第288話

~ハルが異世界召喚されてから10日目~


 Bランク冒険者にして帝国の密偵ガウディは、Dランク冒険者にして獣人のフェレスを尾行していた。塔内の魔物を倒しながら対象のフェレスに気付かれないようにするのはなかなか難易度が高い。しかし流石はBランク冒険者と言ったところだろうか、ガウディは音も立てずに任務をこなしていた。任務と言っても殆どガウディの思い付きである。


 フェレスはというと、魔物を倒し、壁画を眺めたり天井に張り付いたりと、自由奔放に行方不明となった生徒を捜索している。また、時々鼻歌を交えながら塔内部を歩き回っていた。


 ガウディは思う。


 ──確かにDランクの冒険者にしてはそれなりの戦闘力を有している……それにもう日が暮れ始めた……普段の能天気さに加えて真面目に依頼をこなしている……


 ガウディはフェレスに対して評価を改めた。そして少しの罪悪感を抱くと、フェレスは塔を降り始めた。


 ──流石にもう今日の捜索は諦めたか……俺も王都へ戻るか……


 ほぼ思い付きで立てたこの尾行作戦は不発に終わったと思うガウディだが、塔の1階へついたフェレスは突然辺りをキョロキョロと見回した。


 ガウディは曲がり角に身を潜める。


 そしてゆっくりとフェレスの様子を覗き込むが、そこにフェレスの姿はなかった。


 ──っ!!?


 ガウディは嫌な予感がして後ろを振り向く。


 だがそこには誰もいない。


 ──ならば、ここに隠し通路があるのか?


 ガウディはフェレスがさっきまでいた周辺を探る。


 壁や天井、そして床……


 床の石畳が微妙に色合いが変わっていることに気が付く。ガウディはしゃがみこみ、その部分に触れると、


 ガコッ


 地下へと続く階段が顕となった。


「なんだ……ここは……」


 ガウディは背中に✕印で背負っている双剣の一つを引き抜き、いつでも攻撃ができるように準備しながら階段をおりた。


 最後の段を降りきると、薄暗くて広いスペースへと出た。


 ──ここは…何かの施設なのか?


 成人男性がすっぽりと入る半透明でできた容器がいくつも乱立していた。その容器の中には液体が満たされており、魔物が収容されている。


 ガウディがこの施設に見とれていると、奥の方から声が聞こえてきた。


 ──2人いる?


 耳をそばだてるガウディ。


「…久しぶりにゃ?え~っと……」


「ベルモンド」


「そ、そう!ベルモンドにゃ!!」


 1人は獣人フェレスの声だが、もう1人は少年の声だ。


 ガウディは2人に気付かれないようにして、物陰に隠れながらそっと様子を窺う。


 ──あれは……あの少年は確か……ピエロットのメンバーの1人……名前までは知らなかったな、ベルモンドというのか……


 ガウディは長い冒険者人生の中で1度だけ会ったことのあるピエロットのメンバー達の顔を思い浮かべた。今から何年も前のことだがガウディは疑問に思った。


 ──あの少年……歳をとらないのか……?


 フェレスに関しても容姿の変化のなさを指摘できるが、本人曰く獣人は人族よりも見た目年齢が分かりにくいそうだ。例えば、馬や魔物を見て年齢がわからないのと似ているらしい。


 ガウディはそれについては納得していたが、この少年の変化のなさには違和感を覚える。


「……でもあれだにゃ?結構前からその名前使ってるにゃ?ベルモンドにとってそれは珍しいことにゃ」


 フェレスは以前ベルモンドと会った時と同じ名前を使っていることに驚いているようだった。


 ガウディは思う。


 ──名前をコロコロ変えているのか?


「いつも言ってるだろ?名前の数だけ人生はあるんだ。僕はそれを変えては、違う人生を送っているんだよ?」


「そうだったかにゃ?」


「……それにそういう君だってフェレスなんて名乗ってるけど昔は別の名前だったじゃないか?」


「まぁ、元の名前を使ったら色々と面倒になるのにゃ?今ならきっとバカにされるにゃ……でもにゃーはフェレスと決めた日からはずっとフェレスにゃ?ベルモンドはそう何回も名前を変えてたら覚えるこっちが苦労するにゃ」


「それは……確かにそうだね。ただ、これはやめられないことなんだ」


 フェレスはそれを聞いて呆れる。


「にゃ……にゃー達に気を遣うよりも別の人生を歩める楽しみのが上にゃ?」


 ベルモンドは無邪気な笑みを浮かべて言った。


「そういうこと!」


 しかし、その笑みが急にしぼみ始めた。


「……だけど本当だったら、もうそろそろでこの名前を変える予定だったんだけど……まだこの名前を名乗り続けることになりそうだよ……」


「何かあったにゃ?」


 ベルモンドは施設内を見渡す。


 ガウディはそれを察知して物陰に完全に身体が隠れるようにした。


「ここの施設にいた司祭。まぁ僕が飼ってた人なんだけど、その人がどうやら死んでしまったようなんだ」


「それで?」


 フェレスは先を促す。


「その人はこの塔に宝がたくさんあるって思ってたみたいでさ、その宝を手に入れる為には妖精族の涙が必要だってことに気付いたから僕がそれを手伝っていたんだよ」


「げっ……」


 フェレスは口元に手を持っていきゾッとした表情でベルモンドを見ている。


「妖精族を手に入れさせたは良いんだけど、なかなか涙を流させることができなかったみたいでさぁ……」


「でもあれだにゃ?妖精族の涙は……」


「そう!だからその司祭にやっとのことで妖精族に涙を流させて、喜んだと同時にその人が死に至る瞬間が見たくてさ……」


「でも失敗したにゃ?」


「うん……」


 ヨシヨシとフェレスはベルモンドの背中をさする。


「失敗した原因はわかってるにゃ?」


「それは君がここに来た理由と関係があるかもしれない」


「魔法学校の生徒の失踪」


「そう、それ!たぶん、僕達の国から脱走した魔族だよね?それか本当に今まで隠れながら生きてきた野生の魔族か……心当たりある?」


「ん~……それだけじゃないにゃ?ベルモンドはエレインの報告を聞いたかにゃ?」


「エレインが何を報告したんだい?」


 ムフフ、とこれからいたずらをしようとする子供のような笑い声をもらして、フェレスは言った。


「第七階級魔法を唱える少年がフルートベールに現れたって」


「マ!!?!?……え?それ本当?僕らの気を引きたくてエレインが嘘ついてる可能性はない!?」


「間違いないと思うにゃ?あのお方から聞いたにゃ」


 ベルモンドは、暫し喜びを噛み締めてから考えを口にする。


「それってきっと邪神ディータの使いだよね?……その情報を帝国は入手してるの?」


「たぶんまだにゃ?」


「じゃあ……」


 ベルモンドから魔力がほとばしる。それはこの地下施設中に広がり、ガウディを飲み込んだ。


 ガウディの背筋が凍る。そして身体中が震え始めた。ガウディは直ぐにこの場から離れようとしたがもう遅い。ベルモンドは一瞬にして移動し、ガウディの首根っこを押さえ付けるようにして掴んでいた。


「っな!!?えっ!?」


 ガウディは状況を飲み込めない。


「この人は始末すべきかな?」


 ベルモンドはフェレスに訊いた。


「ん~生かしておくのも面白い気はするんだけどにゃー」


「で……でもこの気持ちの高ぶりを抑えることは出来ないんだ!!」


 それを聞いてフェレスは笑顔で答えた。


「じゃあ好きにするにゃー」


「そうするよ!」


 ベルモンドがそう言うと、ガウディは捕まれている首に衝撃を受ける。全身の筋肉が硬直したかと思った瞬間、意識が途切れ絶命した。


 ベルモンドは呟く。


「あぁ……楽しみだなぁ……早くその子に会いたいや!!」


 ガウディの首から手を離すベルモンド。その手にはバチバチと音を立てながら電撃が這いずり回っているのがうかがえた。

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