第290話

~ハルが異世界召喚されてから12日目~


<帝国領のとあるダンジョンにて>


 ダンジョンの生成について詳しいことはわかっていない。昨今の研究では特定の磁場と自然に発生する魔力溜まり、魔力を有する魔物や人間の死体が積み重なった結果、ダンジョンが生成されると、とある有識者は語る。


 帝国では、このダンジョンを人工的に発生させる実験を試みたが、上手くいかなかった。


 何故このような実験をするかというと帝国では数々のダンジョンが見付かり、最深部には魔石や強力な武器防具を造れる素材が度々発見されるからだ。


 また、下の階層へ行けば行くほど魔物も狂暴さを増す。帝国が武力に長けているのはこのダンジョンが数多くあるからだろう。


 もちろん、フルートベールやヴァレリー法国、獣人国にもダンジョンは見付かっているが、帝国のように強力な魔物や素材が山程出てくるわけではない。


 そして、帝国で最も有名なダンジョンがある。それは「竜の巣」と呼ばれるダンジョンだ。このダンジョンの最深部へ到達した者はいない。


 また、ここは帝国、つまり国の管理下に置かれ誰もが簡単に入れることができなくなった。入る資格を有するものとしてレベル28以上の者と限定している。その理由としてはレベル30以上の魔物が確認されただけでなく、行方不明者が数多くでたからだと帝国は言う。


 また、有名になった理由は他にも挙げられる。それは、壁から行方不明になった冒険者の声が聞こえるとの報告が上がったのだ。これは「竜の巣」に限ったことではなく、昔から子供達をダンジョンに近付けないための方便として語られてきた側面もあるが、以前帝国は国の方針としてこの「竜の巣」の大規模探索を行った際、多くの者が声を聞いたと報告されているとのことだ。ダンジョンの持つ神秘的な魅力と謎がそのような噂に真実味をもたせている。


 そんな謎に包まれたダンジョン「竜の巣」に現在レベル上げをしているのは、帝国四騎士シドーの軍に配属されている将軍の一人ドルヂ・ドルゴルスレンだ。その巨体と同じくらい大きな剣、斬ることよりも叩き潰す役割を担っていそうな大剣を振りかぶり、魔物を撃破する。


「よし!」


 満足のいく攻撃だったのか、大きな声をドルヂはあげたが、その横でドルヂの隊の軍師にして、支援魔法を得意とするジュドーが不満の声を上げた。


「よしじゃないですよ!!」


 小柄なジュドーの顔と鎧は撃破された魔物の返り血で汚れていた。ジュドーは綺麗な白い布を取り出し、それを一生懸命拭おうとしていたが、拭ったせいでその白い布がおぞましい色に染まったのを目にして、更にへこんだ。


「もうちょっと周りに配慮して攻撃してくださいよ!!」


 ウンウンと他のドルヂの近衛兵は頷く。それに対してドルヂはこたえた。


「お前らは俺のことをよくわかってるなら、それを予測して動け!!それに戦場では配慮して攻撃なんかできんからな!!」


「まぁそれはそうですけど……この程度の魔物をそうダイナミックに殺さなくたって良いじゃないですか!!」


「ダイナミックってなんだ?」


 ジュドーはこれ以上ドルヂに言い返すのをやめた。それはダイナミックという古代語の説明をするのが面倒になったのもそうだが、このダンジョンの奥から足音が聞こえてきたからだ。


 ドルヂ達は足音の聞こえる方向を見やると、そこから燃えるように赤い髪をした少女がレイピアという刺突専用の片手剣を腰に携えてやってきた。


 ミラ・アルヴァレスだ。


 ドルヂ以外の者は皆、ダンジョンの脇に立ち並びミラの通る道をあけ、敬礼をしている。しかし、ドルヂはその巨体を動かすことなく道の真ん中に佇んでいた。


 それを見たジュドーは囁くように、しかし大きな声で言った。


「なにしてるんですか!!早くどきましょうよ!!!!あっ……」


 ジュドーの注意も虚しく、ミラは道の真ん中にいるドルヂの前で止まった。


「どいてくれないか?」


 ミラがドルヂに告げる。


 ドルヂは答えた。


「お供を連れず、何階層までいったのですか?」


「30だ」


 それを聞いてジュドーは敬礼をしながら吹き出した。


「サンジュウ!!」


 30階層ともなるとバジリスクやキメラが出現する。


 ドルヂもこの魔物達を倒すことはできるが、1体を相手取るのがやっとだ。他国へこの魔物が渡れば軍を向かわせる程、大事になる。


 ドルヂは言った。


「もしお供が見付からなければ、俺がついていきますよ?」


 ジュドーは勝手なことを言い出したドルヂに卒倒しそうになる。


 ミラは答えた。


「私が供を断ったのだ。見付からなかったわけではない」


 ミラはそう言うと、いつまでもどかないドルヂの横を通り、ダンジョンの出口へと向かうが、振り返ってドルヂ達に告げた。


「あと少しで会議だぞ。その汚い格好で出席するつもりか?」


 ドルヂ一行は自分達の装備している鎧を見た。その隙にミラは姿を消す。


「全く……どうしてミラ様に突っ掛かるのですか?」


 ジュドーはドルヂに尋ねた。


「突っ掛かってなどいない。俺は悲しいんだ」


「へ?」


 意外な返答により固まるジュドーにドルヂは続けて述べた。


「あの歳で誰に頼るでもなく、あの強さ……一体どのような経験を積めばああなるってんだ……」


 ジュドーはドルヂの優しさを再確認する。


「というかなんでミラの嬢ちゃんが俺らの会議のこと知ってんだ?」


「それは、各国で新たな動きがあったからですよ」


「じゃあ嬢ちゃん達も俺らの戦争に加わったり……」


「その可能性もありますね」


「こうしちゃいられねぇ!!お前らー!!早く帰って会議に向かうぞ!!」


 ドルヂは巨体を上下させて、ミラのあとを追うように出口へと向かった。それを追ってジュドーと近衛兵達も走る。


「会議に急いだって、内容は変わりませんよ!!?」


 ダンジョン内にジュドーの声が響き渡った。

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