第298話
~ハルが異世界召喚されてから16日目~
<王国・帝国中央軍>
総大将のシドーが号令をかけ、突撃を開始した帝国中央軍の重装騎兵隊400人は、シドーとすれ違うようにしてプライド平原を駆け抜ける。
帝国の重装騎兵隊の鎧は見ただけで頑丈な造りだ。持っている長槍は城門を打ち砕くそれに見えた。
各々馬の速度を上げるための掛け声は バラバラだが、同じ目標である王国中央軍に向かって突撃する。馬のいななく声と自分達を鼓舞する声、そこら辺にいる魔物ならば退散するほどの迫力があったが、その声は王国軍の矢によって、遮られる。矢が発声の為に大きく開けた帝国兵の口に命中したのだ。まるでその帝国兵だけが見えない壁にぶつかったかのようにして落馬する。
そんな光景を尻目に、帝国の騎兵隊は左軍と同様に怯むことはなかった。また、禍々しく着飾ったその鎧は騎乗している馬にまで及び、矢ごときではこの重装騎兵隊を止めることはできなかった。勢いを止めることなく前進する姿に王国兵は敵ながら感嘆している様子だ。
イズナは命令する。
「弓兵は第2矢をつがえるのを中止し、魔法士隊と替われ!!」
流石は戦士長、矢が有効でないことを悟った咄嗟のこの判断が多くの兵を救ったであろうことを自軍を含め、遠くからこの戦争を眺めているハルにも理解できた。
騎兵した第二魔法士隊が弓兵と場所を替わり、馬を走らせ、王国中央軍と少し離れたところから魔法を唱えた。第二魔法士隊は第二階級風属性魔法を唱える者達で編成されている。その威力は第一魔法士隊より劣るが、攻撃範囲が広いため、敵からしたら厄介な隊であることに代わりはない。
第二魔法士隊の魔法使い達が唱える。
「「「「ウィンドスラッシュ」」」」
鋭利を帯びた風が、音をたてながらプライド平原を駆け巡る。敷き詰められた下草は刈り取られ、不運にもその場に居合わせた昆虫達はあっという間にバラバラとなった。全てを切り裂くその風は帝国重装騎兵隊に襲いかかる。
その様子を見ていたイズナと王国中央軍に配属されている誰もが、突撃してくる帝国兵を滅したと思った。しかし、重装騎兵隊の歩む速度は変わらない。
中央軍にいるすべての王国兵が狼狽える中、戦士長のイズナは直ぐに第二魔法士隊を下がらせようとしたが、帝国重装騎兵隊の持つ長槍の餌食となる。
先の尖った槍の刀身部分が日の光りによりキラリと輝き、槍を突く帝国重装騎兵の豪腕が振るわれる。
1人を貫き、後ろにいる2人目、3人目までその槍は貫通した。
大打撃を受けた第二魔法士隊に更なる追い討ちがかかる。重装騎兵隊は貫いた長槍を捨て、馬から飛び降り、白兵戦へと突入した。腰にさした長剣を抜き、長槍から逃れた第二魔法士隊の魔法使い達を斬り伏せていく。
王国中央軍の先頭にいる者は直ぐ様、正面にいる第二魔法士隊の救出へと向かおうとするが、イズナの命令がそれを止めた。
イズナは考える。
──あれは、攻撃ではなく防御に特化した兵だ。焦って救出に向かうと、そこでタメをつくられ、敵右翼と左翼の攻撃を対処しきれなくなる恐れがある……
苦渋の決断だった。
イズナは横並びに整列している中央軍の丁度真ん中に飛び出すように位置する第二魔法士隊を見捨て、中央軍の右翼から攻撃を展開した。
その判断を、見て取ったフォスは呟く。
「良い判断ですな」
「普通の軍隊が相手ならな……」
シドーは言った。
「剣聖をおびきだす為の重装騎兵隊であったが……」
シドーは一足早く戦闘を開始した帝国左軍の様子を見てから、右軍へと視線をずらす。
土埃が王国左軍から帝国右軍方面へ向かっていくのが僅かに見えた。
「剣聖は敵左軍にいるか……中央軍左翼にいる私の精鋭を右翼へ向かわせろ」
シドーは早くも帝国右軍と剣聖のいる王国左軍の勝敗は王国軍が勝つと判断した。帝国右軍に勝利した王国左軍はそのまま総大将シドーのいる帝国中央軍の右翼を攻撃すると予想し、そこの守備を固めたのであった。
<フルートベール王国左軍・帝国右軍>
帝国右軍に配属された兵士達の叫び声が聞こえる。始めは戦果を上げんとする勇ましい声であったが、剣聖オデッサとの戦力差を目の当たりにすると、高所から飛び降りる際に自然と口から出るような声へと変化した。
帝国右軍もシドーの合図によって動き出した。てっきり矢と魔法が飛んでくるかと思っていたが、やってきたのはフルートベール王国最強の隊、剣聖オデッサ率いる斬り込み隊だ。
矢と魔法に強い防具に身を包んでいたが、全くもって役に立たなかった。剣聖オデッサと剣の扱いに優れている者達で構成されたその隊は、馬にのりながら次々と帝国右軍の騎兵達を斬り伏せていく。
あっという間に突撃した帝国軍の第一陣を突破し、突撃を今か今かと待っている帝国右軍の第二陣にまでオデッサの刃が届こうとしていた。
帝国騎兵が着ている鎧の隙間に長剣であるセイブザクイーンが差し込まれ、帝国兵の命を次から次に奪っていく。
槍を構えた帝国騎兵の1人はオデッサがこちらに向かってくるのを確認した。まだ遠いがあの勢いならば直ぐに自分の所へとやってくるだろうと推測できる。
──誰かを攻撃する瞬間ならば、いくら剣聖でも隙が生じる。
そう思った帝国騎兵は槍を構えて、剣聖に狙いを定める。自分の計算通りの速度で剣聖が向かってくるのがわかった。仲間を犠牲にするのは申し訳ないが、自分が少しでも剣聖にダメージを負わせれば、或いはその命を取れれば帝国の英雄になれる。
そんな野心を抱き、仲間である帝国騎兵の命をかき分けてやって来る剣聖を迎え撃つ準備を整える。仲間を攻撃している瞬間に帝国騎兵は構えている槍で剣聖の胸を突いた。
「ここだ!!」
しかし、剣聖はそこにいなかった。剣聖が乗っていた馬には誰も乗っていない。馬は主人がいなくても速度を緩めずに走っていた。
──あ……れ……?
槍を突いた帝国騎兵は疑問に思った。そして周囲がゆっくりと動いているように見える。また、戦闘中にもかかわらず思考が頭の中を駆け巡り、剣聖の率いる隊と味方の帝国騎兵達の動きがよく見えた。
──馬には誰もいない……剣聖はどこ…へ……?
「上だ!上だ!!」
仲間の帝国騎兵の声がゆっくりと聞こえる。槍を突いた帝国騎兵は頭上を見上げた。
そこには剣聖オデッサが上空へと舞い上がり、身体を捻りながら綺麗に回転しているのが見えた。
「剣技流天の舞」
透き通るような声が聞こえた。その瞬間、槍を突いた帝国騎兵と回りにいた帝国兵達の首が飛んだ。
オデッサを乗せていた馬は主人の着地地点へと走り抜け、オデッサを再び騎乗させることに成功する。
そして帝国右軍の第二陣を突き抜けたオデッサの率いる斬り込み隊は次なる第三陣が歩兵であることを確認して第二陣の殲滅へと作戦を切り替えた。歩兵が第二陣を助けに来るには時間がかかるだけでなく、騎兵している兵達を、ましてやオデッサ達を相手取るにはなかなか難しいからだ。
「このままここの帝国騎兵達を殲滅する!!」
オデッサは後ろについてきている隊の者達に告げると老兵であるロイドは両目を拭うようにして右腕を押し当てていた。
「オデッサ様がぁ……帰ってきた…」
「よせ、じぃ……調子が狂う」
帝国右軍の将ワドルディは喫驚した。外へと跳ねた口髭がその驚いた表情をより一層滑稽なものにしている。
「まずい……まさか剣聖がここにいるとは!!」
ワドルディは剣聖がいた場合の作戦に実行を移した。第三陣を下げて防御の陣へと移行する。
その光景を見たフルートベール王国左軍の将アマデウスは目を細めて呟いた。
「ワシの出番はなさそうじゃのぉ……」
しかし、フルートベール王国中央軍より来た伝令係がアマデウスを喚ぶ。
「至急!中央軍の作戦会議に参加してください!!」
何か緊急事態が起きたのは言う迄もない。アマデウスは自軍の様子を一瞥してから中央軍へと向かった。
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