第302話

~ハルが異世界召喚されてから16日目~


<フルートベール王国右軍・帝国左軍>


 ハルが天幕を出てから直ぐに魔法士長ルーカスは馬を走らせ持ち場へと向かった。


 その時に見た光景はルーカスを驚かせる。


 王国右軍の中央では一騎討ちをしているのか両軍の兵達が半分ずつ担って小さい円形の空間を形成している。その円の中に2人の戦士が死闘を繰り広げていた。そして、右翼のエリン隊は押し込まれ、ルーカスが任されていた中央軍から近い左翼では、魔法攻撃の憂き目に合っていた。


 帝国軍は術者を横に並べ、第二階級風属性魔法を唱えてルーカスの隊を攻撃していた。


 フルートベール王国軍の誇る第二魔法士隊よりも数が多く、大規模な魔法攻撃であった。ルーカスの隊は、魔法に心得のある者ばかりなので相克である火属性魔法を放って対抗している。


 ──これが私の隊とぶつかっていた良かった……他の隊ならばあっという間に半壊してしまうぞ……


 ルーカスは馬を更に加速させ、魔法攻撃を行っている帝国軍に向けて馬上から第三階級風属性魔法を唱えた。


「トルネイド!」


 風の渦が横並びに魔法を唱えている帝国軍に向かう。


 ──よし!これで横一列を撃破でき……


 そう考えていると、ルーカスの唱えた一筋の竜巻が上下にのたうちながら何かに進行を遮られる。辺りを荒らしながらもその勢いは次第に収まりとうとうルーカスの唱えた第三階級魔法は消失してしまった。


「なっ!?」


 ルーカスの目線の先に人影が見える。おそらくその者がトルネイドを消失させたのだろう。


 第三階級魔法を消失させられたことに信じられないでいるルーカスに更なる出来事が襲う。ルーカスの唱えた竜巻よりも巨大な竜巻がその人影から放出されたのだ。その巨大な竜巻は暴力的な音を撒き散らしながらルーカスを襲う。


 ルーカスは圧倒されながらも相克である火属性魔法のフレイムを唱えるも、竜巻の勢いは止められない。


「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 断末魔と共に巨大な竜巻も消失した。


 パタンと音を立てながら帝国左軍の将の1人、ノスフェルは持っている大きな本をとじた。まるでその本のとじる音が沈黙を命令したかのように辺りに静けさが漂う。


 ──第三階級魔法詠唱者、魔法士長ルーカス、もし王国右軍にいるのなら、いつでも援軍に行ける中央軍から程近い右翼にいると予測できた。しかし、まさか中央軍方面から向かってくるとは思わなかったな……


 ノスフェルはこの戦争での自分の役目を早々に終えたため、帝国左軍の戦いも終わらせようと自軍に合流しに向かうが、


 その時、背後から寒気がした。


 直ぐ様振り返ると、無数の鋭い水が矢のように直進してくるのが見えた。ノスフェルは横に飛び、何とか水の射線から逃れた。


 ──第三階級水属性魔法だと!?


 ノスフェルは受け身をとって一面敷き詰められた下草に手を置くと、唱えられた魔法の行方をおった。


 その先には、ノスフェルの隊がいた。


 水の矢がノスフェルの配下である帝国兵を乱す。


「くっ!」


 その様子を見てからノスフェルは、術者を確認した。


 キョトンとした表情を浮かべた小さな男の子が魔法士長ルーカスを脇に軽々しく抱え、もう片方の手には先程の第三階級水属性魔法を唱えたであろう名残を感じさせていた。


 ──ハル・ミナミノの側近か……


──────────────


 両国の兵により即席に形造られた一騎討ちの闘技場。レオナルドはその中央で、巨大な熊と見紛う程大きな男、帝国左軍の将ドルヂ・ドルゴルスレンと相対していた。すでに数太刀撃ち合っているが、巨体にも拘わらず俊敏な動きと頑丈な体幹によりレオナルドは攻めあぐねていた。


 ──周りの帝国兵達の戦闘能力から察するにこの一騎討ちは王国にとってかなりの利がある。私が勝てば、この右軍に勝機をもたらす……しかし……


 レオナルドはドルヂをもう一度よく観察した。女性の腰を想起させるような腕と太股、握っている大剣を片手剣のように軽々しく扱っている。


 ──間合いを詰めたとしても……


 レオナルドには自分以上に早く動くドルヂの姿が連想された。

 

 そんなことを考えているとドルヂの方から仕掛けてきた。


 大剣を両手で持ち刀身をその大きな身体で隠すようにしながら、低い姿勢で一気に間合いを詰めてくる。


 ──早いっ!!


 レオナルドは咄嗟に後ろへ後退したが、ドルヂの大剣が下から上へと斬り上げられる。


「ぐっ!!」


 身体を反らしてスレスレで躱すレオナルド。しかし、振り抜かれた大剣の風圧によって元々悪かった体勢が更に崩れた。そこへ追い撃ちをかけるようにしてドルヂは、先程斬り上げた勢いを利用しながら身体を捻って後ろ蹴りをレオナルドの胸に食らわせた。


 蹴られた衝撃により後ろの円の弧を担っている王国兵達と衝突するレオナルド。


 その攻撃を見ていたドルヂの配下であるジュドーは思う。


 ──戦闘に関しては本当に器用だよな……


 レオナルドはその蹴りを諸に食らってしまった。まるで、城門を打ち砕く破城槌を胸に受けたような衝撃だった。


 胸を抑え、血を吐く。


 ──助骨がいかれた……


 自分の身体の分析をしている暇はない。どのようにすれば相対するこの強者に勝てるのか考えなければならない。


 一歩、また一歩と近付いてくるドルヂ。


「すまねぇな。本当だったらこのまま見逃してやりてぇが、今回はそうもいかねぇんだ」


 ドルヂが告げると、槍を持った王国兵が2人、円を乱してドルヂの前へと立ちはだかった。


「「うぉぉぉぉぉぉ!!」」


 槍を向けてドルヂに突進する。


 ドルヂは大剣を横に薙ぎ払い、王国兵達の握る槍を折った。


「一騎討ちを汚すな、何よりお前の主人に恥をかかせるんじゃねぇ。気持ちはわからねぇでもねぇが」

 

 その言葉を聞いて2人の王国兵はレオナルドの方を振り返って見た。


 レオナルドはその2人に目を合わせず、その先にいるドルヂに言った。


「ずまながっだ。私の教育不足だ……」


 折れた骨が肺を傷付けているのか、呼吸をするのにも痛みを伴っているように見える。


 レオナルドはゆっくりと立ち上がった。


「さぁ、続きを始めよう」


 そういって、2人の王国兵の肩に手を置いて、2人の前へ出た。


 ドルヂは告げる。


「直ぐに楽にしてやる」


 ドルヂの言葉を聞いてから、レオナルドは唱えた。


「プリズム!」

 

 両国の兵士達により形作られた円を覆うようにして、上空から光がドルヂに降り注ぐ。


 ときどき七色に煌めきを帯びる光にドルヂは襲われた。押し潰され、その上焼けるように熱い光。


 レオナルドはそこから更に光の剣を出現させ追撃を仕掛けた。


 眩い光を潜り抜けるようにしてレオナルドはドルヂの胸目掛けて刺突を繰り出す。


 握る手には力が入り、両足には踏ん張りをきかせる。そのせいで、地面が抉れ草の下にある土がむき出しとなった。


 ──もらった!


 レオナルドは自分の胸の痛みに耐え、鎧に守られたドルヂの分厚い胸板に光の剣を刺した。


 しかし、光の剣はドルヂの鎧を貫くことができない。そればかりか第二階級光属性魔法のプリズムをまともにくらっているにも拘わらず、全く効いている様子がない。


「まさかこの鎧にも……」


 レオナルドはその場で力尽きるように膝をつく、周りを囲んでいる兵士達はプリズムの光が失われ、ようやく2人の姿を確認することができた。


 ドルヂは口を開く。


「確かにこの鎧には耐性が付与されているが、その程度の攻撃では俺を貫けねぇぞ」


 レオナルドはドルヂを見上げ、絶望にうちひしがれた表情を浮かべる。ドルヂは冷淡にも持っている大剣を振り上げた。


 周りにいる両国の兵士達が皆終わったと思ったその時、上空から飛来する影が見えた。それは物凄い勢いでドルヂ目掛けて落下してくる。


 それを見たジュドーは慌てて第二階級火属性魔法フレイムをその落下物に向かって唱えた。しかし、上空へとほとばしる火炎は二分され、ドルヂに向かうその影の勢いを殺すことはできなかった。


「ドルヂ様!!」


 叫ぶジュドーを尻目にドルヂは大剣を盾にして落下してきたそれを防いだ。大きな鈍い音が辺り一帯に鳴り響く。


 ドルヂはその音と比例して、大剣にぶつかった時の威力が凄まじいものであったと悟る。大剣を握っていた手が痺れていた。そして、ゆっくりと飛来してきたモノの正体を確認する。


 頭に犬のような耳をつけ、犬歯が以上に尖っていた。見たところ獣人族の者のようだ。


 ドルヂは言った。


「この戦いにお前ら獣人族は関係ねぇだろ?」


 その言葉とは裏腹にドルヂは空からやって来たこの獣人族の強さに心を踊らせていた。


「この戦いは俺達獣人族に関係している」


「はぁ?なんでだ?」


 ドルヂの質問にジュドーが囁くように、それでいて大きな声で答えた。


「四国軍事同盟ですよ!!」


 その言葉を聞いた獣人族は口を開く。


「そういうことだから、そこの王国の人間?あんたは後ろで休んでてくれ」


 レオナルドは突如として起きた出来事に頭が回らず、少ししてようやく自分に向けて言われたことだと理解した。


 レオナルドは言った。


「ダ、ダメだ!これは誇りをかけた一騎討ちなのだ!!」


 獣人族の者が反論する。


「そんな人族同士が決めたことなんか俺には関係ない。それに見たところあんたは負けてたじゃないか?」


「……」


「ということで選手交代だ。それでいいな?帝国の将よ?」


 ドルヂは答えた。


「良いだろう……但し名をきかせろ」


「だからそういうの俺には……ってまぁいいか。俺の名はダルトン・コールフィールド。恩人であるハル・ミナミノ様の為に馳せ参じた」


 ダルトンは片手剣をアイテムボックスから取り出し、それを宙に一回転するように投げてキャッチする。そして戦闘態勢に入った。

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