第271話

~ハルが異世界召喚されてから3日目~


<獣人国>


「バーンズが殺られた……だと?」


 虎の獣人ルースベルトと豹の獣人ヂートが呆気にとられている。


 運び込まれた大柄の熊の獣人バーンズの遺体が2人の前に横たわる。


 ヂートはバーンズの遺体にかけより、泣き崩れた。そしてルースベルトは冷静に、しかし沈痛な面持ちで状況を整理した。


 ──なんてことだ……それにバーンズの手にはモツアルト様の魔道具がない。


 ルースベルトはバーンズの隊に所属していた牛の獣人ウージーを呼び寄せる。


「いくつか質問がある」


「……はい」


 ルースベルトの元に駆け寄ったウージーは静かに涙を流しながら返事をする。


「まずは、バーンズ将軍は誰に殺られたのだ?」


「獣人国軍の奴です……まだ若そうでした」


「名前まではわからぬか……」


「申し訳ありません……不意をつかれました……」


「その者がバーンズ将軍の手に、はめてあった魔道具を回収したのか?」


「魔道具……?」


 ウージーは何を訊かれたのかよくわかっていない。


「バーンズ将軍はいつも手に魔道具をはめていただろ?」


「あぁ……それは昨日の昼過ぎからはめておりませんでした。何でも失くしたとか……」


 ルースベルトは訝しむ。


 ──失くした……そんなことがあるのか……


 とりあえずルースベルトは泣きじゃくるヂートを落ち着かせ、自分達の主人に報告しに行く。


 ルースベルトとヂートは主人の天幕の前までやって来た。天幕の入り口には2人の護衛がいる。ルースベルトとヂートが現れると護衛達は挨拶をした。ルースベルトは片手を挙げて護衛を労って言った。


「ご苦労。それよりもモツアルト様は中に?」


「ええ、はい。ですが誰も入れるなと仰っております……」


「そうか……しかし、戦局が変わる一大事なのだ。バーンズ将軍が討ち死にを……」


 それを聞いて慌てる2人の護衛。


「す、すぐにモツアルト様にお伝えします!!」


 護衛の1人が白い布を捲って、天幕の中に入ると、中は熱気で満たされていた。それもその筈、主人の手に紅い炎が宿っているからだ。そしてその炎の色が少しだけ青みがかり始める。


 それを見たモツアルト改め帝国四騎士のサリエリは笑った。


「オホッ!オホホホホホホ!!」


 炎は消失した。


「これか!?これだ!!も、もう少しで習得できるぞ!!」


 サリエリはここにはいない師をあおぐ。


「こ、この感じを忘れない内にもう一度……」


 興奮を抑えきれないサリエリは天幕の中に人の気配を感じとった。


「なんじゃあ?」


 護衛はルースベルトとヂートが来ていることを知らせる。


 ──面倒くさいのぉ!今良いところなのに!!


「ワシは今忙しいんじゃ!あとにせい!あとに!!」


 そう言ったものの、ルースベルトとヂートは居ても立ってもいられず、天幕の中に入って来ていた。ヂートは主人に伝える。


「モツアルト様!バーンズが!!」


 続けてルースベルトが悲嘆にくれながら言った。


「バーンズが討ち死にを……」


「……」


 サリエリはそれを聞いて沈黙する。


 ヂートとルースベルトは主人の慈悲深さを知っている。そして自分達が溜め込んでいた想いをただ不躾にぶつけてしまったことを後悔した。


 サリエリは平淡な口調で言った。


「なんじゃそんなことか?ホレ、さっさと出ていけ」


 ルースベルトとヂートと護衛は沈黙しなが天幕から出ていった。3人の表情は無だった。


────────────────


<フルートベール王国>


 金髪で青い瞳のギラバと一見戦士のように見える鋭い眼光を放つ魔法士長ルーカスがハルを睨んでいた。側にはアマデウスもいる。


 ここは実技試験会場だ。


 生徒は勿論、教師達もこの場に同席、そして見学することを禁じられていた。


 剣聖の復活に伴い、最低限の防衛を残してギラバとルーカスは魔法学校までやってきたのだ。


「にわかには信じがたい……この眼で見ない限りは……」


 ルーカスは口の周りにたくわえた髭を揺らしながら言った。それにギラバも賛同する。何故なら鑑定スキルで既にハルのステータスを見ているからだ。それが偽装されたものとも知らずに……


「第五階級魔法ですよ?それもこんな子供が。もし嘘だったら国の防衛を乱した罪で牢に入れるべきです」


 苛立ちをおさえきれないギラバをアマデウスが諌める。


「嘘かどうかはこれからわかる。さぁ、やって見せてくれ」


 それを受けてハルは言った。


「その前に、条件を」


 するとギラバがあきれた口調で返す。


「ほらきた。そんなことだろうと思っていました。これから彼が見せようとしているのは第五階級魔法ではなくそれに似せたオリジナル魔法ですよ」


 今度はルーカスがギラバを諌める。


「とりあえずその条件とやらを聞いてみましょう」


 ルーカスに促されると、ハルは述べた。


「これから行われる帝国との戦争まで僕の指示で皆さんには動いてもらいたい」


 ギラバは勿論、ルーカスとアマデウスもその発言に驚く。


「は!?何を言ってるんだ!?」

「さすがにそれは……」

「むー……」


 ギラバはハルに近づいて言った。


「危険思想者として捕縛すべきです」


 ギラバはハルの胸ぐらを掴もうとしたが、目の前からハルが姿を消す。


 ──っ!?一体どこへ!?


 困惑するギラバの後ろからハルの声が聞こえた。


「横暴なことを言っているのは承知です」


 ギラバは瞬時に後ろを振り返ったが、そこには誰もいない。困惑するルーカスとアマデウスが少し離れて立っているだけだ。またもや後ろからハルの声が聞こえた。


「それでもこのままいけば必ず帝国に敗れます」


 ギラバは慌てて振り返るとハルが先程と同じようにして立っていた。


「このガキ!!」


 ギラバが魔力を込める。


 それを見て慌てて止めようとするルーカスとアマデウス。しかし、2人は動けなかった。


 何故なら試験場を覆うようにして放たれたハルの魔力に当てられ、2人は立っているのもやっとだったのだ。日の光が淀んで見える。


「なんだこの魔力は……」

「まさかあの少年の…?」


 歪んだ景色を見ながら2人は、この景色を造り出した元凶である少年を見やった。


 ギラバは尻餅をついて、何もできないでいた。いや、怯えることしかできなかった。


「ひっ……」


 ハルを見上げながら震えだすギラバ。整った顔立ちが歪む。


 ハルは魔力で威圧するのをやめた。


「すみません。僕の条件をのんでくれますか?」


 3人はハルの魔力から解放されて、息をきらす。呼吸するのを忘れていたようだ。


 ギラバは震える足を懸命におさえながら立ち上がる。


「い、いいでしょう。本当に唱えられるものなら」


「では見ていてください。いきますよ?」


 ゴクリと唾を飲みこむ3人。


 ハルが魔力を練り、唱えた


「レイ」


 突如として現れた無数の魔法陣から光の剣が出現し、的を串刺しにする。


「!!」

「!!」

「!!」


 3人は口を開きながら、穴だらけになって横たわる的をしばらく眺めていた。

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