第286話
~ハルが異世界召喚されてから9日目~
<聖王国>
全てが歪んで見えた。
全てが淀んで見えた。
過去の過ぎ去った思い出は色褪せ、別世界のように思えた。あの時は夢で、今が現実。
ここでは希望を見いだせない、見いだしてはいけない場所、それがバスティーユ監獄。
かつてはくっきりとした丸い眼はここへ来てから半分程しか開いていないことをレッドは洗面台の鏡を見てようやく気が付いた。
顔を洗っても、洗ってもその眼は半開きのままだ。諦めたレッドは、濡れた手で寝癖を直した。
バッチリと眼以外が決まったところで、朝の点呼の為、牢屋の外へと出た。
すると、いつもは誰もいない牢屋の前に1人の少年が立っていた。
──新しい住人か?オイラより少し歳上かな?
レッド達既存の囚人達はいつものように朝食をとりに食堂へ向かった。しかし新入りはそのまま牢屋へと戻る。
──腹減ってないのかな?まあ無理もないか。こんなところに入れられたばかりのときは特にね……
レッドも収監されてから間もない時は食欲不振になったのを思い出す。
食堂にはやはり、例の新入りはいない。朝食をとり終えるとレッド達は刑務作業へと向かった。
外へ出ると、眩しい恒星テラの光りに当てられ、レッドは手でひさしをつくった。乾いた風が吹いて、監獄に敷き詰められている砂を撒き散らす。眼に砂が入らないよう薄目になりながら、レッドは集合場所まで向かった。
その道中またしても新しい住人が収監されに来るのが見えた。そして、これまたレッドと同い年くらいの少年が衛兵達に囲まれて監獄へやってくる。
他の囚人達は丸太で造られた壁の隙間からその様子を見ている。
──物々しいな……大罪人か?オイラと同じぐらいの歳だけど……
レッドはそう思いつつ、刑務作業に集中した。
────────────────
テーブルを激しく叩く音が部屋中に響いた。
「一体何がおきている!!」
チェルザーレは激昂した。
「ロドリーゴの暗殺に失敗し、メルが監獄へ送られた」
チェルザーレはマキャベリーに言い寄る。
「まさかこうなると知っていたのか?」
マキャベリーは冷静に返答した。
「昨日、私も獣人国王の暗殺に失敗しました。その時、この作戦も失敗に終わるかもしれないという予感が少しだけあったのは確かです。しかし、これで確信したことがあります。敵は密偵から得た情報や思考から行き着く行動をしているわけではありません」
「ではなんだと申す?」
「私よりも鮮明に、近い未来を見たと考えられます」
チェルザーレはそれを受けて、マキャベリーに背を向けて言った。
「啓司か……それを見た者というのが、フルートベールに現れた……」
「ハル・ミナミノである可能性が高い」
マキャベリーはチェルザーレがその名を口にする前に言った。
「ならばメルが収監されたバスティーユ監獄に、まるで図ったかのようにしている、このハル・ミナミノが本人である可能性はあるか?」
「それについては、熟考しなければなりませんね……」
「そんなことはない。簡単な話だ。私が直接出向いて、報いを受けさせる」
マキャベリーはそれを止めた。
「これは罠である可能性が高いです」
チェルザーレは反論する。
「ロドリーゴの暗殺を止めるよりも、直接私と戦えばそれで済む話ではないか?しかし、それをしなかったのは私に勝つ自信がないからだ」
「確かにそれも考えられますが、それでしたら偽名を使って潜伏するべきかと……敢えてその名前を使っているのが気になります」
「ならば、マクムートとゾーイーを向かわせる。剣聖と同程度の強さならばこの2人でこと足りる」
「もしその2名が敗れてしまった場合、どのうようにお考えですか?」
「…私自身で……」
マキャベリーはチェルザーレが言い切る前に言った。
「帝国に亡命すべきです」
チェルザーレはマキャベリーの提案を聞いてため息をつく。
「やはりお前の息がかかっているように思えるが、まあいい。暗殺が不発に終わったのならばもう後戻りはできない。全ては黙示録第12章、天界戦争を止めるためだ。お前の言う通りにしよう……いや、待てよ……今お前がやっていることをハル・ミナミノがしている可能性はないか?」
「それについては、考えました。確かに、剣聖オデッサと獣人ダルトン・コールフィールドの台頭。そしてメルさんと同じ監獄に入っていることから、次はメルさんを覚醒させる気かもしれません」
チェルザーレは何かを決心したかのように立ち上がり、考えを述べた。
「……ならば、私も犠牲を払おう。マクムートかゾーイーが覚醒するか、敗れてメルやそのハル・ミナミノの礎となるか」
マキャベリーは黙る。チェルザーレがここまで身を切るということは見返りを要求する可能性が高いからだ。チェルザーレは続けて言った。
「もしマクムート達が敗れるのであれば、お前は今度行われるフルートベールと帝国の戦争で正面から奴等とぶつかり合え。天界戦争を止めるために強者を生み出すのだ」
「……畏まりました」
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