第276話

~ハルが異世界召喚されてから4日目~


〈帝国領〉


 水晶玉が光っては消え、そしてまた光る。ここ最近、フルートベール王国から始まった情報戦により、マキャベリーは通信の魔道具の前から動けないでいた。


 ──獣人国は最早、諦めるしかありませんか……ダルトンという少年の出現とフルートベールの援軍。ここはハロルドさんに任せてサリエリさんを消してもらうべきでしょうか……


 マキャベリーはこの同盟にはヴァレリー法国も加わるであろうと考えている。そしてダーマ王国にはマキャベリーから加わるように伝えていた。


 ──そうなれば、また色々と情報をいただけますね……しかし、帝国から第三者をダーマに送ることが難しくなる……そうであれば、フルートベールで開かれる三國魔法大会に刺客を忍び込ませることができない……


 まさかここまで計算に入れているのかとマキャベリーは考えたがその線は薄いと判断した。


 すると、今日既に何十回もその役目を勤めている水晶玉が光り出す。


『マキャベリー様……』


「その声はハロルドさんですね」


 マキャベリーは日が暮れている外を見て、どういういきさつで連絡をよこしたのか理解する。


『フルートベールのアマデウスがやって来ました』


「それで、どうなりましたか?」


『はい。獣人国はフルートベールと軍事同盟を結ぶことを約定しました……』


「それで構いませんよ。それよりも、何か問題でも起きたのですか?」


 マキャベリーはハロルドの含みのこもった言い方が気になる。


 相手の声しか聞こえない水晶玉越しでの会話だが、ハロルドがいずまいを正すのがわかった。


『サリエリ様の裏切りの可能性が……』


「その根拠は何ですか?」


 マキャベリーはそれを驚くというよりも、興味深げに訊いた。


『交渉にやってきたアマデウスが本来、反乱軍の幹部が持っている筈の魔道具を手にしてやってきたもので……そのように愚考しました』


「なるほど……」


 ──獣人国宰相のハロルドさんを帝国の密偵と知らずして、その魔道具を取り出した……


「その魔道具はサリエリさんの作った魔道具で間違いないですか?」


『はい……』


「……」


 マキャベリーは黙った。これは次の手を考えていることを意味している。ハロルドは固唾を飲んでマキャベリーが発する言葉を待っていた。


 マキャベリーは思考する。


 ──もし本当に裏切りがあったとするならば、その魔道具を安易に人前には出さない。そんなことをしなくても獣人国は同盟に調印するからだ。これは罠?同盟を結ぶなかで、帝国の密偵をあぶり出す作戦……サリエリさんと我々を仲違いさせるつもりか?……では、魔道具はどうやって手に入れた?全てのカギはやはりハル・ミナミノの存在。


「このまま、怪しまれないよう情報収集に専念してください」


 ようやく聞こえたマキャベリーの声に反応するハロルド。


『で、ではやはり!サリエリ様が裏切りを!?』


「まだそうと決まった訳ではありません。くれぐれも勝手な行動をなさらないよう、お願いします」


 ハロルドの了承の声と共に水晶玉の光が消えた。


 マキャベリーは状況を整理した。


 まず、剣聖と同等の実力の持ち主である少年はハル・ミナミノでほぼ確定だ。その少年について箝口令が敷かれる前に、酒場で兵士がその少年について話しているのを帝国の密偵は掴んでいる。それはスタンさんが言っていたハル・ミナミノの容姿と酷似している。


 その少年は魔法学校の試験で第五階級魔法を唱え、後にフルートベール王国の要人達によりその存在を隠されたが、自国でさえ、少年の強さに疑問を持ち、確かめる為に時間を要した。そのせいで、第五階級魔法を唱える少年の噂が国外へと広まる。そこから、フルートベール王国は各国へと赴き、同盟を結ぶ交渉をしている。


 ──この流れの中でハル・ミナミノの意思はどこまで介在しているのか。全て彼の指示なのか、それとも担がれているだけなのか……その答えはわかった。剣聖を復活させたこと。またサリエリさんの魔道具を持っていることからその入手先はハル・ミナミノであると考えられる。つまりは、彼の意志が少なからずこの同盟には存在しているということだ。


 マキャベリーは常に様々な対応が出来るよう、色々な可能性を探してはその対処法法を考えていた。


 しかし、最も強引な対処法。城塞都市トランから帝国四騎士の一人、ミラの隊を突撃させるこの対処方法は得策ではないと判断した。


 ──第五階級魔法を唱えられる剣聖と同等の剣士……ミラさんやルカさんの敵ではありませんが、不確定要素がありすぎる。また、剣聖が予期せぬ形で復活したとなれば、限界を突破した可能性が高い。そうなれば以前のステータスではないはず……それに敵が弄する作にはどこか余裕を感じる。ただ慎重なだけではなく、こちらを誘い込むような誘導に見えるのは気のせいか……これにあの組織が関わっている可能性は……


 マキャベリーは残された選択肢を選んだ。そう、それは聖王国へと向かうことだ。

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