第287話

~ハルが異世界召喚されてから10日目~


<フルートベール王国クロス遺跡周辺>


 潮風と波の音を聞きながら、水平線の彼方を見つめる。恒星テラの光により海面はキラキラと輝いて見えた。この景色に身を委ねながら1日を過ごせばどんなに素晴らしいかとBランク冒険者のガウディは思う。


 フルートベール王国魔法学校の生徒の失踪から今日で3日経つ。魔物の出る場所で3日も行方がわからないとなると生存は絶望的だ。しかし、このクロス遺跡の塔で行方不明になることは非常に珍しかった。


 この塔はガウディも駆け出しの冒険者の時には世話になったものだ。だからこそ、この失踪事件はおかしいと思える。いや、誰もがそう思っているはずだ。


 冒険者が死亡することは良くある。現にここの塔に至っても冒険者が死亡する事件も年に1、2回はある。だが、必ず死体は残る。この塔には骨を消化できる魔物は存在しないからだ。


 捜索隊の殆どは、とある考えが頭に過っている。それは引率の教師が、痴情の縺れか何かで生徒を殺害してしまった為に、このような失踪事件を企てたのではないかということだ。


 また、その魔法学校の教師は突然、塔内部が暗くなったと同時にその女子生徒が姿を消したという証言を残している。誰もがその証言を信じていない。しかし、パーティーで行動していた、他の生徒達も同じような証言している。これに関しても、捜索隊の中では、その教師が催眠魔法をかけて他の生徒達に幻覚を見せたのではないかと言っている状況だ。


 ガウディはこの生徒の捜索隊として派遣された。というよりは自主的に来たのだった。表向きはBランク冒険者であるガウディだが、その裏では帝国に有益な情報を送る為の密偵として活動している。


 何故ここへ来たかというと、引率の教師、スタン・グレネイドはガウディと同じ帝国の者だ。密偵同士何か見えない絆で結ばれているのだろうか、ガウディはスタンの証言を信じていた。


 密偵であるならば嘘みたいな愚かな証言などしない。そんなことをすれば自分の立場が危うくなることをスタンも知っているはずだ。


 ──彼は本当のことを言っている。


 スタンからの要請で来たわけではないガウディ、ましてや帝国軍事総司令のマキャベリーの依頼でもない。ただここへ来れば何か帝国にとって有益な情報があるとガウディの勘が言っていた。


「んにゃー!良い天気だにゃー!!」


 そんなことを考えていると、呆けたような大きな声がガウディの思考を遮る。その声の持ち主は、冒険者パーティー、ピエロットのメンバーである猫の獣人フェレスだ。フェレスは両手を頭上に伸ばして、陽射しを全身に浴びている。頭についた耳をヒクヒクと動かして、辺りを見回した。フェレスの行くところ何故か事件が起こる。その可愛らしい耳は、きな臭い事件の音を聞き分けているようだ。


 しかし、ガウディはこのフェレスが苦手だ。元気で能天気なフェレスを、慕う者も多いが、フェレスがたまに見せる好奇心の塊とも言える眼差しが怖くてたまらないのだ。


 その眼で見つめられると、どんなことでもされそうな、善行も悪行もそこにはなく、ただ好奇心の為ならなんだってしてのけそうな表情をフェレスはときどき見せる。


 フェレスだけではない、ピエロットのメンバーは不気味な奴しかいない。占い師を気取る奴や表情のよめない少年とその少年に母親のようについてまわる女、思えばガウディは何を考えているのかわからない者を嫌う傾向にある。


 ピエロットのメンバーは全部で4名。Dランク冒険者ではあるが、その実力は未知数で、ガウディと同じくBランクの実力があるのではないかと噂されているくらいだ。


 さて、捜索を始めてから既に3日。今日を入れれば4日だ。この捜索隊には国の衛兵と冒険者で構成されている。駆け出しの冒険者にとっては都合の良い依頼だった。生徒を見付けられなくても国から給金が貰える上に、塔内の魔物を倒してレベルを上げる。捜索が始まった頃はたくさんの冒険者が隊に加わったが、捜索を始めて4日目の今日で殆どの者がこのクエストから離脱した。


 ガウディもこの依頼から離れようと考えたが昨日、目の前にいるフェレスがこのクエストに参加したことから、今日はある作戦を実行しようかと考えている。


「んにゃー?ガウディは今日も捜索するにゃ?」


 フェレスが声をかけてきた。


「いや、これから王都へ戻って給金をいただくところだ」


 ガウディはそう言って王都行きの馬車の方角を、顎をしゃくって指した。フェレスはピンと立てていた耳をシュンとさせて別れを惜しみ始める。


「寂しくなるにゃー」


 ガウディは手を挙げてそれにこたえた。


 ──さぁ、フェレス……俺にお前の秘密を教えてくれ……


 ガウディの作戦とは帰るふりをして、ピエロットのメンバーの1人であるフェレスを尾行し、観察することだ。


 これはガウディの勘にすぎないのだが、


 ──フェレスならば、こんなきな臭い事件を嗅ぎ付ければ昨日合流するのではなく、初めからこの捜索隊に加わっていた筈だ。


 冒険者についてもガウディは帝国に情報を提供している。普段何をしているのかよくわからないピエロットのメンバーに関する報告はあまり目にしなかった。これは良い機会である。また、不気味な雰囲気を持つフェレスにただ興味があったのだ。これに関して言えばガウディもフェレスの好奇心について悪くは言えなかった。


 ──途中で尾行に気付かれても、それらしい言い訳ならいくらでも並べ立てられる。


 ガウディはフェレスと別れ、馬車に乗り、クロス遺跡から少し離れると、直ぐに下車して塔へと向かった。


────────────────


 一方、その頃ハルは……


<聖王国>


「もしかしたら、この、くそったれな、灰色の、塀の、中に?」


 レッドは自分の読みたい小説の一文に指を押し当ててゆっくりと確かめるように音読した。


「うん。合ってるよ」


 順調にメルの救済へと進んでいた。

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