第280話

 ハルはマリアと別れて自分の部屋へと戻った。ユリが目を覚ます。


 ユリは起き上がろうとするが、上手く身体に力が入らないようだ。ベッドの上から上半身だけを動かし這うようにして近くにいるハルに訴えるが、


 ──声が……でない……


 それでもユリは懸命に声をだし続けた。


「お願い...私達を…助けて...」


 消え入りそうな声で懇願するユリ。


「助けるよ。僕の名前はハル・ミナミノ。君のことは必ず助ける」


 ユリはハルと名乗る少年とは初めて会ったにもかかわらず、この人なら信頼できると思ってしまった。


 ──初めて会ったとはとても思えない……安心感がこの人から溢れ出てる……


 ハルは言った。


「今はしっかり休んで」


 ユリはベッドに横たわった。


 ハルは魔法を唱える。


「ハイヒール」


 ユリのHPは既に全回復しているものの、SP値が下がりすぎるとユリのような症状が現れる。ハルは気休めになればと唱えるが、実はこの行為には少しだけ効果がある。SPは精神的な数値だ。魔法以外のスキルを使うとこの値が減る。また、精神的ストレスや恐怖によりSPが蝕まれるケースもある。そんな不安定な値の為、一見意味のない行為だとしても、SP値に変化をもたらす。


 ユリはベッドに腰掛けた状態で話が出来る迄回復した。


 ユリは、今までのことを話した。


 ハルはその全てを知っているが、優しい眼差しを向けて話を聞いた。


 ユリ自身もなぜこんなにも自分のことを話しているのか理解しきれていない。今までの想いを吐き出すようにして話した。


 一通り話し終えるとハルが口をひらく。


「大変だったね……人族を信じられなくなるだろ?」


「ええ……でもハルくんは何故だか信じられるの」


「その想いに漬け込むようで申し訳ないのだけれど、もう一度ユリが逃げたところまで一緒に来てほしいんだ」


 ユリはハルの提案を聞いて押し黙る。


「ユリ、君のことは必ず助ける。だから僕を信じてほしい」


 ユリはそこに自分しか含まれていないことに気付いた。というより、直感した。


 ──そうか……お母さんは助からないのか……


 2人は宿屋を出て、クロス遺跡の塔へと向かった。



────────────


 クロス遺跡の塔の一階には、隠し階段がある。その階段を下ると、魔物達を使役する魔道具の開発施設が広がっていた。その最も奥にある部屋にとある司祭がいる。


 その司祭はクロス遺跡の塔の管理者にしてユリとその母を拐った首謀者である。名はグレアム。彼は焦っていた。


 ──くそ!実験体が見付からない!!


 フルートベール王国魔法学校の生徒が塔の中で行方不明になったのは不幸に不幸が重なったようなものだ。


 ──もし私の息がかかっていない捜索隊がユリを見付けたら……厄介なことになる。


 グレアムはその厄介なことを想像した。


 ──ベルモンド様にそれが知れ渡れば、またしても神についての答えが遠退いてしまう……最悪、死もあり得る。


 ベルモンドは少年のように呆気ないが、反面、その表情には本心を隠す仮面のような役割があることにグレアムは気づいた。


 ベルモンドの顔を思い浮かべるグレアム。


 その時、施設内の警報装置が作動し、グレアムのいる部屋にサイレンの音が鳴り響いた。


「こんな時に侵入者か!!全くなんて日だ!!」


 グレアムは急いで最強の護衛であるレッサーデーモンを連れて侵入者の元へと向かった。


 その侵入者の少年は1人佇み、カプセルの中に入っている妖精族でユリの母ミーナを眺めている。


 少年は妖精族からグレアムの方へ視線をずらした。


 少年と目が合うグレアム。冷酷さと慈愛を併せ持つかのようなその瞳にグレアムは心臓が止まりかけた。


 ──似ている……ベルモンド様と……まさか……


 グレアムは侵入者である少年に声をかけた。


「もしや……ベルモンド様の使者様ですか?」


 ハルはユリと共に地下施設へ入ると、ユリを独房に再びいれ、大きな音が聞こえたらもう一度ここから脱走するようにと伝えていた。そして、警報装置を作動させ、ユリが独房に戻っていることに気付かせないようにして、この地下施設にいる戦力をハルに集中させたのだ。


 ──戦力を一網打尽にするつもりだったんだけどな……


 ハルはグレアムの聞き慣れない台詞に興味を持ち、誰のことだかわからない者の使者として振る舞った。


「いかにもそうだが……大変なことになっているな?」


 ハルの言葉に全身を震わすグレアム。


「も、もう少しで事態はおさまります故……どうかベルモンド様にご報告しないでもらえませぬか……」


 ハルは以前、この施設に残っていた資料を一通り見ていた。


 ──たしか……アジールとかいう組織の……幹部の名前か?


 ハルはグレアムの目的を知っている。それに当て嵌めて即興の台詞を作り上げた。


「そんなにも神について知りたいのか?」


「ええ!!そうですとも!!どうか御慈悲を!!」


「ならばベルモンド様について、お前に幾つか質問がある。それについて正直に答えるのならばお前の願いを聞き入れよう」


 グレアムはハルにひれ伏して感謝する。


「ありがとうございます!!……質問とは何でしょうか……?」


 ハルは少し考えてから言った。


「あの方はご自分の考えをあまり口にしない……」


 グレアムは相槌をうった。ハルはそれを確認して自分の即興の台詞が嵌まっていることを認識する。


「だからわからないのだ……何故あの方がお前にこのような研究をさせているのか」


 グレアムはキョトンとする。


 ハルは心臓がドクンと大きく脈打つのを感じる。もしこれが間違った質問だとしても、そこまで問題ではない。


 グレアムはゆっくりと口を開く。


「お聞きではないのですか?」


 ハルが黙ったままなのでグレアムは続けた。


「ベルモンド様は妖精族の涙に関する研究をしているとのことで……」


 ハルは遮る。


「それは知っている。何故涙に関する研究をしているのかを聞いている」


 ──へぇ~そうなんだ……ってことはユリ達に涙を流させるのが目的なのか?でも涙を流したらこの人は死んじゃうよね?


 妖精族の涙は全てを癒すと言われているが、神の怒りにより癒すのではなく全てに死をもたらす効果に変更させられている。


 グレアムは記憶を辿るようにして述べた。


「それは……私も存じませ……いや……確か……」


『天界戦争の時に役に立つかも……』


 グレアムはベルモンドの口調でハルにそう告げた。


「天界戦争……」

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