勢いはとどまることなくグレーターデーモンの背後にいるヒュドラの首5つを滅した。
それを確認したミラは膝をつくと、レベルアップのアナウンスを待つ。
しかし、いつまで経ってもアナウンスは流れない。ミラが疑問に思っていると、グレーターデーモンの足から漆黒の靄が現れ、元の姿を形作る。靄が晴れると漆黒のフルプレートを着込んだグレーターデーモンが現れた。さらにその奥には5つの首を再生させたヒュドラもいる。
ミラはチラと首だけ後を振り向くと、ファイアーエレメンタルが近付いてきていた。
「あぁ…ここで終わりか……」
ミラは眼をとじた。
──今まで何度も死を予感した。その都度私は奇跡的に生還し、私の大切な人達が死んでいった……私はこうなることを待ち望んでいたのかもしれない……
ミラは自分が今までの人生で最も安堵した表情をしていたとはこの時知る由もなかった。
グレーターデーモンが大剣を振りかぶる音が聞こえる。
しかし、その音とは別の音が聞こえた。
──細長い刀身の振り払われる音……
ミラはこの音を知っていた。音の正体を確かめるために永遠に開かれないと思っていた両眼を再びあける。
そこには、覇王の剣を振り回す少年の姿があった。
少年はグレーターデーモンに一太刀浴びせると、光の剣をグレーターデーモンを囲うように出現させ串刺しにした。
そして、すぐにミラの背後にいるファイアーエレメンタルに対して水属性魔法を唱えた。ダンジョンの通路を埋め尽くすほどの水が物凄い勢いで流れる。
そして、グレーターデーモンの奥にいるヒュドラの九つある首の一つを覇王の剣で斬り落とした。
少年は再生する首に少しだけ驚くと、覇王の剣をアイテムボックスにしまい、黒い炎を顕現させてヒュドラを焼く。
戦闘を一通り終えた少年はミラの方向へと歩みを進める。少年の後方にいるヒュドラが燃え続ける、その禍々しい黒い炎に照らされながら近付いてきた。
─────────────────────
ハルは間一髪でミラを救えた。物凄い勢いで投擲されたレイピアを見送ったハルは、漆黒の大剣を振りかぶるグレーターデーモンを倒し、ファイアーエレメンタル、そしてヒュドラの順に倒した。
膝をついたミラに近づくハル。
しかしミラはそのボロボロの姿のまま、アイテムボックスを出現させ、長剣を取り出した。
「え?」
ハルが戸惑うと、ミラはハルに斬りかかる。
「ちょっ!!」
ハルは自分が戦う意志がないことを表そうとしまった筈の覇王の剣を咄嗟に取り出し、ミラの攻撃を受け止めた。
刀身越しから憎しみの視線がハルに注ぎ込まれる。
「待って!!」
ハルの言葉も虚しく、ハルは腹に前蹴りを食らう。
後方へ飛ばされたハルに、鬼気迫る表情で追い討ちをかけにくるミラ。
持っているのはレイピアではなく長剣だが、ハルの顔面を突き刺そうと、振りかぶり、そして前へ押し出した。
ハルは持っている覇王の剣の間合いの内側へ侵入されたことにより、握っている剣を手放し素手でミラの刺突を受け止める。
「僕は君と戦うつもりはないんだ!」
ハルの手から血がにじみ、流れた。その血はミラの握っている長剣の切っ先から柄の部分までをゆっくりと流れる。
「貴様の持っているその剣は……」
ミラは地に落ちた覇王の剣に視線を一瞬向け、ハルに向き直り、そして続けた。長剣を押し出す力が強くなった。
「シドー・ワーグナーの所有物だ、それに第五階級以上の魔法を連発している…お前が帝国の敵、ハル・ミナミノである証拠だ」
ハルは覇王の剣を出したことを悔いたが、それでも述べる。
「そ、それでも僕は君とは戦わない!ここはどこなんだ?何故君はここにいるんだ!?もしここから出れないなら一緒に……」
ハルが言葉を吐き続ける度にミラの力が強まるのを感じる。そして、
「問答無用!帝国の安寧を破りし者は私が排除する!!」
ミラは憎しみを解き放つように両目をかっぴらいた。
ハルは強まるミラの力に押しきられ、仰け反った。長剣の尖端がハルの右耳を掠める。
「うっ!!」
がら空きとなったハルの胸目掛けて、長剣が振り下ろされる。
しかし、ハルの胸が斬り裂かれる寸前でミラは気を失った。
ハルは倒れ込むミラを優しく抱きかかえる。その身体は大きな憎しみを溜め込むには些か小さすぎるのではないかとハルは思った。
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