第303話

~ハルが異世界召喚されてから16日目~


<フルートベール王国右軍・帝国左軍>


 先程から何度も馬上から攻撃がきては、エリンはそれを防いでいた。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 ベラドンナの馬上からの攻撃によりエリンはなす術がない。攻撃が一々と弾かれる。そうこうしている内に味方の王国兵がどんどんと殺られてしまった。


 ──後退をしながら帝国軍にジリジリと押し込まれているこの状況はよくない……


 そんなことを考えている間にもベラドンナの攻撃は止まない。頭上から叩きつけられる攻撃をエリンはハルバートを盾にして防ぐが、全身が痺れる程の衝撃を受ける。


 ──そんな細い身体のどこにそんな力が?


 痺れがおさまらない内にまた次の攻撃がやって来た。


「フレイム」


 今度の攻撃は魔法攻撃。


 ──魔法っ!?


 不意な魔法攻撃にエリンの反応は遅れた。剥き出しになっている顔と鎧の表面を焦がしながら何とか躱すが、ほとばしる火炎の中から馬から降りたベラドンナが現れ、刀身の曲がった剣を振り払う。


「うっ!!」


 エリンは体勢を崩しながら持っているハルバートを盾にするが、ベラドンナの攻撃に耐えきれず手からハルバートが手から離れてしまった。


 飛ばされたハルバートは回転しながら地面に突き刺さる。


 武器を失くしたエリンに剣の切っ先を向けるベラドンナ。刀身が曲がっているからなのか、自身の窮地によるものなのか目の前の光景が歪んで見えた。


 その時、王国右軍の中央、レオナルドのいる方向から眩い光が放たれるのを目にする。


「あれは……レオナルド様のプリズム……」


 それを見たエリンは意を決し、拳を強く握り締め、玉砕覚悟で構えた。


「フフン♪」


 ベラドンナは尚も向かってくるエリンを見て冷たく微笑む。


 周囲の王国兵は粗方片付けられ、ベラドンナの側近であるシュタイナーは自分達を率いる将の様子を見る余裕がある程度出来た。チラと見るとベラドンナは微笑んでいた。シュタイナーはあの微笑みの意味を知っている。


 絶望的な状況化で、それでもこらえて踏み止まる者を見るとベラドンナは決まってあの微笑みを浮かべる。


 ──きっと気に入らないのだろう……


 シュタイナーは心を痛める。目の前で王国兵を大勢殺しておきながら、主人であるベラドンナ、いや母スカーレットの娘のおぞましい過去に悲しさを覚えた。


 2人の戦いをシュタイナーが見守る。


 エリンが風属性魔法を拳にまとい始めた。


 そして、自身の誇る最高速度でベラドンナとの距離を詰め、拳を振りかざす。

 

 振りかぶった腕に風がまとわりつき、一気に解き放つ。


「風神拳!」


 拳がベラドンナに到達する直前、エリンは未来を見た。人間の脳は極限状態、或いは死が目前に迫ると思考回路が今までにない速度で動き出すことがある。自分がどうすれば生き残ることができるのか、それを脳が考えるのだ。


 エリンの見た未来とは死。


 振るわれた拳は腕から切り落とされ、相対する女は氷の微笑を浮かべながら、そのまま刀身の曲がった剣で首をはねる映像が文字通りエリンの脳裏によぎった。


 しかし、エリンの見た未来は外れる。


 目の前にいるベラドンナから突如として微笑が消え、エリンの背後に視線をずらすのが見えた。


 その瞬間、エリンの背後から突風が巻き起こりベラドンナは後退を余儀なくされる。


 エリンはその突風を見て呟いた。


「……第三階級魔法?ルーカス様?」


 フルートベール王国に第三階級風属性魔法を唱えられるのは魔法士長ルーカスだけだ。援軍が来たのだと思った、エリンは後ろを振り向き術者に礼を言おうとしたが、そこにいたのは美しい銀髪を伸ばしたエルフの少女だった。周囲の王国兵はその少女に圧倒されているような顔つきだった。


 エルフの少女はその容姿に似つかわしくない長剣を握り締めエリンに目もくれず帝国の将ベラドンナに突進した。


 あっという間にエリンの横を過ぎ去る、エルフの少女の後を追うように、エリンは後ろを振り返った。


 エルフの少女と帝国の将ベラドンナがお互いの剣を押し当て鍔迫り合いをしているのが見える。


 ベラドンナは突然現れ、自分と剣を交えているエルフの少女に告げる。


「貴方……ハル・ミナミノの側近の1人ね?まさかこんなにも可愛らしいお嬢さんだったなんて」


「見え透いたお世辞ね……」


 ユリは剣を交えた瞬間に理解した。


 ──この人強い……

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