第283話
~ハルが異世界召喚されてから7日目~
<獣人国>
夜の帳がおり、今日も反乱軍との戦争に活路を見い出せずに1日が終わろうとしている。
獣人国の王シルバーは寝室にある巨大なベッドに座っている。その正面には先代の王達が紡いできた歴史ある鎧が飾られていた。
シルバーはいつもその鎧を眺めては、明日を今日よりも良くしようと考えてから眠る。
人族と同盟を結ぶのは今までにも数回あった。しかし、その中身はというと獣人国に不利に働く内容が多かった。だが今回結んだ同盟には利点がかなりみられる。国を復活させる起爆剤になればとシルバーは考えているが、他の獣人達は慎重だ。今まで散々人族には虐げられて来たのだから、そうならざるを得ない。
──自分の代で歴史ある獣人国を反乱軍の手に渡したくはない。
シルバーはこの同盟に間違いはなかったと自分に言い聞かせた。
──もし、ここで自分が倒れでもすれば、民や兵達は人族の仕業と考える者がいるだろう。
シルバーは用心のためにベッドから立ち上がり、鎧が握っている槍を握ると、
ギィィ……
寝室の扉が開かれた。
───────────────
マキャベリーからの指令を受け取ったハロルドは、同盟を結んだことにより馳せ参じたフルートベール王国兵達が使用している長剣を握っていた。
──全ては我等、帝国の為に……
ハロルドは王シルバーの眠る寝室へと歩いている。
人族の仕業と思わせるようにシルバーを殺害せよとマキャベリーからは言われている。
その際に、マキャベリーから申し訳ないとハロルドを気遣う言葉が送られた。
ハロルドは帝国に、マキャベリーに遣えて本当によかったと思った。
◆ ◆ ◆ ◆
前皇帝の帝政は略奪と破壊、残虐で非道な作戦ばかりとっていた帝国とはうって変わって。現皇帝、とりわけマキャベリーが軍事総司令の座につくと、あの頃の非道な帝国ではなくなった。
勿論、殺し合い、戦争や暗殺などは横行しているが、無下に村や民を襲うこと等はしなくなった。
それはマキャベリーの過去に起因される。彼は前皇帝の時代では帝国の兵士だった。しかし、侵攻したドレスウェル王国でマキャベリーは捕虜となってしまった。
ハロルドはその時、初めてマキャベリーと出会った。ハロルドは獣人だ。当時の獣人の扱いは今とあまり変わりがない。奴隷のようなに扱われたり、あまり表だった仕事は任されていなかった。ハロルドは扱いこそ奴隷ではなかったが、ドレスウェル王国では、刑務所や敵国の捕虜に食べさせる料理を作っていたり、人手が足りなければ牢屋の前で見張りなどをしていたこともあった。
マキャベリーは今となっては想像もできない程血の気が盛んな兵士だった。目付きも鋭く頬がいつ見ても黒く汚れていたのをハロルドは覚えている。
戦争が激化し、ドレスウェル王国の前線が崩れるとなだれ込むように帝国の兵士達が、ドレスウェルの王都まで侵入してきた。そして帝国は民間人を狙って人の集まる教会等を焼き討ちにしたのだ。
そして降伏したドレスウェル王国の王族達を捕まえると、城に火を放った。
煌々と燃える城と教会を捕虜の収容所で眺めているハロルドとマキャベリー。この時マキャベリーは何を思っていたのかわからないが、ハロルドは人族の残虐さに恐れおののいた。そして、とうとうこの場にも帝国の兵士達がやってきた。
ハロルドは降伏を示し、両手を上へあげた。しかし獣人であることからなのか敵国の者だからなのか、直ぐに胸を刺され、ハロルドはその場に突っ伏す。
痛みに喘ぎながらハロルドは信じられない光景を見た。
帝国の兵士は味方であるマキャベリー達を収容所から解放せず、そこから出れない彼等に向かって、教会と同じように火を放って、その場から去ったのだ。
叫び声が聞こえる。
ハロルドは燃え盛る炎に表皮を焼かれるが、直ぐ側で直接その炎にくべられてる者達がいる。
ハロルドは熱さに耐えながらマキャベリー達をなんとか解放しようと壁にかかっている鍵に手を伸ばした。
なぜ敵国の捕虜に自分がこんなことをするのかハロルド自身にもよくわからなかった。しかし何をしてもしなくてもハロルドの命は尽きる。だったらせめて、あの人達を解放したい。例え自分のようにもう助からないとしても助けたい。
ハロルドは鍵を握り締めたが、炎の熱さと胸の痛みに倒れてしまった。
──助けられなかった……
目が覚めると、ハロルドは見知らぬベッドの上に横たわっていた。そこは捕虜になる前のマキャベリーが住んでいた部屋だった。
あれから何度となく自分をどうやって助けてくれたのか、他の捕虜達がどうなったのか、ドレスウェルの王都の様子について訊いてみたが、答えたくないと言われた。
しかし、一つだけ教えてくれたことがあった。それはあの時、マキャベリーが味方に火を放たれた時、絶望とその炎の中で、
『過去と未来が見えた』
マキャベリーがどんな過去や未来を見たのか具体的にはわからない。だけど、あの地獄のようなドレスウェルの侵略を経験したマキャベリーならば、二度とあんな惨劇を生み出さないとハロルドは確信している。これについては、マキャベリーもそのつもりだと言っていた。
◆ ◆ ◆ ◆
ハロルドは自らの信念を確認するかのように長剣を握り直す。そして長い間、共に過ごした獣人国の王シルバーの寝室の扉を開けた。
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