第266話
~ハルが異世界召喚されてから1日目~
日が沈んだ暗い路地裏、鼻をつんとさせる空気は乾燥している証拠だ。ハルの隣にはフードを被った獣人のフィルビーがいる。
フィルビーはハルの足元にすり寄る。着ているローブの擦れる音が聞こえた。ハルは尋ねる。
「怖い?」
「ううん。大丈夫」
フィルビーはそう言うもののハルの足元から離れなかった。
──これから、ルナさんがやって来る。そして、紫色のドレスを着た帝国の女が襲いに来る。
この世界に来て間もない頃、ハルは腕を切断されたが、剣聖が助けにきて一命を取り留めたことを思い出していた。
──そういえばあの頃の僕もルナさんを守る為に命をかけていたな……
「な~にみてやがんだ、こらぁ!」
酔っ払いのいつものセリフが聞こえてきた。ハルはただ黙って酔っ払いを見ていた。
「ったく、ガキが俺のことバカにしやがって!!」
「バカにされるようなことをしてきたのですか?」
ハルは酔っ払いに口をきいた。
「なんだ!?生意気だぞ!!」
「すみません。ですが貴方は立派です。奥さんに先立たれ、子供の為に働いている。しかしそのお子さんは貴方の努力を認めない。寧ろ毎日飲んだくれていることを咎めてもいる。僕にはわかります。そうしないと自分を保っていられないんですよね?」
酔っ払いは千鳥足で後退る。
「な、なんで知っているんだ!?」
「さぁ早くここから離れてください」
酔っ払いは気味悪がって逃げ去った。
コツコツと足音が暗闇から聞こえる。ピンク色の髪に、白い肌が美しく輝くルナが酔っ払いとすれ違うように現れた。
ルナは少し遠くからハルと酔っ払いのやり取りを見ていたのだ。ルナからすれば酔っ払いに絡まれていた子供たちの図で見えていただろう。ルナは優しく声をかけた。
「大丈夫?」
「はい…ただこの子と一緒に少しだけ下がっていてもらえませんか?」
ハルはルナに頼んだ。ルナは訳もわからず了承するが、ルナは何かを察知した。それにはハルも気付いている。
ルナはフィルビーの手を繋ぎもう一歩後ろへ下がりながらハルに告げる。
「逃げ…て」
ルナは思った。
──何?この嫌な感じ……
ルナはハルの先にある暗闇からただならぬ気配を感じとる。そしてその気配が姿を現した。
「おやおや、…どうしたものかしら…」
妖艶な紫色の細いドレスを纏った背の高い女性。
ルナは死を予感する。もともと白くて美しい顔がさらに白く…いや、青ざめている。
今しがた出会った少年はその女に正面を向けて立っている。
──早く…ここから逃げなきゃ。
ルナはハルの腕を引こうと前へ歩みを進めようとするが、
金属同士がぶつかり合う音が聞こえた為ルナは足を止めた。気が付くと女が少年の眼前に迫り鉄扇で攻撃を仕掛けていた。そして少年は長剣を握りしめてその攻撃を受け止めている。
ハルは女と眼を合わせる。女は恍惚な表情を浮かべていた。
ハルは思う。
──早い!…それに……強い……
この世界に来て初めて腕を切断された時、こんなにも早い攻撃を仕掛けてきていたのかと感心するハル。
自分の成長を実感するが、同時に気付いたことがある。
──この女性、白髪ツインテールよりも強い……?帝国はどれだけ戦力を溜め込んでいるんだ?
ハルは鑑定スキルで女のステータスを覗いた。数値はデタラメだ。それに名前もデタラメ?
──エレインってランスロットのパーティーにいた人の名前?それよりも剣聖はまだ?
ハルは長剣で女の鉄扇を受け止めたまま、前蹴りを放った。しかし、エレインはその細い腰をくねらせてハルの蹴りを躱した。
エレインはハルと一旦距離をとった。そして鉄扇を開いて、高揚した頬を冷ますようにあおぐ。
その鉄扇はゆったりとあおがれた。闇夜のせいで鉄扇が何重にも重なって見えた。
パタン
鉄扇が再び閉じられると、
──来る!
妖しげな笑い声と共にエレインはハルに詰め寄った。
上から振り下ろされる鉄扇をハルは長剣を斬り上げて防ぐと、甲高い音が辺りに響く。
──重い!
ハルはめげずに次の攻撃に切り替えた。
しかし、エレインの攻撃の方が早かった。
ハルは長剣を眼前に構え直し、エレインの攻撃を受け止めた。
エレインの両眼はとろけきり、艶かしい吐息がハルの顔にかかる。
「あぁ……素晴らしいわぁ」
ハルの長剣が押しきられる。
「くっ!」
ハルは後退して体勢を立て直すが、エレインは堪えきれない表情でハルに追撃しにかかる。
「ウフフフ……逃げちゃダメ♡」
「くそ!」
ハルは致命傷を避けるように躱そうとした。しかしエレインは上空から気配を感じ取る。
上空から剣聖オデッサがセイブザクイーンをエレインの脳天目掛けて振り下ろした。
エレインはハルへの攻撃を中断して、飛び退き、オデッサの攻撃を躱す。エレインは新たな客を認識すると腰をくねらせながら歓喜しているようだ。
オデッサはそんなエレインを無視してハルに告げた。
「次からはどこの裏路地かをちゃんと言え!」
「あっ!忘れてた!!」
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