第275話

~ハルが異世界召喚されてから4日目~


 シルヴィアはいつものように鎧を着こなし、素顔を晒した状態で剣を構えた。


 相対するは、フルートベール王国最強の剣士、剣聖オデッサだ。


 オデッサはヴァレリー法国の兵士から渡された訓練用の剣を一通り眺めてから剣を構える。


 体勢が整うとシルヴィアは声を発した。


「行くぞ!!」


 大勢の兵士達がこの試合を見ている。


◆ ◆ ◆ ◆


 オデッサとギラバは議事堂へと着いたが、元老院制の名残りをとどめた大きな建物の入り口にシルヴィアが剣先を地面に突き立てながら2人を出迎えた。


「正直にお話し申し上げよう。我が国は市民議会制を敷いているため、なにぶん一つの物事を取り決める際に、時間を要する。御二人、そしてその従者達を一旦、宿へと案内致します。どうぞ」 


 シルヴィアは促す。オデッサとギラバはシルヴィアについて行った。ギラバは言う。


「王国も似たようなものです。貴族達の利権や根回し、王の命令でも貴族達に理解を示さねばなりません」


「ご理解感謝申し上げます(ああ…ギラバ様……)」


 豪奢な宿に到着した一行。シルヴィアは待機していた宿の従業員達に指示をだす。そしてオデッサに告げた。


「部屋で一息ついた後、是非手合わせを願いたい」


 オデッサはギラバと視線を合わせる。ギラバは貴方に任せると意味する会釈をした。


「いいだろう」


 確かに、ここで戦闘力を開示することで、兵士達は勿論、今議論しているヴァレリーの者達も同盟の利を理解しやすくなるだろう。


◆ ◆ ◆ ◆


 シルヴィアは剣先を後ろに下げた構えでオデッサに突進する。


 観戦している兵士達はどよめく。


「早い!」


 シルヴィアは剣先がオデッサの首元にとどく距離まで間合いを詰めると、一気に振り抜いた。


 が、オデッサは難なくその攻撃を受け止めた。


 2人の視線が交錯する。


 シルヴィアはオデッサに背を向けるようにして回転し、今度は反対側から再びオデッサの首元目掛けて剣を振り払う。


 しかし、オデッサは半歩下がってシルヴィアの攻撃をやり過ごした。


 シルヴィアは足を一歩踏み出して、上段から剣を振り下ろす。オデッサはもう一歩後ろへ下がりそれを躱す。オデッサのはためく服にシルヴィアの剣先が掠めた。


 シルヴィアは尚も攻めの手を緩めず、追撃を開始した。後ろへ下がるオデッサに向かって、連続突きを放つ。高速で繰り出される突きは篠突く雨のようにオデッサを襲ったが、オデッサは首を傾けながら、状態を反らしながら、一突きずつ丁寧に躱した。シルヴィアの突きが雨ならばオデッサの回避は静かに流れる川のようだった。

 

 その様子を見ていた兵士達は口を大きく開きながら見ている。


「あれ、躱せんのか?」

「むりむり」

「副長ならどうです?」


 シルヴィアの右腕にあたる鋭い目付きをした男、ブリッジが話をふられたので答えた。


「無理だ」


 シルヴィアの連続突きはまだ続いている。シルヴィアはこの攻撃を止めることができなかった。何故ならこの攻撃を止めた瞬間、オデッサが攻めいると直感していたからだ。しかし、SP値がある程度下がりきった時には、突きの速度が目に見えて落ち始める。剣を突き、引き戻した直後、オデッサの剣先がシルヴィアの滑らかな首もとにあてがわれ、この試合は幕をとじた。


 観客達はシルヴィアの猛攻に手に汗を握っていたが、それを解放する。場の緊張が緩むのがよくわかった。


 シルヴィアは剣をおろした。息が整いきれていない間に、感謝を申し上げる。勝利したオデッサは対戦相手の健闘を称えた。


「貴方と同等の剣士にして、第五階級魔法を唱える少年がいるとお聞きしましたが、それは真ですか?」


「事実だ」


「帝国はそれに勝る戦力を?」


「ああ、だからお主達の力が必要だ」


 この試合のおかげで、同盟調印に向けて議会は大きく動いた。

 

 魔法兵団副団長のエミリアはこの試合を遠目から眺めている。訓練中からこっそり抜け出して来たようだ。


 敬愛しているシルヴィアが負けて悔しがっていたが、今回の試合はあくまでも剣のみでの試合だ。


 ──魔法を合わせて使っていればシルヴィア様に分があったもん!


 エミリアは試合の記憶をかき消しながら訓練へと戻った。

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