第295話
~ハルが異世界召喚されてから14日目~
<帝国領>
薄暗い天幕の中、そこに光るは松明の灯りだけ。その光は1人の美しい女性を上から照らしていた。
ベラドンナ・ベラトリクスは揺らめく炎を見つめていた。
パチパチと音を立てる炎は一体彼女に何を見せているのだろうか。
過去?それとも未来?
ベラドンナの場合は、専ら過去であろう。
その昔、火刑で処される者達をベラドンナはよく眺めていた。炎は大きく燃え上がれば燃え上がる程、その音は暴力的になる。そしてその炎の中で燃え上がる人間の声もそれに比例して悲痛の叫び声が増す。
眠たげな目を持つベラドンナのその妖艶さ故に感情が読み取りにくく、周囲から敬遠されがちだ。火刑に処される者達を最前列で眺めていることからも近付きがたい女性として認識されている。
しかしシドー曰く、昔はよく笑う天真爛漫な女の子であったとのことだ。というのも、ベラドンナの母親、スカーレット・ベラトリクスはシドーの軍に配属され、訓練時はベラドンナをよく連れて来ていたようだ。
当時のベラドンナは鎧や兜等の防具に落書きをしては兵士達を困らせていた。シドーもその餌食にあったことがある。しかし、皆がそれを微笑ましい表情で見守っていた。
当時は、前皇帝の時代だった。故に帝国の中でも恐怖政治が横行し、皆がピリつきながら生活を送っていたのだが、ベラドンナのいたずらはちょうどいいガス抜きにもなっていたようだ。
母親のスカーレットも幼少期のベラドンナ同様、自由奔放な女性だった。鉄柵があればその上に登り、バランスをとりながら歩く。愚図るベラドンナの手をとって共にダンスを踊ることもあった。
しかし、ベラドンナにそんな記憶などない。
もしかしたら彼女はそんな過去の記憶を見付けるために松明や火刑の火を見つめているのかもしれない。
すると、ベラドンナのいる天幕に部下であるシュタイナーが入ってきた。角張ったその顔は常に歯を噛み締めているのではないかと思わせる。
「お嬢。レベル調整はしないのですか?」
お嬢とは、ベラドンナのことだ。ベラドンナの軍は以前母親のスカーレットに仕えていた兵士達が多く、ベラドンナをそう呼ぶ者が多かった。
因みに、レベル調整とは、戦争やダンジョン攻略の際、経験値をレベルアップしないギリギリまで貯めて、回復アイテムやMPが不足しHPを回復する手立てがなくなった時、目の前の敵を倒せばレベルが上がり、HPやMPを回復させる手法のことだ。
「そうね♪一緒に行きましょうか?」
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~ハルが異世界召喚されてから15日目~
ノスフェルはプライド平原の野営地についた。
するとノスフェルの弟子のシーリカがその小さな身長に対しては些か大きすぎる三角帽子を目深に被り、足元が覚束ない足取りでやって来た。ノスフェルの前で止まると、シーリカは両手で帽子のつばを持ち上げてその愛らしい表情を覗かせた。
「お帰りなさいませ!ノスフェル様!」
「あぁ……シーリカ、少し話がある」
ノスフェルが含みをもった言い方をするのでシーリカはハッとする。
「……まさか……私と……婚約を!!?」
頬を赤く染めながら言うシーリカ。それをヒラリと躱すようにノスフェルは言った。
「サリエリ・アントニオー二が帝国を裏切ったそうだ……」
先程まで半ばふざけていたシーリカの表情は一変する。
「え……?」
「まだその可能性が浮上したにすぎないが、しかし、これで奴を殺す大義名分ができたな」
ノスフェルが嬉しそうに語るのをシーリカは俯きながら静かに肯定する。
「そう……ですね……」
「敵はまだ、我々がサリエリの裏切りに気付いていないと考えている筈だ。だから明日の戦争に奴は参戦してこないだろう。しかし、もう少しだ。もう少しで我々の悲願が叶うぞ。己の保身と魔法のこととなると何にでも犠牲を払ってきたあの老害に報いを受けさせる」
ノスフェルは今でも思い出すだけでサリエリに対しての怒りを抑えられないのだろうか。刺すような魔力をたぎらせていた。
それを見たシーリカは思う。
──ノスフェル様……私はもう…貴方と一緒なら……
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