第274話
~ハルが異世界召喚されてから4日目~
ヴァレリー法国へ入った剣聖オデッサと宮廷魔道師のギラバ。入国してから目的地まで、まだまだ距離がある。2人はフルートベールの紋章の入った馬車に揺られている。2人に会話はなかった。
窓から見える景色はフルートベールとは違って見える。オデッサは変わり行く景色を眺めながら、もしこの国に生まれ落ちていたらどの様な暮らしをしていたのだろうかと想い馳せた。
しかし、そんな空想を同乗しているギラバに遮られる。
「ハル・ミナミノとは何者ですか?」
ギラバは馬車に乗ってからというものこの質問をしたくて仕方がなかったのだが、ハルの異常な強さを恐れ、国を出て、他国へと入国しなければハルの監視からは逃れられないと判断したようだ。
オデッサは景色から目をそらさずに答えた。
「さぁな」
素っ気ない言葉をかえされた。
ギラバはもう一度質問しようとしたが、違う形で口撃した。
「彼をずいぶんと慕っているように見えましたが」
「何が言いたい」
ガタンっと馬車が大きく揺れた。しかし2人は動揺せずお互いの目を見ていた。
「貴方のステータスを覗かせていただきました。前よりもレベルが多少上がってますが、ステータスの上昇値が高すぎる。これはあの少年、ハル・ミナミノが貴方に何かを施したように私は解釈しましたが……」
オデッサはため息をついてから言った。
「…お主はその鑑定スキルのせいで目が曇ってしまったようだな」
ギラバは一瞬目をしかめるが、元の整った顔に戻す。オデッサは続けた。
「人間には数値だけでは測れぬものがある。お主も一度経験してみればわかる筈だ」
オデッサの物言いに苛立つギラバだが、それをぐっと抑えて尋ねた。
「それはどんな経験ですかな」
「稚拙な表現しか思い浮かばないが……絶望だ」
ギラバは鼻で笑いながら言った。
「絶望の一つや二つ、私にも覚えがありますよ」
宮廷魔道師になるために努力した日々を思い出すギラバ。しかしオデッサは述べた。
「それは絶望ではなく、たんなる失敗である可能性が高い」
さすがのギラバは声を荒げた。
「な、なぜそのようなことが言える!?」
「失敗は何度でもやり直せるが絶望とは、自分で造り上げていた世界が崩れ去ること……或いは自分で壊してしまうことだ」
「失敗も同じようなものではないですか!?」
「いや、違うな。失敗は自分の世界に居続けながら成功の道を模索することだ」
「自分の世界……」
ギラバは考えるが、オデッサが質問する。
「お主はレベルの上限まで到達したか?」
急にレベルの話になりたじろぐギラバは質問を質問で返す。
「な、なぜそのようなことを?」
「レベルの上限はなぜ存在するのだ?」
また質問で返された。ギラバは考える。
「それは才能ですよ」
「では才能とはなんだ?」
「…神に与えられた運命……ですか」
オデッサはギラバの言うことを噛み締めるようにして深呼吸する。そして口を開いた。
「才能とは、自分が造り出した世界だ」
──自分が造り出した世界……
さっきから何度も出てくるこの言葉にギラバは考えを巡らす。
「自分が見てきたこと、感じたこと、経験したことで人は世界を造り出す。その世界の大きさによってレベルの上限が決まっていると私は考えている」
「では、自分で限界を作っていると?」
「そうだ」
「それではなぜ貴方のレベルはそんなにも高いのですか?」
「たまたまだ。偶然名家に生まれおち、偶然剣の握り方が正しく、偶然周囲の者達に恵まれていただけだ」
「そ、それなら貴方と同じぐらい強い者を造り出すことが可能だと仰るのですか!?」
「当然だ」
「私でもそれが可能だと…?」
「その為に、今お主が生きている世界を壊さなければならないがな……しかしそれは非道なことかもしれない」
「どうしてですか!?強くなりたいと思う者はごまんといる筈ですが?」
「自分の世界がまだ覚束無い幼子ならば初めからこちらの世界を提供すればすむ話だが、既に世界を構築した者にそれを壊せと命じることはその者に死かその者にとっては悪であることを成せと言い渡すことに等しいからだ」
オデッサにそう告げられたことで、彼女が暗に、だからお前は絶望を経験していないのだとギラバは言われた気がした。
そうこうしている間にヴァレリー法国の議事堂へと到着した。
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