第296話

~ハルが異世界召喚されてから16日目~


<プライド平原>


 朝日が昇り、朝靄が漂う、湿った空気は優しく照らされ、どこか幻想的な光景をうつし出している。そんなプライド平原はこれから行われるフルートベール王国と帝国の戦いでどのような光景に変わっていくのだろうか。


 プライドとは自慢、満足、自尊心、誇りという意味合いがあるが反面、うぬぼれ、高慢、思い上がりという意味も含まれている。


 国同士のプライド、或いは一人一人の戦士達のプライドをかけた戦争がこれから行われようとしていた。



<帝国軍野営地>


 起き抜けの身体を覚醒させるために伸びをする。長い黒髪の全体にはウェーブがかかり、一見ボサボサにも見えるが逆にそれがこの女性、ベラドンナ・ベラトリクスの妖艶さを際立たせている。


 ベラドンナはアイテムボックスから愛刀である刀身の少し曲がったククリ刀のような剣を二刀取り出し、朝日の昇る光景を見ながらグルグルと回し始めた。


 笑みをこぼす彼女はきっと調子が良いのだろう。ベラドンナの目はいつも眠たそうだ。俗に言うスリーピングアイの持ち主で、多くの男性を虜にしたのは言うまでもない。


 ベラドンナは天幕に戻り、シルクの寝間着を脱いで、黒の細いドレスに身を包んだ。これから戦争をしにいくよりも、舞踏会にでも参加するような格好をしている。


 彼女曰く、この方が動きやすいらしいが、彼女を守る帝国兵士達はいつもハラハラしている。


 着替え中かもしれないため、ベラドンナの軍の配下であるシュタイナーは天幕の外から声をかけた。


「ベラドンナ様!シドー様が御呼びです」


「あら?もうそんな時間?」


 ベラドンナはアイテムボックスから鏡と、化粧道具を取り出して、準備をした。


───────────────


 大きな天幕の中では、大柄な男達、特に帝国四騎士の1人で、これから行われるフルートベール王国との戦争で指揮を執るシドー・ワーグナーと、その部下ドルヂ・ドルゴルスレンが闘志をたぎらせていた。


 ドルヂと同じ地位にいる魔法詠唱者であるノスフェル・ウェーバーは難しそうな本を読み、これから行われる戦争の戦術会議が開始されるのを待っていた。


「おせぇな…」


 ドルヂが呟くと同時にベラドンナが天幕に入ってきた。


「お待たせしましたぁ~♪」


「てめぇ!相変わらずおせぇんだよ!」


 ドルヂが毒づくと、


「女の朝は何かと忙しいの♪殿方ならそれを水に流す度量を見せてほしいわぁ」


「ちっ!」


 2人のやり取りを聞いていなかったようにシドーは立ち上がり、これから行われる戦いの作戦を告げた。


──────────────


 ハルはフルートベールと帝国との国境であるプライド平原にいる。


 この平原は多少隆起した、なだらかな丘と平野が一面続いている。


 ハルは身体を伸ばし、全身でこの平原を駆け抜ける風を浴びていた。


 ハルにとってはもう2年以上もこの場に来ていない。思えば、初めての戦争は獣人国のクーデターから始まった。それを止めても止めなくてもフルートベール王国と帝国の戦力差は明らかだ。


 何故このようなまどろっこしい戦術を帝国がとっていたのか、ハルには皆目検討がついていなかった。


 そんな時、


「ハルく~ん!」


 ユリがハルを呼ぶ、走りながらハルの元へと駆けてきた。


「作戦会議をするから来てほしいって」


 ユリはそう告げると、風であおられた髪を手櫛で整えた。


 ハルは言う。


「じゃあ行こっか」


 2人は王国野営地にある天幕へと向かった。


 天幕の中にはプライド平原の地形を描いた大きな地図の上に、各隊を模した模型が置かれている。それを囲うようにして、鎧を着こなす筋骨隆々の戦士達と、ローブを着こなすヒョロヒョロの魔法使い達がいた。


 そんなヒョロヒョロの魔法使いを代表して宮廷魔道師のギラバが作戦を告げる。いや、ハルに向けて言った。


「今回の戦は、我々が指揮を執ってもいいのですよね?」


 ハルは片手をギラバに差し出すようにして答えた。


「ええ、どうぞ。僕達はあくまでも独立した遊軍ですから」


 それを聞いてギラバは満足気に頷いた。ギラバは作戦を告げる。そんな中、ハルとユリとメルをチラチラと見るイズナとレオナルド。この世界戦で2人に会ったのは三國魔法大会の時だ、ギラバと違ってこれといった敵意を向けてこないあたり、好感が持てた。


 ハルは作戦会議をしているこの天幕の隅で不安げな顔をしているルナを見やった。


 ──ルナさんがこの戦争に来ないよう取り計らっても良かったけど……


 戦争には口出ししないことをギラバと約束してしまった為にそうもいかなかった。


 そして、ハルはギラバの作戦を聞きながら、初めてこの戦争をした時の記憶を辿った。


 ──おそらく、敵はシドー・ワーグナー、ドルヂ・ドルゴルスレン、ノスフェル・ウェーバー、ベラドンナ・ベラトリクス。


 ハルはシドー以外の3人に囲まれて戦ったのを思い出す。


 帝国のことだから、このプライド平原での戦争中に、他の、例えば城塞都市トランとかに攻め込んでくるのではないかとハルは考えた。ヴァレリー法国軍と第四階級魔法を使えるサリエリ・アントニオーニを念のため城塞都市トランに置いていた。


 ハルは思う。


 ──この戦争に僕達が勝ったら一体どのように世界が進むのだろうか……

 

 作戦会議を終え、皆持ち場へと着いた。


 恒星テラの日射しが上から降り注ぐ。すると、


 ズン……ズン……


 と、大地が音を立てて振動した。


 ──いよいよか……


 帝国中央軍の姿が鮮明に見えてきた。よく見ると先頭の兵は自身の身体が隠れる程の大きな盾を構えている。


「神様あれは何?」


 メルが尋ねる。


「あれは矢と魔法を防ぐ防御魔法が付与されている盾だよ」


 以前、ギラバが優しく教えてくれたようにハルはメルに言った。


 王国軍との距離が200メートル程になると、帝国軍の行軍が止まった。


 騎乗した、いかにも武人然としている風貌の男がプレートアーマーを装備しマントを風にたなびかせて、行軍の前に現れた。


「我は帝国四騎士が1人シドー・ワーグナー。この軍の総大将である!これからフルートベール王国を侵攻するに……」


 要するに自分達の侵攻は正当なものであると主張しているようだ。


 シドーは建前を言い終えると、今度はイズナがシドーの前に現れた。勿論十分な距離をとって。


「私はフルートベール王国軍の総大将イズナ・アーキだ!!…帝国の口上は到底認めることはできない!…もし侵攻してくるのであればこちらも全力で抗わせてもらう!!」


 イズナはギラバからシドーのレベルを聞いていたが、いまこの距離でも一定のプレッシャーを感じる。


 ──本当に俺と同じレベル30……か?


 イズナは疑問に思った。


 イズナの疑問をよそにシドーは右腕を上にあげ、掌を開いた状態からぎゅっと握り締めながら命じた。


「…全軍……突撃!!!」


 うおぉぉぉぉぉぉ!!!!


 ハルにとって2回目の戦争が始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る