第310話
◆ ◆ ◆ ◆
今の大柄なドルヂからは想像もできない程、ヒョロリとした体格の少年期のドルヂは、ドレスウェル王国の王都にいた。
むせかえるような煙の立つ教会を横目に、略奪と虐殺が行われているのを目にする。ドルヂは煙が覆う街の中、突然平衡感覚を失ったかのようにして、その場にへたりこんだ。内側から押し寄せてくる感情と目の前で行われている虐殺。そしてそれを行っている側に、自分がいることに対しての憤り。それらを吐き出すようにして少年ドルヂは嘔吐する。
それでも悲鳴となにかが燃える音、帝国兵の笑い声が絶えることはなかった。
これは夢なのか、ドルヂは逃げるように王都を走った。走っても走っても焦げ臭いにおいは呼吸をする度、鼻腔を刺激する。血を流して倒れている死体の光景も続いた。
すると、ドルヂの走っている通りの建物の上から女性が、背中に短剣が刺さっている状態で何かを抱えながら飛び降りるのが見えた。
頭から落ちた女性は即死した、いやもともと背中に刺さっている短剣によって死んだのだろうか。落下の衝撃で短剣が背中から外れる。
ドルヂは瞬きをせずにそれをじっと見ていた。煙や嘔吐した際に反射的に出る涙によって瞬きを要しなかったのだ。落下してきた女性が大事そうに抱えている腕がうごめく。
ドルヂはその腕の中を無意識に注視すると中から小さな男の子が顔を出した。
男の子は女性を揺すりながら言った。
「おかあさん……おかあさん……」
ドルヂはまたも膝をついた。
「こんなこと……」
それに気付く男の子はドルヂに眼差しを送る。悲嘆に暮れるその瞳は徐々に憎しみへと変わり、先程まで母親の背中に刺さっていた短剣を手にして、ドルヂを串刺しにせんと突進してきた。
ドルヂの脇腹を突き刺す男の子。
男の子は目から憎しみの色がどんどんと薄くなっていき、口から血を垂れ流して絶命する。
ドルヂは脇腹の痛みよりも、何故男の子が死んでしまったのか疑問だった。
──落ちた衝撃が遅れてやってきたのか……?
その予想は外れる。ドルヂはふと、自分の手元を見て驚愕する。手にしている剣が男の子の胸を貫いているからだ。
◆ ◆ ◆ ◆
~ハルが異世界召喚されてから16日目~
<フルートベール王国右軍・帝国左軍の中央>
ダルトンとドルヂの壮絶な剣檄が戦場を彩る。瞬き一つで致命傷を負う。正確で無慈悲な攻撃が繰り出されていた。
ドルヂは足を払うようにして大剣を振るう。ダルトンはその場で身体を捻りながらジャンプして躱した。足の裏に死の風が通り抜けるのを感じる。空中にいるダルトンは横回転しながらドルヂの頭部を斬り裂こうと片手剣を振るった。ドルヂは屈み、頭頂部の髪を掠めるようにしてそれを躱す。すき間なくドルヂは空中にいるダルトン目掛けて大剣を斬り上げる。ダルトンは回転しながら向かってくるドルヂの大剣に自らの片手剣をぶつけた。
激しい音と衝撃が辺りを襲う。2人はその衝撃に耐えながら目を見開き、歯を食いしばって剣を押し合っていたが、2人とも堪えきれずに後方へ飛ばされた。
「俺への……いや、自らに対しての疑問がお前の攻撃に重みを加えている」
ドルヂはダルトンの攻撃の重みについてそう口にすると、ダルトンは答えた。
「おっさんのことは理解できそうで、できないからな」
「そうだ。少なくとも俺と同じような経験をしていないと理解することなどできない。この世には自分の価値観に疑問を持たない者達ばかりだ。そういう奴の攻撃の軽さたるや……」
それを聞いてフン、と鼻をならしてからダルトンは言った。
「おっさんは…弱者と戦うことで優越感に浸りたいだけだ」
「確かにな、だから悲しくなるんだ。その者にこれから訪れるであろう地獄とその者には決して理解できない俺の心……だが強者とあいまみえることにより孤独を埋めることができる。ダルトン。お前もその内の1人だ」
「チッ…戦闘に身を置くことでしか自分を肯定できないなんてな……」
その時、王国左軍・帝国右軍の上空に水色の竜がのぼるのが見えた。
両軍の兵士達はざわめく。
ジュドーは呟いた。
「第五階級魔法……しかも水属性の……まさかあそこにハル・ミナミノが!?ドルヂ様急いでくださ……」
ジュドーが言い終わる前に鋼と鋼がぶつかり合う音によって遮られる。鍔迫り合いをするかたちとなったダルトンはドルヂに言った。
「おっさんが見下している奴らは……おっさんよりも幸せだぜ?」
2人は第五階級魔法に目もくれていないようだ。ドルヂの腕に力が入る。
「この世は不条理だ。何も知らないで幸いを享受する奴もいれば、俺より年下の女が俺よりも遥かに強い…一体どんな経験をすればあそこまで強くなる?生まれた時代!場所!境遇に社会!1人の人間にはどうにもならない偶然で人生が決まる!……この身1つで理解のできる…この戦いに身を委ねて何が悪い!?」
鍔迫り合いの最中、ドルヂは吐き捨てるように言った。ダルトンは大地をえぐりながら後退させられる。
「悪くはねぇ……」
踏みとどまるダルトン。
「だが、矛盾してんだよ」
ドルヂはダルトンに押し返されそうになり離れた。
「矛盾だと……?」
ドルヂが疑問を呈すると、ダルトンは間合いを詰め、片手剣を振り下ろしながら言った。
「戦いが好きなら傭兵にでもなればいい」
ドルヂは咄嗟に大剣で受け止める。
「だがおっさんは将となって、兵を率いている。それは周囲の者に自分と同じ経験をしてほしくないと考えているからだ」
ダルトンは大地を踏みしめ、直ぐ様もう一撃打ち込んだ。握り締める剣はダルトンの身体の一部となっているようだった。
ドルヂはそんなダルトンの攻撃に大剣をぶつける。
ドゴォっと雷が落ちたかのような衝撃を身体に受け、のけ反るドルヂ。
「おっさんは、ハル様と出会わなかったもう一人の俺だ」
ドルヂは体勢を整えて、尚も攻撃の手を止めないダルトンの一撃に備える。再び身体の芯を震わす衝撃が大剣越しにドルヂを襲う。
またしてもドルヂの体勢は崩れる。すると、ドルヂの大剣にダルトンは拳をあてがい、両足と腰を使って身体を少しだけ捻った。その捻りの力は拳へと伝わりドルヂの大剣を破壊する。
ドルヂは驚き、粉々になる大剣の奥からダルトンと目が合った。
ダルトンは告げる。
「世の中不条理ならば、そこにいる俺達も不条理だ。他者を滅ぼし、他者を救う、他者の夢を打ち砕き、他者に夢を見せる!だが忘れちゃならないモノがある!」
ダルトンの拳がドルヂの右頬に入った。
「自分が幸せになることだ!」
ドルヂの巨体はふっ飛び、後ろにいるジュドーにぶつかった。
ダルトンは続けて口を開く。
「失くしたならまた取り戻せば良い。例えどんな手を使っても幸せになっていいんだ……」
小柄なジュドーがドルヂを支える。
「フフフ…そうか…ダルトン……ありがとよ……」
ドルヂはそう呟くとジュドーに言った。
「俺に支援魔法をかけてくれ」
「っ!!?」
ジュドーは驚く。
「い、良いんですか!?」
「あぁ……構わねぇ、今更ながら俺の幸せはお前らと共に戦い、共に生きることだ。騎士の誇りなんて関係ねぇ、それにたった今気付かされた」
ジュドーは目を潤ませながら聖属性魔法をドルヂにかけた。ドルヂは起き上がりダルトンに再び向き合う。
「おかげでスッとしたぜ……ダルトン……これからコイツらと一緒に戦う……恨むんじゃねぇぞ!?」
ドルヂの頭にアナウンスが聞こえる。
ピコン
限界を突破しました。
システムを変更するため時間がかかります。
ダルトンは片手剣をアイテムボックスにしまって、自分の拳と拳をぶつけて言った。
「受けて立つぜ!!」
ニヤリと笑うダルトン。
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