第289話

~ハルが異世界召喚されてから11日目~


<聖王国>


 ハルとメルはレッドの遺体を前にしている。メルはそこで気を失った。


 ハルはそれを見届けてから、レッドを第五階級聖属性魔法で甦らせた。また、第三階級聖属性魔法で両目を復活させた。


 ハルはこのような、相手が成長するためにわざと苦しみを与えるように仕向けている自分に嫌気がさしていた。


 苦しむ前に救うこともできるが、それは本当の救済なのだろうか?今のハルがいるのは苦しみを味わったからであって、苦しみを味わう前の自分に戻りたいかというと答えはノーだ。


 しかし、この答えは人の数だけ存在する。つまり、今やっているこの救済とはハルの身勝手な押し付けでもある。


 自分がやらないでもいつか誰かによってわからされる。そして、その先にユリやメル、レッドのように死が待っていたのだとしたら、ハルがやっていることは救済だと言えるだろう。


 ハルは自分にそう言い聞かせて、夜を待った。


────────────────


 ハルはメルが夢にうなされ、起きたのを確認した。もう監獄は消灯の時間だ。薄暗い檻が建ち並ぶ中を歩く二つの足音が聞こえる。


 足音はハル達の檻の側で止まると、


「メル!連れ戻しに来たぜ?」


 海の老人ゾーイーと長老と呼ばれるマクムートがハルとメルを迎えに来た。


 ハルは呟く。


「手間が省けたな……」


 しかし、これにより何か別の齟齬が発生したのではないかと思考する。


 ハルの言葉を受けてマクムートは声をだした。


「お前さんか?メルをたぶらかしているのは?」


 ハルはそれに答えようとしたが、マクムートが先を続ける。


「安心せぇ、ワシらの周囲しか音が聞こえないようにしておる」


「わかってますよ。そのくらい」


 ハルが答えていると、ゾーイーが刑務官から拝借してきた鍵束を指の第一関節付近でクルクルと回転させながらハルとメルの檻まで歩いてくる。


 音を立てて牢屋の扉が開いた。ゾーイーは、鍵の束を別の牢屋に投げ込んだ。投げ込まれた牢屋の住人はいびきをかいて寝ている。


「全然気付かねぇ、流石じいさんの魔法だ……ってオイ!早く来いって!」


 メルは小さく呟いた。


「ぃやだ……」


 メルの声が小さかったのもあるが、ゾーイーとマクムートは驚いた。


「お前?喋れんのか?……って今なんつった?」


「いやだ……お前らとはもう関わりたくない」


 メルの口調がしっかりしてきた。


「もう僕は誰も殺したくない!!」


「いや……マジだったのかよ……ハハハハハハハ!!お前が…良心を持つなんてな!!いやぁ流石、若様だな!!なぁじいさん?」


「左様……しかしまさかメルをここ迄成長させるとは……そこの者もなかなか……」


「でもアイツがいたからこの作戦もうまくいったんだろ?」


 メルはゾーイーが何を言っているのか理解できなかった。


「作戦……?」


「そうそう!お前に近付く者を殺すって作戦だ!ん?遠ざけるだったっけか?まぁこれには理があったからな、お前に近付く者を排除できるってきいたから俺は了承したんだ(それにそこにいるガキの戦力も測れる)」


 メルはゾーイーが何を言っているのか半分しか理解できなかった。理解できた半分が重くのし掛かる。


「じゃあ僕のせいで…レッドが……」


 ゾーイーは槍を構える。


「まぁいい、とりあえずお前は連れて帰る。じいさんはまだ手を出すんじゃねぇぞ?俺がもう1人も片付けるからな!?」 


「いや……そうもいかんな……」


「は?」


 いつの間にか牢屋から出ていたハルを見てたじろぐゾーイー。


「コイツは……確かに強ぇな……」


「まぁコヤツはワシに任せて、お前はメルを頼んだぞ?」


「わ、わかった……行くぞ!メル!!」


 ハルとマクムートはお互いメルとゾーイーから距離をとった。


 ゾーイーの攻撃をギリギリで躱すメルを尻目にハルとマクムートは暫くお互いを見あっていた。


「よいのか?メルがこのままでは殺られてしまうぞ?」


「そうはならないって知ってるから大丈夫だよ」


「なぜそうはならないと?」


 ハルはメル達の戦闘を見た。ちょうどメルがゾーイーに吹き飛ばされる瞬間だった。


「これが正しいことだからだよ」


「為政者は皆そう言って独裁へと走った……」


「チェルザーレ枢機卿は違うのか?」


「若様は、命あるモノ全ての為に戦っておられる」


「結局のところ一緒だよ。それって誰かに頼まれたの?それとも誰かを殺せば、苦しめば、また別の誰かが幸せになるのかな?」


「何が正しいのかそれは誰にもわからない。だが、我々は今まで培ってきた経験がある。正しい方向へと導くことはできる」


「じゃあ僕のやってくることも正しいことじゃない?」


 マクムートはゾーイー達の戦闘を見やる。メルは自分の檻の中に飛ばされ、今まさに戦闘を終えたかのように見えた。


「ハッ!どこが正しいのだ?メルではゾーイーを倒せなかったぞ?」


「まぁメルはあんたらの言う、その正しい方向へと向かった結果自殺したんだけどね?」


 マクムートが臨戦態勢に入ると、メルが詞の朗読を始めた。メルが纏う魔力の質が変わったようにマクムートは感じる。


「なっ!!?」


「これがメルの正しい道だ」


「貴様は何者だ!?神にでもなったつもりか!?」


 ゾーイーはメルに攻撃を仕掛けるが、躱された。マクムートがそれを止めようとすると、


「あんたは僕が相手だ」


「調子に乗るなよ小僧!?」


 マクムートは蒼い宝玉を光らせようとすると、ハルは唱えた。


「サンダーボルト」

 

 青白く発光する雷にマクムートは包まれる。


「ぐきゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 叫び声はマクムート自身がかけた魔法により外部には聞こえなかった。


 ハルがメルの様子を見ると。ゾーイーが地面に倒れるところだった。


 目が合うハルとメル。


「おはよう。ようやく目が覚めたみたいだね」


「神様……僕は夢を見ていたようだね……」


「ようこそ、現実へ」

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