第267話

 両肩に巨大な岩を置かれたような重圧、心臓はのたうつように鳴っている。そんなオデッサの肩にハルの手が置かれた。オデッサは呼吸するのを思い出した。


 ──ああ、そうだ……私はもう1人ではない!!


「参る!」


 オデッサはセイブザクイーンを光らせ剣技を放つ。


「流天日輪撃!」


 オデッサの一振りから幾つもの円形の斬撃がエレインを襲う。


 ──ああ…なんて素晴らしいの……ここ何年も体験していないこのときめき。


 エレインは斬撃を幾つか躱し、幾つかを鉄扇で叩き落とした。


 その隙にハルは低い姿勢で滑り込むようにして、エレインの足元に入り、飛び上がり、長剣で斬り上げる。


 エレインはそのしなやかな腰使いにより上体を反らす。鼻先をハルの長剣が通り過ぎる。ハルはそのまま上空へ舞った。


 上空にいるハルに気をとられていると、オデッサは俊足を活かして、エレインの首をかっ斬るように前進する。


 エレインは向かってくるオデッサの剣筋をよく観察し、鉄扇を刃部分に当てながら受け流した。


 オデッサは神業の如き受け流しに驚きながら、エレインの背後まで行き着く。


 すると上空にいるハルが長剣を握り直すように片手を添えて落下する速度を利用しながら渾身の一撃をエレインに放った。


 エレインは鉄扇で受け止めた。両足はくるぶしまで地面に埋まる。


 ──いいわぁ♡この重さ……


 そうかと思うと後ろからオデッサがセイブザクイーンを背中に担ぐようにして向かう。


 ──ああん♡楽しい。


 オデッサは勢いよくエレインの背中に斬り込むと、エレインは全身に魔力をまとって唱えた。


「エアリアル」


 オデッサの攻撃はエレインを中心に発生する嵐のような風に弾かれる。


「うぐっ!」


 オデッサは後ろへ飛ばされるが、案じたのは自分の身ではなくつばぜり合いをしていたハルの方だ。


 しかし、ハルも同様の第五階級魔法を唱えて対抗する。2人の嵐は互いを拒絶するように弾きあった。


 2人は一定の距離飛ばされ、それぞれ思案する。


 ──いやん♡第五階級魔法も使えるのね……もっと楽しみたいけどあのお方の命令を実行しなきゃ……


 ──こんな狭い路地裏におさまるエアリアルなんて初めて唱えた……


 ハルを見つめる艶かしく高揚した視線に、ハルは背筋を凍らせた。エレインは涎を垂らしながらハルに人差し指を向ける。


 何か来るとハルは身構えると、エレインは唱えた。


「エアブラスト」


 指先から緑色の光線が放たれる。その瞬間エレインの長い髪が揺らめく。


 ハルは向かってくる光線を避けようとしたが、考えを改める。後ろにはルナとフィルビーがいるからだ。


 光線がハルの眼前へと迫る。オデッサは叫んだ。


「ハル!」


 しかし、ハルから青い光が発光すると、緑色の光線はハルに直撃する前に焼失した。そして青い炎を纏ったハルがエレインに迫り、拳を叩き込んだ。


 エレインはその拳を手で受け止める。


「あん♡熱いわぁ♪貴方の想いそのモノね」


 ハルは眼を丸くする。


 ──効いてないのか?


 オデッサは何が起きているのか理解は出来なかったが、攻め入る機会だと思いセイブザクイーンを握り直した。


 しかし、ハルがそれを制する。


「離れて!!」


 オデッサは訳もわからずバックステップでその場から離れた。


「剣聖様の助けはいらないの?」


 吐息を漏らしながらエレインはハルの拳を握りしめて言うが、ハルのもう片方の手から魔力が込められると、エレインはハルの拳を離した。ハルは唱える。


「鬼火」


 黒い小さな炎がエレインに向かう。


「最っ高!!」


 エレインは思いの丈を述べ、地面に手を置いて唱えた。その動きは滑らかでまるでエレインの心の躍動そのものだった。それに合わせて紫色のドレスも空気中をたゆたう。


 エレインは魔法を唱えた。


「白夜」


 ハルの唱えた黒い炎は白く氷りつき、その場に落ちて砕け散った。直後、辺りに霜が降り霧におおわれる。エレインの声が聞こえる。


「とっても楽しかったわ、また遊びましょう♪」


 ハルは息を整える。自分の吐く息が白く染まる。ルナとフィルビーを見やると、2人は寒さに震え、身を寄せあっていた。


 オデッサが駆け寄る。


「一体ヤツは何者なんだ?」


「わからない。ただあの人はルナさんを狙っていた……」


 オデッサはハルの後ろにいるルナに焦点を合わせてから再び尋ねた。


「どうして?」


「さぁ?帝国としてはルナさんの聖属性魔法が厄介なんじゃないかな?」


「……お前やヤツが唱えた魔法はなんだ?」


「始めにむこうが唱えた魔法は第五階級風属性魔法で、僕も同じものを唱えた、それで次は第四階級風属性魔法で僕の後ろにいるルナさんを狙ったから、第四階級火属性魔法で焼失させた。続けて僕が唱えたのは第七階級火属性魔法で、それを打ち消したんだからあの人が唱えた魔法は最低でも第七階級以上の水属性魔法だと思う……」


「は?第七階級魔法……?」


 オデッサが驚いている中、ハルは考え込んだ。


「でも厄介なことになったかもしれない……貴方と2人ならあの女の人に勝てると思ったんだけど、逃がしてしまった……」


 ──いや寧ろこれで、帝国は派手な動きをしにくくなった?剣聖の復活と僕の脅威……とりあえず予定どおり獣人国のクーデターを止めよう。

 

────────────


 剣聖と別れたハルとフィルビーとルナは、教会へと向かった。


 ルナがハルに恐る恐る質問した。


「ハル君は一体何者なの?」


「それは僕にもはっきりわからないんです。だけどこの世界から戦争をなくしたいと思う内の一人です」


「戦争を……そうなればどんなにいいことか……」


 ルナはそう漏らすと、教会の扉を押し開ける。


 教会の中は相変わらず肌寒く、蝋燭に火がともり、高い天井は闇に包まれていた。両脇に設置されている椅子の間を通り抜けると奥から酔っ払ったシスターグレイシスが現れる。


 ハルはシスターグレイシスと目が合うと、彼女のもとへ駆け寄った。


 シスターグレイシスは近寄ってくるハルの目を見る。


 ──もしやと思ったけど、今こうして間近で見るとよくわかる。この子も辛い経験を積んでいる。


 しかし、ハルの瞳には何か眩しい光のようなモノが宿っていることに気が付く。ハッとした表情になるシスターグレイシスにハルは感謝を込めながら告げた。


「ここに1日だけ泊まらせていただけませんか?」


「ええ、勿論よ。ゆっくり身体を休めてください」


 酔っ払っているにもかかわらずシスターグレイシスの声は嗄れていなかった。寧ろ今までよりも美しく聞こえた。ハルの身体を包むその声はハルの眼から涙を流させるには十分だった。


 シスターグレイシスはくもりなき笑顔をハルに向けて言った。

 

「大袈裟ね。ただ泊まるだけよ?」


「いいえ…感謝しきれません……本当にありがとうございます」


 シスターグレイシスはこの夜から酒を飲まなくなった。


 理由は彼女にもよくわからない。

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