第265話
~ハルが異世界召喚されてから1日目~
訓練用の剣がぶつかり合う。矢を的に射る音が聞こえる。息切れをしている者、額に汗して鍛練にいそしんでいる者、鎧を磨いている者、この広大な土地にはたくさんの訓練兵がいる。
その中でも一際異彩を放つ者達がいた。
「はぁぁぁぁ!!」
「はっ!!!」
ロイドは白く染まったアゴヒゲを触りながら、手塩をかけて育てている兵達の模擬戦を観ていた。
「手数が足りんぞ!!」
模擬戦を行っている2人の兵士に声をかけるロイド。腕を組みながら鼻をならす。どうやら期待通りの試合をしているようだ。
──オデッサ様がいつでもこの隊に戻って来られるように準備をしておかねば……
ロイドは常々そう考えていた。
すると、訓練兵の1人が慌てて、息を切らしながらロイドの前にやって来る。
「そんなに慌てて一体何事じゃ?」
「それが……」
───────────────
訓練用の剣が鈍い音を立てながらぶつかり合う。
「はあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
オデッサは今まで訓練で出したことのない速度で斬りかかる。
しかし、ハルは難なくそれを弾き返した。
反動でオデッサはあおられるが、踏ん張りをきかせて構え直した。
──既に全力の打ち込みを何度も試みているが悉く弾き返される。かくなるうえは……
「双破斬!!」
オデッサは助走をつけ、ハルの剣が届くか届かないかのギリギリの間合いで剣を斬り上げた。するとハルの前と後ろから斬撃が出現し襲いかかる。正確に言えば、斬り上げた直後、剣を振り下ろすことにより、対象の背後から斬撃が、技を出した者に引き込まれるようにして発生する。
ハルはそれを躱すが、その技をみるのが初めてだった為に着ている制服の肩を掠めた。
オデッサは思う。
──信じられん……ただの反射神経でこの技を躱せるのか……
オデッサは再び斬り掛かった。
オデッサとハルに戦いの場を提供した、というよりは無理矢理そこから追い出された者達がこの試合を遠くから眺めている。遠くにいないと2人が巻き起こす衝撃により、立っているのもやっとだったからだ。
「あれが本物の双破斬……」
「すげぇぇ……お前のとだいぶ違うな……」
「う、うるせえ……俺だって……」
「剣聖が…いや剣聖様が戦ってるのを始めてみたんだが……」
「俺はあるけど、なんだか前より強くなってねぇか?」
「それはそうであろう」
ロイドがこの集団に合流する。
「ロ、ロイド様!」
戦士達はいずまいを正す。
「そうであろうって、どういうことですか?」
ロイドは普段の訓練で見ることのなかったオデッサの全力の戦いを眺めながら訓練兵の質問に答えた。
「全力で訓練に臨むと死人がでてしまうかもしれないからのぉ……」
その答えに周囲の者達は納得した。
「確かに……」
「なるほど……」
ロイドは懐かしむようにオデッサを見ていたが、すぐに顔をしかめた。
「相手の少年は何者だ?」
訓練兵はキョロキョロとして、お互いを見あった。誰が説明をするのか、その役を押し付けあっていたのだ。その内観念したのか、ロイドの最も側にいた者が答える。
「それが……誰だかわからないんです。急に剣聖様が少年を引き連れてやって来てたかと思えば、この場を明け渡せと……」
「一体…何者なのだ……」
ロイドは相手の少年の剣筋を観察しようと試みたが、少年はオデッサの攻撃を防ぐことに専念しているのか、全く手を出さない。
ハルはオデッサの連続攻撃を体幹を全くぶらさせないで弾き返した。それを見た戦士達は声を漏らす。
「すげぇ……」
「早すぎてよく見えねぇ……」
オデッサは息を切らしながらハルに問い質す。剣は構えたままだ。
「お主は何者だ!?」
「僕は……ただの愚かな夢見る子供です……この国は、このままではあっという間に帝国に侵略されてしまいます」
「……」
『戦いでは決して帝国には勝てない!!』
オデッサは過去に自分が発言したことを思い出す。その度にオデッサは非難された。人々のオデッサを見る眼が脳裡にちらつく。オデッサは上段の構えからハルに剣を振り下ろす。
ハルは剣を横にし、頭上にかかげてオデッサの攻撃を受け止めた。
「僕1人の力では無理なんです」
「……」
オデッサはまたしても思い出す。
『こんなことをしていても無駄だ!戦いなどせずに、降伏すべきだ!!』
自分の言い放った言葉を叩き壊すように何度もハルに斬りかかるオデッサ。
ハルは攻撃を防ぎながら続けて口にした。
「僕はもっと強くならなければいけないんです」
その時、オデッサの攻撃に耐えきれなくなったハルの剣は砕け散る。ハルの脳天にオデッサの全力の攻撃が当たりそうにった。オデッサは自分の放った攻撃の勢いを止めることができず、このままではハルを殺してしまうと思い、目を瞑った。
しかし、剣の勢いは止まった。
オデッサは目を開けると、ハルが剣を摘まむようにして抑えているのを目撃する。
「えっ……」
驚いているオデッサにハルは告げた。
「どうか僕と共に戦ってください」
オデッサはこの言葉を聞いて視界が滲む。
『私より弱いお前達がいくら訓練しても無駄だ!!』
──私を蔑むような目。私を忌み嫌う目。そうか……私は、私以外を弱い者と決めつけ、共に戦う道を模索していなかったのだな……
ハルの真っ直ぐな眼を見てオデッサは決断する。
「わかった。具体的に私は何をすればいいのだ?」
「今夜、武装して王都の路地裏に来てください」
オデッサは今まで感じたことのない胸のトキメキをおさえながら了承した。
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