第281話

「天界戦争……とはなんのことだ?」


 ハルはグレアムに訊いた。


「……」


 グレアムは訝しむ。


 ──天界戦争を知らない……のか?


 そして恐る恐る訊いた。


「失礼ですが……本当に貴方はベルモンド様の使者様なのですか……?」


 ハルは狼狽えずに、第一階級雷属性魔法のパラライズでグレアムを麻痺させた。


「良いから答えろ」


「ぐっ!身体が……」


「答えれば解いてやる」


「お、お前は何者だ?」


「……早く答えるんだ」


「く、口をきけるように……したのは間違いだったな……行け!……レッサーデーモン!!」


 ハルの背後から禍々しいマグマで人の形を型どったような魔物のレッサーデーモンが姿を現した。


「フ、フフフ、ハハハハハ!八つ裂きにしろ!!」


 痺れて苦しい筈なのにグレアムは笑いながらレッサーデーモンに命令をする。


 ハルはグレアムから目をそらさずに背後から近付いてくるレッサーデーモンの気配を感じていた。


「や……やれ!」


 レッサーデーモンは奇声をあげ、鋭い爪でハルの背中を突き刺そうとするが、ハルはグレアムの方を向いたまま後ろ手にレッサーデーモンの爪を掴み、その攻撃を防いだ。


「な、何!?」


 ハルはレッサーデーモンの爪を掴んだまま唱えた。


「レイズデッド」


 レッサーデーモンはその場で塵となって風にそよがれるようにして消えていった。取り付けられた、魔物を操る魔道具を置いて。


「そ、そんなバカな!!?」


「天界戦争とはなんだ?」


「お、お前は……何者だ!?」


「天界戦争とはなんだ?」


 観念したグレアムはレッサーデーモンがいなくなって、より一層痺れに拍車が掛かったように苦しみながら言った。


「聖女……セリニの……黙示録第12章に記されている……」


 グレアムが言い終わると、ちょうどユリが現れた。レッサーデーモンの奇声が合図だと思ったのだろう。そして、ユリは大きなカプセルに羽を広げた状態で安置されている母親を目撃する。


「お母さん!!」


 ユリは駆け出した。生きているのか死んでいるのかわからないカプセルの中の母親に向かって。


 グレアムは痺れに喘ぎながら言う。


「…ユリよ……戻ってきてくれたのか?」


 グレアムは敢えて穏やかな声を努めたが、ユリは全く聞いていない様子だ。母と折角再開できたかと思えば、このような姿なのだから。


 ユリは自分がされてきたこと、母親がされてきたであろうことを思うとが怒りが込み上げてきた。


 独房から初めての脱走をしたときの感情。


 それはまた別の形となって顕在した。


 ユリの目から赤黒い涙が零れ落ちた。


 それと同時にグレアムは倒れた。


 ハルはユリの母をカプセルから解放し、ユリは母を抱いていた。


「ユ…リ…」


 今にも消え入りそうな、か細い声でユリの母は言った。


「お母さん!」


「ぁぁ…ユリなのね…こんなに大きくなって…」


 ユリの母はユリの目から赤黒い涙が出ているのを見た。


「お母さん…」


「ごめんね…ユリ…きっと…今混乱してるよね…お母さん…ちゃんと…話さなかったから…」


 ユリは首を横にふって、言った。


「私…思い出したの…私が涙を流したら誰かが死んじゃうって…でももう大丈夫!この力、きっとコントロールしてみせるから!」


「…ユリ…貴方なら必ずできるわ…お母さん…安心し…た…」


「お母さん…お母さん…」


 ハルは回復魔法をかけ続けたが、それも虚しくユリの母は絶命する。ハルは次にレイズデッドを唱えたが甦らない。ユリの母が息絶える時、目が合ったとハルは思った。


 ──何か言いたげだった……もっと上の階級の魔法なら甦るのか?


 ユリは悲しみに打たれていたが涙はもう流れていなかった。


 ハルはユリの肩に優しく手を置いた。


────────────


 一瞬真っ暗になったが、直ぐに足元が緑色に光り始める。


 アレックスは今までいた所とは違う場所に移動していた。


「へ?……先生?、マリア?……ここは?」


 壁は先程いた塔と同じ造りのように見えた。ここは塔のどこかなのだろう。


 ──とりあえず歩いて見よう…


 アレックスは歩いた。


ガサッ


「キャッ!!」


 アレックスは何かを踏んだ拍子に叫び声をあげる。


 アレックスは足元を見た。


 ──何かが落ちてる…


 それを拾い上げた。


「手紙?」


【英雄よ!よくここまで来れたな?しかし、ここの宝はもう私達のパーティーが殆ど頂いてしまった!ガハハハ!どう?今の気持ちどう?……とまぁ折角来れたんだし流石に何にもないんじゃ可哀想だからお土産を置いておくよ…でもタダじゃ面白くないから…コイツ…倒してみなよ?そんな難易度高いわけじゃないからさ?頑張って?君ならできる ランスロットより】


 アレックスは手紙を読み終えると、足元だけの明かりが全体に拡がった。


 そこはドーム状になった大きな部屋だった。


 アレックスは自分がその部屋の中央にいることに気が付く。


 そして、


ガシャン…ガシャン……


 首がない、鎧を着た戦士が両手に長剣を携えて歩いてきた。


「…デュラハン?」


 アレックスは呟く。


 デュラハンはアレックスに近づくと歩みを止め一礼した。なおると直ぐに戦闘を始める。


 デュラハンは一礼した場所から消えたかと思えばアレックスの眼前に現れ、真一文字にアレックスの腹を斬り裂いた。


 アレックスは腹部から大量の血を流し、その場に崩れ落ちる。


「うぐっ……」


 ドーム状の部屋の地面に自分の流した血の表面積がどんどんと大きくなっていく。アレックスは腹部を抑えて、痛みに耐えながら自分の血が外に出ていかないようにしている。まるで血が体外へ出る度にHPも一緒に流れてしまうようにアレックスは感じた。


 ──痛い、痛い、痛い……いた……い……


 アレックスは涙を流して、絶命する。


 デュラハンは対戦相手を倒し、闇の奥へと帰ろうとする。アレックスの血がデュラハンの足にまで流れた為、赤い足跡を残した。


 しかし、3歩4歩と歩みを進めると、デュラハンの背後からぬっと起き上がる影が見えた。


 デュラハンは歩みを止め、向き直る。


 対戦相手だった者が再び立ち上がり呟いた。


「インフェルノ」


 ドーム状の部屋の一面を青い炎が覆い尽くした。デュラハンは地獄の炎に焼かれ跡形もなくなった。


 青い炎に照らされたアレックスは熱気にあおられ、その短い髪と衣服がゆらゆらと揺らめく。そして瞳に浮かんだ涙を拭った。その瞳は紅く、眼球は黒く染まっている。ショートカットの髪をかき乱して呟いた。


「あ~あ、ここでゲームオーバーか」


 そして自分が魔族である記憶を消し、人族として振る舞っていた時に出会ったハルのことを思い出した。


 ──あの男の子……人族でもなく、魔族でも竜族でも妖精族でもない……不思議な子……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る