第309話

~ハルが異世召喚されてから16日目~


<フルートベール王国右軍と帝国左軍の中央>


 将同士の一騎討ちに獣人ダルトンが乱入してから数刻後、一騎討ちの場を形造っていた兵士達はもう数歩後ろへ下がり、大きな円を形成していた。ダルトンとドルヂの凄絶な戦いに巻き込まれないためだ。


 大柄なドルヂの握る大剣とダルトンの握る片手剣が互いに鈍い音を立てながらぶつかり合う。


 一進一退の攻防を繰り広げるなか。


 ドルヂのくすんだ大剣がダルトンの右肩に叩き付けられる。くすんでいるのは数多くの敵兵と魔物の返り血を吸収しているからだろう。ダルトンは右肩に向かってくる大剣を片手剣で弾くと、半歩前へ足をだし、ドルヂの懐に入ろうとするが、


「っ!?」


 ダルトンの頭から生えた耳がピクリと何かを察知したかのように動く。


 ドルヂは弾かれた大剣を流れるように捌き、ダルトンの踏み出した足を狙って薙ぎ払う。


 ブンっと音を立てて空を斬るドルヂの大剣。敷き詰められた草は刈り取られ、宙へ舞った。


 ドルヂは大剣にいつもと違う重みを感じていた。それもそのはず、大剣の上をまるで曲芸師のようにして立つダルトンがいるからだ。ドルヂはダルトンを降ろそうと大剣を振り払う。ダルトンは不安定な大剣の上から後ろへ飛び降りた。


「ふぅ……悲しくなるな」


 ドルヂは大剣を肩に担ぎながら言った。


「俺が本気を出していないからか?」


「…それもそうだが……」


「ならお前が本気を出せば良いだけの話だろ?」


 ドルヂはもう一度、ふぅと息を吐いて、大剣を構えた。


 ダルトンも構えるが、目の前にいた筈のドルヂが消える。


「なにっ!?」


 ダルトンは背後から風と圧力を感じ、後ろを振り向くと、ドルヂが大剣を振り下ろしているところだった。


 ダルトンは身体を反らして躱すが、振り下ろされた大剣は勢いを増して斬り上げられる。


「双破斬」


 ドルヂは剣技を繰り出した。


 ダルトンの前後から斬撃が出現するが、ダルトンは器用に身体を捻って斬撃の射線から逃れる。ドルヂはそれを読んでいたかのように、避けたダルトンの胸目掛けて大剣を突き立て、突進した。

 

 ダルトンは片手剣を向かってくる大剣の側面に這わせ、突進してくるドルヂとすれ違うかたちで受け流した。すれ違い様にドルヂの後頭部に飛び蹴りを入れるダルトン。


 初めて攻撃が諸に入り、ドルヂの取り巻き達は声を漏らす。しかし、ドルヂは首をバキバキと鳴らして平然としている。それを見たジュドーは安堵した。


 ──この獣人…確かに強いが、ドルヂ様の敵ではない。しかしここで戦いが長引けばこちらの不利に働く恐れが……


 ジュドーはこの戦いを見守る帝国兵と王国兵を見た。将であるレオナルド・ブラッドベルは起き上がっている。また他所に目を向ければ、帝国兵が少しだけ押されているように見えた。ジュドーはドルヂの近衛兵をそこに送り込む指示を出した。そして、いつでもドルヂの援護ができるように準備をする。


 そんなジュドーの気配を感じつつドルヂはダルトンに言った。


「いい攻撃だ。身のこなしからして格闘技のほうが得意そうだと思っていたが、今ので納得した」


「おっさんの方こそ、見た目のわりには素早いんだな」


「お前の攻撃はなかなかだが、俺の内部まで響くような威力はない。いくら俺に攻撃を当てようとも俺を倒すことなどできない」 


 ドルヂは両手を広げ、大剣を片手で持ちながら言った。余裕な素振りを見せるドルヂにダルトンは一気に間合いを詰め、懐へ入った。


 周囲にいた兵士達はダルトンが忽然と姿を消したので、探すのに時間がかかった。いち早くダルトンを見つけたジュドーは叫ぶ。


「ドルヂ様!!」


 ジュドーの叫びも虚しく、ダルトンはドルヂの顔面と胸部と腹部に拳を叩き込む。


「拳技・正中三連突き」


 フルートベール王国兵からの歓声のような声が聞こえるも、ダルトンは違和感を覚える。そんなダルトンに攻撃を受けたドルヂが言った。


「攻撃に迷いがない」


 ドルヂは言い終わると同時に豪腕をダルトンのこめかみにヒットさせる。ダルトンは両目の焦点が一瞬合わなくなり、こめかみに壮絶な痛みが走った。そしてふっ飛ばされ、円を形成していたフルートベール王国兵達と衝突した。兵士達が緩衝材となり、地面に叩き付けられるダメージは軽減されたが、起き上がるのに暫し時間を要した。


「お前の攻撃には自信が満ち溢れている。それはお前の人生が反映されているからだ。俺は強者と巡り会うのが好きでな、剣を…或いは拳を交えることでその者の人生観がひしひしと伝わってくるのが、堪らないんだ」


 王国兵が心配そうに見つめる中、ダルトンは起き上がり、こめかみを抑えながらドルヂに向かって口を開く。


「今おっさんに言われて気付いた……」


「何をだ?」


「おっさんの攻撃に宿っているものだ」


「おっ!?俺の攻撃に何を感じた?」


「悲哀だ」


 ダルトンの言葉を聞いたジュドーは得も言われぬ感覚に陥る。いや、これは嫉妬だと考察した。ジュドーとドルヂは付き合いは長いが、ドルヂが過去を語ったことはない。それは何かを隠しているのか、言う必要がないと考えているのかはわからない。しかし、ジュドーよりも下の世代の台頭、特にミラ・アルヴァレスが出てきてからというものドルヂは悲しい表情を見せることがよくあった。そんな悲観的な価値観がドルヂにあることは確かなことだ。それを戦いの最中で感じ取ったダルトンにジュドーは嫉妬していた。


 ダルトンはよろよろと歩き、ドルヂの前へ立つ。


「おっさん……何か、大切なモノを…自ら手放しただろ?」


 呼吸を整えながら言うダルトンにドルヂは返す。


「お前は手放しそうになったが、信念を貫いたな?それで攻撃に迷いがない。自分を貫ける自信がついたからだ」


「確かにそうだが、俺はたまたま運がよかっただけだ。おっさんは運が悪かった」


「…運が悪かっただけで話が済むならここに立ってねぇんだわ」


「だからおっさん……俺がお前を全力で否定してやるぜ」


「お前……ダルトンと言ったな?気に入った。これだから戦いはやめられねぇ!!」


 そう言って2人は互いに一撃を入れようと突進した。


 お互い間合いに入ると渾身の力を込めた剣と剣が衝突する。


 ドルヂはダルトンの攻撃に先程までなかった重さを感じた。


「っ!?」


 ドルヂの顔に笑みが浮かび上がる。

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