第279話

~ハルが異世界召喚されてから6日目~


<フルートベール王国領クロス遺跡>


 遺跡の入口の前では観光客や駆け出しの冒険者がいる。ある程度の装備品や食料を購入でき、遺跡の中を観光できるようになっていた。


 遺跡は石造りの通路や建物、石像などが蔦や苔にまみれて乱立している。


 魔法学校Aクラスの生徒たちはクロス遺跡にある塔の中にいる。


 大魔導時代、この遺跡を造った妖精族が他者からこの遺跡にある塔を守るために、第五階級の闇属性魔法の『サモンナイト』が掛けられたと言われている。


一階はレベル2~3

二階はレベル3~5

三階はレベル5~7

四階はレベル7~8

最上階、祭壇のある五階はレベル8~9


 階層が上がるごとに出てくる魔物のレベルも上がる仕様になっている。


 塔内は全て石造りだ。たまに外の景色が見える窓がある。基本的には真っ暗なので光属性魔法が付与されている魔道具通称ライトを用いながら探索する。


 通路は中々に広い。壁には当時の模様なのか文字なのかわからないモノが刻まれている。


 羽根の生えた者が指を組んで何かに祈りを捧げている壁画。妖精族と思しき者が涙を流している壁画等が所々に刻まれている。


 現在レイ、マリア、アレックス、スコートのパーティーは2階にいる。2階はレベル3~5のスライムやコウモリのような魔物、ブラッディバードぐらいしか出ない。


 魔物が現れるやいなや、スコートが教師であるスタンの指示をきかず、前線へ出て魔物達に先制攻撃を加えようとする。


 しかし、レイがこれまたスタンの指示に背き、それを横取りするように全ての魔物を倒してしまう。


「俺様の獲物を横取りするな!!」


 スコートが激昂する。


「お前が遅いんだ」


 レイも反論した。


 2人の様子に呆れるスタン。


「あのなぁ、この演習はお前らの為だけじゃねぇんだぞ?」


 スタンの指摘にレイが睨みをきかせた。


「だったらもっと上の階層へ行ってくれ」


 マリアは実技試験があった日からレイの様子がおかしいことに勘づいたが、これまで、2人で話す機会がなかったことに寂しさを覚えていた。


 アレックスは血の気盛んな2人を見て逆に冷静さが宿る。苦笑いで反応を示すだけだ。


 スタンはレイの要求について考え込む。


 ──同い年のハル・ミナミノが第五階級魔法を……しかも光属性魔法を唱えたのだから焦っているのか……?


「わかった。本来はここの階層だけで演習を終了させるつもりだったが、連れてってやる。だからレイ、この階層ではお前は後衛に回って仲間達をサポートしてやれ。あとスコート、お前も俺の指示に従え!」


 レイはコクりと頷き、スコートはしぶしぶ了承した。


 魔物を倒しつつレイ達は3階へと上がれる階段にさしかかる。


 レイが階段に足をかける。スタンは言った。


「自信のない奴は俺の後ろにいろ」


 アレックスとマリアはスタンの後ろへ隠れるようにしながら階段を上る。


 レベル5~7の魔物が出現する。しかし、レイはものともしない。光の剣や魔法を駆使して倒していく。


 スコートは魔物に追われているのをアレックスとマリアが支援してなんとか倒したようだ。


 スタンはレイの動きについて観察した。


 ──確かに卓越した魔法剣士であることに間違いはない……


 初めは自信がなかったマリアとアレックスだが、魔物を倒していく中で徐々にスタンの前へでるようになってきた。


 そして一堂は少し広い場所へ出た。


 ──罠を張るにはもってこいの場所……おかしいな?こんな場所あったか?


 スタンは訝しむと、突如として、持っていた魔道具のライトから光が失われる。


 暗闇がレイ達を襲う。


「え!?」

「きゃっっ!」

「うわっ!!」


「お前らそこを動くな」


 ──こんな真っ暗の中、魔物に襲われたらひとたまりもない……


 スタンは急いでファイアーボールを唱え、それを掌に維持した。


「お前ら無事か?」


 スタンは辺りを見回す。


「はい」


 マリアが返事をした。


「あ、ああ……」


 スコートはビビっていることを悟られないように返事をする。


「問題ない」


 レイは平坦な口調で言った。


 スタンは生徒達の無事を確認して一安心したが、直ぐに1人いないことに気が付く。それに気付いたのはマリアも一緒だ。


「「アレックスがいない……」」


 アレックスは姿を消した。


────────────────


 ハルは聖王国からフルートベール王国のクロス遺跡へと向かって走った。


 ──今日もし、暗殺が実行されてしまえば面倒なことになるな……ユリを救った後、宿に休ませて直ぐに僕一人で聖王国へ向かえばいいか……


 ハルは自分の計画に狂いがないように考えていた。


 いつもは海辺でビーチバレーをしている時にユリを発見するのだが、今回は魔法学校に入学せずに、ユリを救出する。


 ──まぁ、前回もほぼ聖王国にいてアレックス達と交流できなかったよな……行き帰りの馬車での会話とか、宿に泊まってみんなで次の日を迎えるワクワク、あんなことはもうできないのかな?


 ハルは海辺へ到着したが、そこにはAクラスの生徒の姿はなかった。


 ──そうか、みんなビーチバレーしなかったのか……


 ハルはいつものようにユリを発見する。


 濡れた銀髪はくすんで見え、憔悴しきった青白い顔を際立たせる。頬には砂の粒がまばらに張り付いていた。


 ハルはボロボロのユリを発見しては胸が苦しくなる思いに駆られる。


 ──早く、元気なユリに戻ってほしい……


 ユリを抱え上げ、宿へ泊まった。


──────────────


 ──アレックスがいなくなった……


 アレックスが姿を消し、スタンとレイは直ぐに塔の中を捜索した。他のAクラスの生徒達はひとまず宿へと戻らされた。マリアは珍しくスタンに反抗し、自分も一緒に捜すと言ったが、断られた。確かに、アレックスと同じくしてマリアも行方不明になる恐れがあるからだ。


 ──スタン先生の言うことはよくわかるけど……私の大事な友達なの……あの時……一瞬にして内部が暗くなった時、アレックスの直ぐ側にいた筈なのに……レイが上の階へ行きたいなんて言わなければ……


 マリアは悔やんだ。それは友達が危険な時に自分が力になれないのを悔やんだのか、一瞬でもレイのせいだと考えたのを悔やんだのかわからない。


 Aクラスの生徒達には悪いが、今は一人でいたい。マリアは宿の誰もいない談話室に座っていた。


 その前を誰かが通る。マリアは一瞬、レイが戻ってきたと思ったが、直ぐに別人であることに気付き、下を向く。


 ──私と同い年くらいの人……冒険者さんかな……凄いな……1人で戦える力があって……私は誰かがいないと1体の魔物を倒すことも難しいのに……


 そんなことを考えていると、突然声をかけられた。


「やあ。どうかしたの?」


 冒険者と思しき少年は気さくに話し掛けてくる。


「いえ……」


 マリアは俯いて答えない。


「何か……辛いことがあったんだね……」


 少年は何かを察するように述べた。


 マリアは何も答えない自分がその少年に対して失礼なことをしていると思い、謝罪しようとしたが、遮られる。


「いや、無理に言おうとしなくて良いんだ」


「ぇ……?」


「何か辛いことがあった時は、誰かに話してスッキリする人もいれば、そうでない人もいるからね」


「……ごめんなさい」


「謝らなくていいよ。むしろ無神経に声をかけた僕が謝るべきだね」


 少年は謝罪する。


「ぇ……謝らないでください!」


「君は優しいんだね。その優しさで自分を責めてしまうこともあると思うけど、そういう人は必ず強くなれるんだ」


 ──優しい……


「私……強くないです……今日も遺跡の塔で訓練をしたんですけど、レベルの高い魔物は1人では倒せませんでした。それに友達が……」


「僕が言っているのは、レベルについてじゃないよ。君の心だ。何かに思い悩める人は現状を良くしたいと思っている人だ。塞ぎ込んでしまうこともあるけど、君の優しさに触れた人達が必ず君を助けてくれるよ」


「優しさ……私は優しくなんかありません!」


 マリアは自分でも驚くくらいの、大きな声をだしてしまった。


 ──原因不明の事故なのにレイのせいにしてしまった。


 涙が溢れた。マリアは涙を吹きながら、少年に謝った。


「ごめんなさい……こんな……」


「君は優しいよ」


 少年の手がマリアの背中に触れる。


 少年の手は暖かく、優しさで溢れていた。マリアはしばらくその暖かさに身を委ね、涙がおさまるのを待った。


 ようやく涙がおさまると少年はその場にいなくなっていた。背中にはまだ暖かみが残っている。マリアは不思議に思う。


 ──夢……?それともディータ様が?


 すると、誰かが談話室の入り口から見えた。今度は紛れもなく許嫁のレイだった。


 レイはマリアに近付く。


 マリアはレイに抱き付いた。


 レイは言った。


「すまない。俺のせいで、アレクサンドラが……」


「違うの、レイのせいじゃないの。アレックスならきっと大丈夫だから……」

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