第282話

~ハルが異世界召喚されてから7日目~


<聖王国>


 マキャベリーはチェルザーレに用意された部屋で水晶玉から発せられる声に耳を傾けていた。


「わかりました。ご苦労様です」


 そう言うと水晶玉から光りが消え、声もしなくなった。


 ふぅ、と一息つくマキャベリーは考えを巡らす。


 ──これで獣人国、ダーマ王国、ヴァレリー法国、フルートベール王国は四國軍事同盟を概ね結びましたか……この聖王国の作戦が失敗すれば、後は8日後に迫った戦争までやることがありませんね……


 三國魔法大会が行われるフルートベールに今のうちから帝国の特別部隊をダーマに送り込み、生徒として大会に出場させる保険をかけておきたかったが、


 ──同盟が結ばれてしまった以上、他国間での人員の移動はより一層監視の目が強まるでしょうね……


 そしてこの三國魔法大会を四國魔法大会として、軍事同盟の調印式も執り行う提案もなされたが、内乱により魔法大会に出場する選手を確保できないと獣人国は訴え、調印式だけ参加することとなった。

 

 マキャベリーはその三國魔法大会へと選手として刺客を送り込むのではなく、観客として刺客を送り込み混乱させることも思い付いたが、その三國プラス獣人国と戦争を交えた方が今後の作戦に役に立つと考えた。


 ──では、その前になんとしてもチェルザーレ枢機卿を手にいれなければなりませんね……


 その為にも、枢機卿の暗殺を成功させなければならない。マキャベリーは考えた。


 ──今、内乱の最中にある獣人国に揺さぶりをかければ、人族と同盟を結んだ獣人国に更なる混乱を強いることができる……か。


 マキャベリーは獣人国宰相のハロルドに次なる策を告げた。


──────────────


<フルートベール王国領>


 木漏れ日の柔らかい光を浴びながら、商人のサムエルは帝国での取引を終え、馬車に乗りダーマ王国へ向かって帰国している。


 馬車は個室があつらわれている訳ではなく、馭者の背中からと馬車の後ろから乗り降りできる簡素なものだ。この方が盗賊に襲われずに済む確率が高いそうだ。


 豪商であるサムエルは従者を侍らせての長旅はこれで最後になるだろうと思っていた。後のことは使者を送るだけで構わない。


 ──ちょうど、この時期に帝国で取引をしていてよかった。


 サムエルは商人独自の情報ルートを駆使してこれから対帝国に向けての軍事同盟が各国で結ばれることを知っていた。それが実際に調印されるか定かではないが、サムエルの見立てではかなりの確率でその同盟が成立するだろうと考えている。そうなれば一介の商人が安易に帝国へ行くことができなくなるだろう。


 勿論、サムエルの財力や知名度を用いれば簡単に入国はできるが、あらぬ噂をたてられかねない。サムエルは予定よりも早く帝国から帰ってきたのだった。


 そんなことを思っていると、森を抜け、長閑な田舎道へと出た。


 ──そうだ……ここら辺はクロス遺跡があった筈だ……せっかくなら……


 サムエルは考えを声に出して、馭者に伝える。


「クロス遺跡の名産を幾つか買っていこう」


 馭者は了承した。特段、馬の進む方向を変えるわけでもなく。その道を真っ直ぐ進んだ。


 すると突如として突風がサムエルの乗る馬車を襲う。馬は前足を仰け反らせ、怯えた声をあげた。サムエルはなんとか馬車の中から前方を見る。顔を背け、腕を前に出してその風を防ごうとする馭者が見えた。


 突風がおさまると、1人のエルフの少女が先程の突風に飛ばされて、サムエルのいる馬車付近で華麗に着地を決めた。


 サムエルは戸惑いながら声をかける。


「大丈夫か……」


 しかしそのエルフの少女は返事をせずに飛ばされてきた方向へと走った。よく見たらその少女は禍々しい長剣を握っている。


「戦闘中か?」


 サムエルは自分の警護の者と一緒に馬車から降りて、少女が向かった先を見た。


ギィィィィィン


 硬い鉱物が激しくぶつかり合う音が聞こえたかと思うと、先程の少女が遥か先で、剣を振るっているのが見えた。


「なんだあれは?」


 サムエルが警護の者に訪ねると、


「少年と戦っている?ようです……」


 サムエルは眼を細めて観察する。


 ──確かに、少年と戦っている……それにしてもなんだ!?剣と剣がぶつかり合うだけで、大地が揺れている……


 遠目からその激しい剣戟を眺めていると、一振りするだけで、握っている長剣をゆうに超える巨大な斬撃が見てとれる。見るからに鋭利を帯びたその斬撃を少年は表情を変えることなく受け止めていた。


 そして、少年はサムエル達に気が付くと剣を止めた。


 少年の行動を不思議に思ったエルフの少女は少年の視線の先、サムエル達を見た。


 どうやら2人は剣の稽古をしていたようだ。


 少年はサムエルを見て目を丸くしていたようだった。そして、深々と一礼して2人はその場から姿を消した。


 警護の者がサムエルに話し掛けた。


「一体あれはなんだったのでしょう……」


 サムエルは返事をしない。


 ──はて……あの少年とは何処かで会ったことがあるのか?


 サムエルは今まで出会った者達の顔を思い浮かべながらクロス遺跡へと向かった。

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