第277話

~ハルが異世界召喚されてから5日目~


<聖王国>


 新聞記者のソフィアは今日もネタを探していた。ボサボサの髪をかき乱し、くたびれた襟元はもう何日も洗濯していないことを表している。


 ソフィアが勤める新聞社には様々な資料が置いてあった。


 自国だけではなく各国の歴史書や魔法の研究資料、英雄ミストフェリーズや勇者ランスロットの書物も置いてある。


 ソフィアは何気なく勇者ランスロットの本を手に取った。この本は子供用に執筆されていないため、内容は色恋沙汰にまで及んでいた。


 ランスロットは恋多き勇者、魔王討伐の旅の中で何回も死にかけ、その都度女性に救われている。そしてその女性達は悉くランスロットに恋心を抱く。


 幼少期のランスロットは湖の妖精に指南され、魔王を倒す旅に赴く。


 ──思えばこの湖の妖精も過保護すぎる程、ランスロットに思い入れがある印象だな……


 ソフィアは恋多き勇者に、最初に恋をしたのはこの湖の妖精なのではないかと考えた。


 ──あ!これ記事のネタになるかも……


 一度思い付いたソフィアは、他のことが手につかなくなる性分だ。新聞社にあるランスロットの書物をかっさらい、ランスロットに恋をしている女性を調べあげた。


 ──カーボネックとアストラット、ネントレス王の妻と、ペリノア王の娘……後は、パーティーメンバーのエレインでしょぉ、そんで湖の妖精もここに入れてみようかな……って物凄い数じゃねぇか!!


 何となく虚しくなってきたので具体的な数字は出さないが、子供にも人気なランスロットを大人向けに取り上げるのはアリだと考える。


 その時、入り口のドアを叩く音が聞こえる。


 ──誰だろ?編集長かな?それにしては早すぎるわね……


「はい。どなた様ですか?」


 扉越しで声をかけるソフィア。


「あの、ソフィアさんにお話があるのですが」


 少年の声が聞こえる。


 関係者以外でここを訪問する人は珍しいため戸惑うソフィア。いそいそと身だしなみを整える。跳ねた髪の毛を抑えるが、再び元の形状へと戻る。


 ──身だしなみを整えて……


 (整いきれていない)


 ──よし!


 (全然よしではない)


 扉を開けて訪問者を迎える。


 そこに立っていたのは少年だった。その少年は礼儀正しく挨拶をした。


「初めまして、僕はハル・ミナミノと申します。ソフィアさん貴方にお願いが……」


「ちょ!ちょっと待って!!」


 ──なになに!?この展開!?いきなり告白される!?お姉さん心の準備がまだ出来て……!!


 両腕を目一杯伸ばしてハルを遠ざけるようにして、目を瞑るソフィア。


 そんなソフィアに構わずハルは言った。


「……枢機卿が暗殺されたら僕を訪ねに来てください。バスティーユ監獄にいるから」


「え?……何いってるの?告白は?」


◆ ◆ ◆ ◆


 ハルは帝国による魔法学校の襲撃がないことを見届けてから聖王国へ入国したのだった。


 ハルの目的はハルと関わりのある者の平和だった。しかしそれを脅かす帝国を倒さない限り、平和は訪れないとハルは悟る。そして、個人的に手を差し伸べなければ救われないダルトンとフィルビー、ユリとメルに関しては優先的に救済しなければならない。


 この中で、すでにダルトンとフィルビーを救うことができた。おそらくユリに関しても時が来れば救うことができるだろう。しかし、


 ──問題はメルだ……


 メルを救済するには帝国のマキャベリーがチェルザーレと手を組み、枢機卿を暗殺してくれなければならない。


 その後、監獄内を共に過ごし、字を覚えさせ、ゾーイーという海の老人の一味と戦うことでメルは救済に向かう。


 そんな過程を踏まなければ、メルはただ苦しみ、自殺して終わってしまう。また、戦力としてもメルには期待できる。


 自分が救済できる方法を知っているのだからそれを見て見ぬふりをする、そんなことはどうしてもハルにはできなかった。


 かといって前回のようにメルを救った後の出来事、闘技場での惨事。そしてルカだけでなくハルの心臓を一突きにしたミラ、その2人を同時に相手取るのは難しい。


 その為には、防衛を固め、戦争を起こして真っ向から帝国と挑むのが最も勝算ある作戦なのではないかとハルは考えたのだ。


 ハルはプライド平原での戦争を思い出した。


 ──もし、初めのように三國魔法大会に出場し、そこで第四階級魔法を使うことで帝国と戦争ができたとしても、ダルトンとフィルビー、メルは救済されない……


 すなわちそれは、今までと全く違う行動を起こして、ダルトンとフィルビーを救いつつ、聖王国で枢機卿暗殺事件を引き起こさせる必要がある。


 その為にハルは、剣聖を初めに復活させ、暗躍しながら各国を思い通りに動かそうと考えていた。しかし予想外な出来事が最初に起きた。それはエレインという帝国の者と思しき女を剣聖と共に討つつもりだったがそれができなかったのだ。覚えたての第七階級魔法と白髪ツインテールのルカを倒し、自信もつき、さらにレベルも上がった自分ならエレインを倒せるとハルは考えたが、自分の強さをただただ知られてしまう失態をおかした。


 それを補うようにハルは実技試験で敢えて第五階級魔法を唱えることで、自分がフルートベールに所属する形をとった。


 他国に第五階級魔法を唱える者がフルートベールに現れたと喧伝させ、帝国の脅威に怯える、或いはもともと友好的であった他国と軍事同盟を結ばせるのがハルの狙いの一つだった。


 ──こういった動きをしている最中にあのマキャベリーならば、聖王国へ赴き、チェルザーレと共に枢機卿暗殺と、その後のフルートベール侵攻を画策するはずだ……それに僕が第七階級火属性魔法を唱えることを知ったのならばチェルザーレと接触するのは必至。チェルザーレは第六階級水属性魔法を唱えられる。


 前回まではユリを救ってから聖王国に赴いたが、今回は暗殺事件が少し早まるかも知れない為、ハルは暗殺対象者のロドリーゴ枢機卿を剣聖やアマデウスに他国へ向かわせた間、見張っていたのだ。


◆ ◆ ◆ ◆


 暗殺事件が起きる日にちが違えば、ソフィアがハルのところに面会に訪れないのではないかとハルは考えた。


 ソフィアの力を使わなくても、もう海の老人については知っている。しかし、あの時の条件をあまり変えたくはない。


 ハルはソフィアに告げる。


「おそらく記事のネタになるので、是非訪ねに来てくださいね」

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